(7)
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僕の乗るシュヴァーベン発動機株式会社のバブルカー。
この車には冷房装置はないため、窓と屋根の上の幌を開けたままにして森の中の道を走る。ビュウビュウと風を切る音が聞こえる。
とはいえ、最高速度は時速85キロメートルが限界だ。今は50キロで、安定した速度を心がけて運転する。これ以上で走り続ければ、空冷式単気筒4サイクル245ccエンジンは、オーバーヒートは免れないのだ。
フロントの両端に付いている丸目のライトをオンにして走る。
森の動物たちがあまりもの騒音を耳にしてざわつくのが、感覚として分かる。だが、歓迎されていないワケではない。リスやキツネが顔をのぞかせて、僕の方を珍しそうに見つめていた。
そうして、その背後に居る森の守護者が、侵入者である僕を睨みつけている様に見えて驚く。正体は、古い木のコブと枝を切り落とした二つの痕跡であった。
軍所有の最高級ハイブリッド車両と違い、通常の倍の時間を掛けて目的地に到着した。やっとの思いで、森の中央の池のほとりに近づいたのだ。
僕は三輪乗用車の前面のキャノピーに顔を近づけて、森に住むエルフが居るかどうかを確認をする。
今の時間帯は、クララクララちゃんが洗濯をしている頃合いだ。
「クララクララの見る夢は~♪ ウサギさんのモフモフ、ワフワフ~♪」
車の窓の外から、何だか調子外れの歌声が聞こえて来た。
「いたいた」
クララクララちゃんは、この車のエンジンを冷やす送風ファンの発する大げさな音に驚いて振り向いていた。大きな目を更に見開いて、僕の乗る車を見つめていた。
洗濯物を干している手が止まって、固まって居た。今日の彼女は、可愛い花柄模様のワンピースを着て、いつものエプロンドレスを羽織っている。
僕は、クララクララちゃんの直ぐそばで車を停める。
「ど、どうしたんですかヨハンさん。乗っていらっしゃったコレは、確かに車なのですよね? ほえー」
クララクララちゃんは、濡れた洗濯物を触った右手で、ペタリと車の大きめのキャノピーに触ってきた。フロントガラスには、クララクララちゃんの手形がハッキリと残る。
「そうだよ、クララクララちゃん。今日は、遅くなってしまったけどクララクララちゃんに頼まれたカタログと雑誌を持ってきたんだ」
僕は開いた窓から顔を出し、車の後部――車体に取り付けられたクロムメッキされたキャリアーの上に乗った籐編みのバスケットケースを左手の親指で示した。
「どうぞ、お降り下さいヨハンさん。えっと、この車にはドアがありませんね。クララクララとしては――困ってしまうのです」
彼女は僕の乗る車体の左側を見て、ドアノブを必死に探していた。
「あはは、クララクララちゃん。この車は、こうやって乗り降りをするんだ」
僕は、車の前部のドアを開け、小さな車体から右脚を降ろしていた。
「わ! 車の前が全部開いてしまいました。クララクララはビックリです!」
そう言って大きく口を開けて、僕が小さな三輪自動車から降りるのを見つめていたクララクララちゃんであった。
「この車は、こう見えても中は広いんだ。大人が二人乗れるようになっているよ。クララクララちゃんも乗ってみるかい?」
僕が言うと、車の中をのぞき込むクララクララちゃんであった。
「えっと、クララクララはどうにも自動車というものと相性が良くなくて、短い距離でもクララクララの平衡感覚検出機能が敏感に働くというか……、胸の駆動装置が早まるというか……」
口籠もるクララクララちゃん。
「車に酔いやすい体質なんだね」
僕は勢いを付けて、フロントのドアを閉める。事故は起こしてはいないが、五十年以上が経過した車体だ。シャーシに微妙な歪みがあるので、強く扉を閉めないと少しの隙間が空いてしまうからだ。
「イイエ、クララクララは車酔いなどという人間くさいことからは縁遠いというか、寧ろ同じ機械同士としての親近感をクララクララは抱いているのですが、車さんの方が拒絶するというか」
車に乗るのが苦手であるのを必死に誤魔化す彼女が、妙に可愛く思える。彼女に対しては、恋人と接すると言うよりは、父性を全開にして優しい心持ちになってしまうのである。
「でも、この子の顔は可愛いでしょ」
僕は自然と彼女の右手を握って、数メートル離れた位置へと三輪自動車の全体像を見渡せる場所に移動した。
「確かに他の車さんから発せられる厳い感じは、この車さんには無いです。真っ赤な身体のカエルさんのような――そんな印象を受けるクララクララなのです。この子は顔がまん丸で、離れた目が少し安心感を与えてくれるのですね。ヨハンさんが運転なさってキースさんを乗せているあの車は、目が吊り上がって見えて、つんと尖った鼻も威張り散らしているように見えて、クララクララとしては少し怖く思えるのです」
三輪自動車の屋根を優しく撫でながら語るクララクララちゃんである。あの高級ハイブリッド車に対してそんな感想を持っていたんだと、始めて知る。
僕には決して出来ない分析力だ。
「今日はね、クララクララちゃんにコレを渡しに来たんだ。本来は、もっと早く持ってくる約束だったけど、僕の仕事の方も何かと忙しくてね。休暇である今日に、やっと来ることが出来たんだよ。休暇も、貯まっているのを消化しろと上司がうるさくてね。そのくせ僕が忙し過ぎるから、他の人に仕事を回して欲しいと上司に頼んでも、却下だし」
僕は車の後部に回って、キャリアーに固定されたバスケットケースを外して降ろす。
日頃の不平不満を、ついつい彼女に語ってしまっていた。
「ヨハンさんはご多忙なのですね。クララクララとしては待ちわびた品物です。もしかして、ヨハンさんが約束を忘れられたのかと心配したクララクララなのです。わざわざお尋ねするのもどうかと思って遠慮していたのですが。でも、そういうご事情があるのならば、仕方無いと思うので」
彼女は車の後部に回って、そう言った。
「待ちわびた品は、この中にあるよ」
僕は地面に置いたカバンを持ち上げて、左手の拳で叩いてみせる。
「凄いですね。夢が詰まったカバンですね」
クララクララちゃんの青い宝石のような瞳は瞳孔が開いて、午前中の太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。
彼女は胸の前で、両手を合わせていた。
「僕だけではクララクララちゃんの好みが分からなくてね。部下の意見を仰いだりして、そうして時間が掛かってしまったんだ」
僕はバスケットケースを右手で持ち、クララクララちゃんの住む森の中のログハウスへと歩みを進めていく。
「あ、ヨハンさんどうぞ、お家の中へ。クララクララは洗濯物干しの仕事が残っていますから、お先にお入り下さい。本来ならば、お茶を出しておもてなしをするべきなのでしょうが、今はお紅茶の茶葉を切らしてしまっていて。明日には、ボルフマン商会のハンスさんが持ってきてくれるはずなのですが」
クララクララちゃんは、自分の着る白いエプロンドレスの裾で手を拭きながら、池のほとりの物干し台での作業に戻っていった。
「いや、クララクララちゃん、お構いなく。僕こそ勝手にお邪魔した身だからね。クララクララちゃんの仕事ブリを、窓際の席に座って見物していることにするよ」
僕は自分で小屋の扉を開けて、入って行く。




