1 星野一
「というわけだ遥。どうやったら俺は生き残れる?」
「えっと、話が突飛過ぎて理解が追い付いてないんだけど……ハジメは近いうちに事件の被害者になってしまう。それを世界一可愛い僕の妹である奏多が名推理を披露して解決する。そして探偵の才能を見出して次々と難事件を解決していくと」
「ああ」
彼は俺の親友であり女子高生探偵の兄・遠藤遥。
白馬に乗った王子様のようなイケメン。
聖剣を持ち、困っている人々を助け出す正義の味方。それでいて嫌みがない。
重度のシスコンということを除けば彼ほどの聖人を俺は知らない。
昼休みの教室。お弁当を口に運びながら唯一信用出来る遥に全てを説明した。
他人に聞かれたくないことだったから放課後人気のない場所で『大切な話があるから来てくれ』と密会しようと考えたがここは探偵小説の世界。【密会予定の相手が何者かに殺害されている】というルールが適用されるかもしれないからやめた。
「出版されれば少なくとも僕は1000部買うよ」
「いや、小説のあらすじではない。こんなに必死になっているのに信じてくれないのか。薄情な親友だな」
「なら教えて欲しいんだけど。『転生した』と言った。今の君は僕の親友である星野一ではないのかな?」
「いや星野一だが」
「証明することは?」
「自分が自分であることを証明するのは不可能じゃないか?そもそも自分たらしめているものはなんだ?肉体か、魂か、記憶。または名前か、経歴か、所有物などか。昨日の自分が果たして今の自分と同一人物であるかも定かではない。この世界がテレビゲームのようなもので俺は操作されるキャタクターなどであって毎日コントローラーを持つ人物が変わっているのかもしれないとさえ」
「分かった。君は紛れもなく僕が知っているハジメだよ」
『その面倒くささは君しかいない』と遥の顔に書いてあった。
確かに『星野一。公立陽彩高校の2年生。家族構成は妹と海外出張中の叔母。友人は幼馴染で親友の遥のみ。遥は自室のベッドの下に【可愛すぎる妹の成長日記】なるタイトルがついたアルバム帳を大事にしている』くらいで自己証明は出来たかもしれない。
「うーん、でも殺人事件が起こるなんて聞かされても現実味がないよ。この平和国家日本で殺人なん──」
「みなまで言うな。それを言い終えたらいつ悲鳴が聞こえてもおかしくない。軽はずみにフラグを立てるな馬鹿者め」
遥の口を両手で塞ぐ。
普通なら笑って流せる小さな事ではあるがこの世界は探偵小説の中。『起こるわけがない』は起こるのだ。
探偵小説の作者がどれだけ容易く人を殺めるのか遥は知らない。
クラスメイトの女子生徒たちの熱い視線を感じたためすぐに遥の口を塞いでいる両手を下す。鼻で笑った女子生徒がいるのだが「腐ッ」と別の意味に聞こえるのは気のせいだろう。
「それでどうしたら事件を起こさずに済むだろう?」
「簡単さ。一人で家にこもっていればいい。誰とも会わず、連絡もせず。1月6日を乗り切る」
「そんなことで運命が変わるわけ」
「考えてもみなよ、君が言う日時。休みである土曜、しかも夜に何のためにこの学校の図書室に来るっていうのさ。それはつまり──あぁッ!奏多ッ‼︎」
真面目な雰囲気が一変、デレ顔で窓にカエルみたく引っ付く遥。どうやら窓の外にいる奏多を視界に捉えた。
視線の先を追うとグラウンド、1年生たちが体操着姿で戯れている。次の授業は体育のようだ。
デレデレになって手を振り続けている遥に気が付いた奏多は子犬みたいに元気よく両手で振り返した。
太陽を彷彿とさせる暖かな笑顔。見ているこちらまで心の底がポカポカとしてくる。
思わず俺も小さく手を振っていた。恥ずかしいから見えないように小さく。
それでもあちらは気が付いたようで、奏多は急に我に返ったように顔を真っ赤にさせてぺこりを頭を下げて挨拶してくれる。
「~~~~っ」
なんだあの可愛い生き物は。
ウェーブがかかった長い金髪。綺麗な体の曲線、なにより胸がでかい。子犬のような人懐っこさを持ち合わせていながら気品というか、神々しいというか。なにより胸が。
気付けば遥と一緒に悶絶していた。
「お義兄様。話の続きを」
「死にたいのか」
殺気を帯びた眼光。
この男、妹のためなら鬼や悪魔にでもなってしまえそうだ。まだ死にたくないから全力で首を横に振って「冗談だ」と言い続け、落ち着かせる。
いい気分させようと『相変わらずお前の妹は可愛いな』なんて言おうものなら予定日よりも早く息の根が止まるかもしれない。
「君の事件日時・場所、どれをとっても不自然だ。土曜の夜に何者かに図書室へ呼び出されたことは明白。つまりはその呼び出しを断れば良いってだけの話じゃないか」
「推理初心者はこれだからいかんね。決めつけやカンだけで事件を分かったつもりになってはまだまだ。その前日に誘拐される可能性。家にこもるたって身内が犯人なら……それはないにしても、「俺は自室にこもらせてもらう!」は紛れもない死亡フラグだろ」
熱弁も虚しく遥が首を傾げる。
「『探偵小説の筋書き』だとハジメは言ったじゃないか。犯人は分かっているんだから、その人物に関わらなければ事件は起きないでしょ?」
「……それは……」
言葉が詰まる。
間違いなく俺は『初恋探偵シリーズ』の世界に転生した。
1月6日、星野一が密室殺人の被害者になることも物語が証明している。
そして転生前の原作ファンであった俺は『初恋探偵シリーズ』を何度も読み返して全てを知っている。
Whodunit:誰が犯人か。
Howdunit:どんな手口か。
Whydunit:どんな動機か。
……知っているはずなんだ。
【星野一は■■■■によって殺害された。】
自分の事件だけは多くの箇所、虫食いのように記憶から消えている。




