3 探偵
向かい合うように座った。
奏多はお気に入りの『ミレニアムシリーズ』の一作目『ドラゴン・タトゥーの女』を、俺はライトノベル『氷属性の親友の妹が俺にだけ熱烈な件について』を片手に。
いっそのこと、堂々としていたほうが勝ちである。
そんなことより奏多はやはり可愛い。
物語のヒロインであるからか、親の遺伝子が良かったのか。どちらにせよ、気を抜くと鼻の下が伸びていく。
学生服でさえ彼女が着たら破壊力が凄まじい。欲を言えば110デニールの黒タイツではなく40か60デニールを。
「それ、面白いんですか?」
「まあ。終盤崖に行けばいいと思ってる火曜サスペンスよりは」
「反応しづらい評価。それより本、逆ですよ」
何事もなかったようなすまし顔で本の向きをなおす。面白いかどうかを聞かれたが正直内容は全く頭に入ってこない。
親友の妹キャラが奏多に似ているのが余計に気まずくさせている。
今まで積み上げてきた知的で優しい先輩というイメージをこんなことで台無しにするわけにもいかない。
「ぷっ、あはは」
突然腹を抱えて笑い出す奏多。
「ふふ、ごめんなさいセンパイ。なんだかおかしくって」
「あまり笑わないでくれ。急に恥ずかしくなってくる」
「センパイってどこかクールって印象だったので、今日は柔らかいというか。ぬけてる……これは失礼ですかね。話しやすいと思います」
つまり『間抜けそう』だと。
「悪い。出来るだけいつも通りにしよう」
「いえ、そんなセンパイも好きですよ」
空気が凍りつく。
ラノベのタイトルとは違う意味で。
俺は「お世辞だろう」程度の反応を見せようとしたが当の本人が顔を真っ赤にさせて目をぱちくりさせている。これが恋愛小説のそれならば告白と同義なのではないだろうか。
ここは「結婚しよう」か「子供の名前はなににしようか」の二択だと思われるが、彼女の兄の顔が脳裏に過ると口を閉ざすしかない。
空気を変えるため読んでいるライトノベルを机に置き、真剣な面持ちで奏多の瞳を直視する。
「話したいことがあるんだ」
「は、はいっ!」
びくっと体を震わせてから背筋を伸ばした。
「この図書館で密室殺人を起こすとしたらどうする?」
「……はい?」
「ちょっとした推理ゲームだ。『ウミガメのスープ』みたいなものだと思ってくれ」
よく奏多とは探偵小説の討論をする。【トリック】や【解決方法】について語ってきた。
遥から『妹は巻き込むな』と釘を刺されているため【はじまりの事件】を教えるわけにはいかないけれど未来の女子高生探偵の知恵は借りておきたい。
「ここで密室を作るならってことですね。うーん、知っていると思いますけど私は解く方専門。事件を作るのはセンパイの領分じゃありませんか」
確かに知恵比べ的な勝負をする時はいつだって彼女は回答者だった。
「事件は土曜の夜、鍵はすべて閉まっている状態。この学校の図書室は貴重な書籍がいくつもあるため窓はすべて開かない固定式で強化ガラス。しかも四階でベランダもない」
「被害者の状況は?」
探偵の顔。いつもの可愛らしい奏多は影を潜めた。
「……どうだったかな。ちょうどこの机の上に眠っていたのは確かだ。見るからに他殺体ではある。殺害方法は、おまかせで」
「いい加減ですね」
縄だったか、ナイフだったか。毒物だったか。
大事な箇所にまたしても虫食いがある。
「でも完全に扉の鍵が閉まっていたのなら、鍵の管理をしている図書室の先生が一番怪しいです」
「単純に推理するとしたらそうなるよな。でもあの先生ずぼらっていうか危機感がないから図書室のカウンターに鍵を置いたままにしている時あるだろ?それに俺はあの先生に恨まれるようなことしてないし」
「なんでそこにセンパイが出て来るんですか?」
「あ。いや、この密室事件。被害者は俺によく似た人物なんだ」
奏多は口元を右手で覆う。これは決して驚きのジェスチャーというわけではない。
彼女が推理するときの癖のようなものである。
他にも全く分からない時は口元を覆ったまま人差し指で頬をとんとんと叩く。親指で鼻を拭うような動作をとったらほとんど答えが見えたときである。
親指で小さな鼻をくいっと。
ほら、こんなふうに……って、え?
「解けたのか?こんな情報の少ない事件を」
「いえ、解けませんとも。流石にこの情報量では推測でしかありません。私がこれからするのはただの『可能性の提示』です。まず容疑者をしぼらなければなりませんね。先程も言ったように鍵を管理している図書室の先生は外せません。ので【①図書室関係者】。鍵の所持以外に事件を読み解くには被害者を恨んでいる人物がいないか調べる必要があります」
「彼はとても善良で、誰からも恨まれていないと思うんだが」
小さく首を横に振られてしまった。
「私調べによりますと、彼はなかなかの人たらしだったようです。見境なく優しさを振り舞いていたとのこと。その悪質たるや、彼の毒牙にかかった多くのものは彼に告白し、そして散っていきました。特に高嶺の花である野球部の女子マネージャーを振ったのは大問題です。よって【②振られた人物+野球部員】」
突然と容疑者の数がバグった。4、5人が相場では。
ずっと野球部の殺気立っていると思えば、そういうことだったのか。
奏多がなにか言いたげだけどこの事件の被害者はあくまでも【星野一みたいな人】だから反論はしない。
「そして【③密室に執着している人物】です」
「鍵も所持していない、被害者に恨みを持っているわけでもない、ただ純粋に密室を作り上げることだけが目的の犯人という意味だな」
頷き肯定してくれる。それからちょっと言いにくそうに、
「あと確認したいことがあるのですが。そのセンパイに限りなく近い被害者は日常に満足しているのでしょうか?」
「……【自殺】の可能性か」
「被害者自身が仕掛けた密室ならば再現は容易いです。実行する時刻まで図書室に隠れているだけでいいのですから」
確かに密室といえば【自殺に見せかけた他殺】の代表例ではあるけれど【自殺】または【犯人を庇うために被害者自身が隠蔽工作する】というながれが一般的だ。
探偵小説の読み過ぎのせいか【密室殺人=犯人から探偵への挑戦状】みたいな思い込みがあった。
けれどこの事件の被害者は他でもない星野一だ。断言してもいい。
「ないと思う。良き親友がいるし、学校生活にも不満はない。探偵小説を語り合える可愛い後輩もいるしな」
「……うぐっ。そう言われると推測が揺らぎますが、これは可能性の話です」
「だけど劇的ではあるな。トリックとしては使い込まれているものではあるけれど、動機が気になる。探偵小説なら捨てがたい可能性……いや、この推理は少しメタいと思うのだが」
「だから『推測』と言ったではありませんか。あらすじだけを読んで犯人を当てるなんてほぼ不可能ですよ」
奏多は容疑者リストを書いたノートの切れ端をこちらに見せる。
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【①図書室関係者】
【②振られた人物+野球部員】
【③密室に執着している人物】
【④被害者自ら】
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そして③と④を丸で囲って。
「ですが、この二つが当てはまるセンパイはその密室事件の犯人として最も怪しい人物です。ええ、怪しいですとも。なにかやましいことを私に隠してます」
「なんで、③まで……あ」
鞄に入れた『密室殺人の手ほどき~トリック図鑑~』を思い出す。もしかしてそれを見られたか、と思ったがちゃんと見えないように鞄のチャックはしてある。
つまりあの一連の流れを彼女は見ていたのだろう。
密室事件の考察を述べながら、彼女は俺を詰めていたようだ。
「図書室の人とは、どんな関係なんでしょうか?」
ふくれっ面で睨んでくる(といっても可愛さしかなく全く怖くない)。
やましいことなんかなにもしていないのだが「誤解だ」と咄嗟に顔を横に振った。
「やはりセンパイは人たらしです」




