4 妹
食材を入れたエコバックを片手に帰宅する。
奏多とは図書室でよく探偵小説談議をしているが一緒に下校するわけではない。
兄である遥の剣道部が終わるまで時間潰しで図書室に通っているらしい。というか一緒に帰宅して他の学生たちに噂でもされたらきっと、命はない。遥に抹殺されることだろう。
俺にはよく分からないが、兄にとって妹は世界一愛おしい存在らしい。
「ただいま」
自宅(海外出張中の叔母の一軒家)の扉を開ける。
目の前には冬だというのにコンビニのソフトクリームを片手に持っている少女。
少し生意気そうな陰のある中学3年生。
黒髪ショートボブ(少し青色に内側染めをしている)。
黒の半袖に短パンジーンズ。脚に自信があるのか素足。季節感は全くなく、家ではずっとこの格好である。
スタイルは細く、中学生の割にでかい。けれど胸はない。絶壁と表記しても御幣はないだろう。
俺の妹、星野唯である。
正直、兄妹の仲はよくない。
遥と奏多が異常なのかもしれないが、妹の声を1年程聞いていない兄もそういないだろう。
こうやって廊下や階段ですれ違うことはあっても目も合わしちゃくれないのだ。
話しかけても無愛想な猫みたくすんっとした顔で自室に引きこもってしまう。
といっても学校生活はうまくやっているようだ。街中で友達と一緒に談笑している姿を目撃したことがある。
寂しくも思うが、それが妹という生物の本来の生態。兄のことが大好きな妹なんて二次元の存在だけなのである(奏多は例外とする)。
だというのに、今日久々に唯と目が合った。
コイツこんなに眉毛長かったか。
なんだか未確認生物でも見るような目付きでこちらを眺めて、それから小さく息を飲む。
「おかえり」
「……ああ」
気まぐれか。今日なにか良いことがあったのか。
そんなのはどうでもいい、妹が1年ぶりに言葉を発した。
突然の事すぎて録音をするのを忘れる。
びっくりしすぎて「……ああ」なんて間抜けた言葉を発してしまった。
返事はしてくれたもののいつもすまし顔で二階の自室へと向かっていく唯。
「今日は唯が好きなカレーだ。部屋の前に置いておくから冷める前に食べろよ」
けれど唯は猫舌で暑がり。いつも料理を冷めた状態にしてから食べてることを知っている。
アイスクリームを食べる時でさえ癖なのかずっとふーふー、と息と吹きかけるのはどうかと思う。
「……久しぶりに……」
「ん?」
階段の途中で歩みを止めて、もごもごと話している。気になったから階段を見上げた。
唯の後ろ姿を下から仰ぐ。
気付かれて鋭い眼光を向けられたが別になにも視ていない。美脚だな、とか。短パンジーンズの隙間からのぞく丸みがなかなかに、なんて考えていない。
「……久しぶりに、一緒にご飯食べてもいいけど」
「お、おう。分かった。じゃあ用意するから時間になったらリビングに来てくれ」
「うん」
唯の部屋の扉がぱたんと音を立てるまで俺は固まっていた。
反抗期を抜けて娘がまた話してくれるようになった時の父親の心情というべきか。引きこもりの息子が朝起きて学生服姿で「おはよう」と挨拶してくれた母親の心情というべきか。
どちらにせよ、達成感と高揚感に満ちている。
不思議と料理する身のこなしが軽くなった。
カレーを作るといってもそんなに手の込んだものではない。市販のルーを使って具材を放り込むくらいだ。具材は大きく、ゴロゴロさせるのが星野家流。
味変のため豚カツソースとピザ用チーズを用意しておく。
辛口にしているから緩和のため飲み物はラッシー(インドの飲むヨーグルト)を作る。
作り方は簡単。ヨーグルト・牛乳・はちみつ・レモン果汁・氷をミキサーに入れてかき混ぜるだけ。
「おいしそう」
部屋まで呼びに行こうと思っていたがいつの間にかリビングに来ていた唯。
しかも嬉しいことまで言ってくれる。
涙が出そうになったのを上を向いてこらえた。
妹に喜ばれるのはお兄ちゃん甲斐がある。
遥のことを呆れた目で見ていた節があるのだが考えを改めたほうがいいのかもしれない。
「よし、食べるか」
「……いただきます」
食事の会話はほとんどない。
テレビのバラエティ番組の音をBGMにしてカレーを口に運ぶ。
唯は一口味わうことに毎回幸せそうな顔をしてくれる。しかし重度な猫舌のため激熱ジャガイモを口にしてしまったのか悶絶する場面も見受けられる。
家族の食卓。そういえば久しくなかった。
こんなにも心地のいいものだったなんて忘れていたくらいだ。
「学校は楽しいか?」
会話の糸口がなさすぎて「今日はいい天気ですね」くらいのつまらない質問をしてしまった。
「別に、普通。にぃ……あにきは?」
「うん。楽しくやってる。遥とは相変わらずだし。遥の妹とは探偵小説の趣味がよく合ってな」
「ふーん。遥さんの妹、かわいいんだ」
「そりゃもう。小型犬みたいに人懐っこく……ってなぜ分かった」
「あにきの鼻の下が伸びたから」
ジト目をこちらに向けてくる。
ゆっくりとは左手で鼻の下を隠した。
唯は呆れたように深いため息はつく。
それからラッシーをぐいっと勢いよく飲み干す。
「あほらしくなった。いろいろ考えてたけど今日のあにきを見たら全部唯の思い込みだったみたい。もう無視するのはやめるから……ごめん」
「なにを言っているのかさっぱりなんだが……それはこれから毎日こうやって家族でご飯を食べられるってことでいいのか?」
「まあ。あにきがいいなら」
「なるほど。つまりお兄ちゃん大好きな妹に戻ってくれるんだな?」
「調子乗んな」
唯はカレーを食べ終え、洗い場に皿を出すとすぐに2階の自室に行ってしまった。
……遥よ。うちの妹も引きをとらんかもしれん。
リビングにてまったく内容が入ってこないバラエティ番組を観ながらそう思う。
【溝があった人物との和解】。
とんでもないほど大きなフラグが立った気がするけども今は目をつむった。




