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人間ぎらいのパヴァーヌ  作者: 姫宮 雅美
第二のメロディ「人間不信の諜報部員さんとクララクララ」
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 こうして、僕の意識を最初の対面の日から、現在の時間に戻す。

 今は、キース大佐とクララクララちゃんとの五回目の対面の日。僕は小屋に仕掛けた盗聴器で、二人の会話を左耳にはめたラジオレシーバーのイヤホンで聞いていた。

『ヨハン・フェルゼンシュタイン少尉とも会っているだろう』

 唐突に、キース大佐の口から僕の名前が発せられたので驚く。

『ヨハンさんですか? ヨハンさんは一昨日に見えられたので、お紅茶をごちそうしました。ヨハンさんはキースさんと始めてお会いした日に、ご挨拶をしましたから、クララクララとはその時からのお知り合いになるのですよね』

 そうだ、それが、僕の後悔。誰さえも疑いもしない純真な彼女を騙して、彼女の住む小さなログハウスに盗聴器を仕掛けたのであった。


 それは、ほんの二日前の話である。その日は、クララクララちゃんを裏切るような行為を何度も何度も繰り返してしまったのだ。



 そうだ――二日前。


 再び時間と意識は飛ぶ。

 今より二日前の朝七時。

 僕が祖母と一緒に暮らす、軍人遺族会官舎の赤いレンガ造りの古い建物。金属製の錆びだらけの外階段を降りて、駐車場に出ていた。

 僕は、以前に約束した商品カタログと生活雑貨の記事が多く載った雑誌を紙袋に入れて左手で下げて、車の前で佇んでいた。


 これらカタログと雑誌は、部下であるマイアー曹長と二人で手配した。

 とある日の勤務後に、二人で街に出掛け、大型商店や本屋で購入したのだ。年頃の女性がどのような品物を好むのか分からない僕は、彼女の意見を仰いだのだった。

 その日、何故か張り切るマイアー曹長の高いテンションに当てられる僕。しかし、私服に着替えた彼女は実に可愛らしく、美しく見えた。

 軍のスーツは、野暮なスラックスタイプのパンツを女性にまで穿かせている。支給された軍服は、サイズも大きいのか、彼女の身体のラインを隠していたのだった。

 その時の彼女の私服は、フリルの付いた白いシャツに黒いタイトスカートであった。小柄な彼女の――意外とグラマラスな肢体にドギマギとする。

 矢張り、若い女性と二人きりになると緊張する。

 とある商店で、女性の店員から「奥様への記念日の贈り物ですか?」マイアー曹長に手を向けて言われ、僕は絶句してしまった。

 その時の彼女は、妙に嬉しそうにしていたのが印象的であった。


 二人は上司と部下、その関係性でしかないが、軍服という記号から離れてしまうと若い男女である僕とマイアー曹長は、他人からはそんな風に見られてしまうのだ。僕は、何でも無いようなオレンジ色のポロシャツとブルージーンズを穿いていただけなのに。

 そういえば、こうやって女性と二人きりで出かけるのは初めてであった。まあ、祖母とは何度も買い物などはしているので、家族以外では初体験なのだ。

「これは、デートなのか…………」

 小声でポツリと呟く僕。

「え? 何ですか? それよりも、次はあの店に入りましょうか」

 街並みの石畳の上をスキップを刻むかのように軽快に進む彼女は、笑顔で振り返り聞いてきた。

 彼女の目の輝きが、眩しかった。

 そういえば、この日は眼鏡をしていなかったな。多分、コンタクトレンズなのだろう。

 僕はそう分析する。


 これは任務の一貫であるので、前を歩く彼女との距離を取る。僕は荷物を持たない右手を、青のデニムの後ろポケットに突っ込んだまま、早くこの時間が過ぎ去ることだけを切にを願っていた。

 コレは罰なのだ。僕の過去の罪に対して課せられる罰。



 女性に関しての僕の一つの罪。

 クララクララちゃんを唐突に訪問して驚かせて仕舞ったのは、現時点から二日前の話である。その回想であった。


 話は戻る。

 シュヴァーベン発動機株式会社の小型大衆車。空冷式単気筒のバタバタと五月蠅い三輪自家用車を駆って、僕が実家を出たのは朝の七時だった。

 この車は作られて五十年以上になる。前部が二輪で、後部が一輪の超小型三輪乗用車だ。こう見えても定員は二名で、内部は広い。そうして、車体の前面がドアになっている変則的な構造なのだ。

 車の形が気泡を彷彿とさせるので「バブルカー」と呼ばれている車種である。元々は祖父が買った車で、その祖父の死後は祖母が長らく使っていた。祖母が贔屓にしている自動車販売店があるので、手入れだけは隅々まで行き届いていた。こんな博物館行き確実の自動車の保守部品を何処から調達しているのか、実に不思議で謎であった。

 だが、坂道の多いこの街は小型で小回りの利くこの車が、取り回しも良くて重宝するのだ。その為、長らく愛用しているのだ。

 僕も幼少期には祖母に乗せられて、買い物に付き合わされた。


 色は、情熱的な赤色。

 祖父はこれで祖母を射止めたのだそうだ。真っ赤なボディは、昔からの石畳の街ではどうにも目立って仕舞う。

 博物館から抜け出して来たような骨董品の車。周囲からは好奇の目を向けられる。

 広場で朝市の準備をする老婦人。通学のため駅に向かう女子学生。犬の散歩をしている老紳士。珍しい車を見て、顔を求知心溢れる表情に変えていた。


 ――ああ、恥ずかしいったらありゃしない。

 僕は、朝露に濡れるガラスを綺麗にするために、前面キャノピーに取り付けられたワイパーを動かす。

 坂道を下るため床から突き出た小さなクラッチペダルを左足で踏み、ハンドルの右側に出ている小さなシフトノブを動かし、ギアを4速から3速に落とす。そうすると、エンジンが甲高い悲鳴のような音を立てるので、右足のアクセルを緩めてエンジンの回転数を落としてやる。

 すると、建物の影から子猫が出て来たので、ハンドルを左に切ってかわす。小回りの利く、この車ならではの軽業だ。



 車はやがて街を抜け人通りは無くなる。そうして、黒い森に入っていく。小さな車から空を見上げると、今日はより遠くに感じられていた。

 暫く走ると検問所に差し掛かる。僕は右足でブレーキペダルを踏んでスピードを落とす。赤白に塗り分けられているゲート棒が目の前に出現した。

 僕は車を停め、ワザワザ車から降りた。検問所に立つ顔見知りの兵士に身分証を見せに行ったのだ。

 車の前面全体がドアになっている為、兵士は珍しそうに僕の作業を見守っていた。

 開かれたドアには、ハンドルやメーターパネルも一緒にくっついている。ギミック満載のこの車を見て目を丸くしていた。


「ヨハン・フェルゼンシュタイン少尉殿でありましたかー! これは、失礼しましたー! 本日の用件は、如何ほどでしょうかー?」

 大きな声で、キッチリとした敬礼姿で固まる兵士。普段は軍所有の車で、軍服姿で通過する僕なので、ほぼノーチェックで検問所を進めていたが、今日は休暇届けを申請した後の、全くのプライベートの私服姿であったので、僕の正体には気が付いていなかったのだ。


「いや、休暇中なのだが、残していた任務があってね……」

 僕は語尾を濁し、車の後部の荷物スペースに乗せたバスケットを指差す。

「ああ! 森に住む『彼女』の小屋を訪問するのですねー!」

 兵士は『彼女』部分だけ、イントネーションを変えて話していた。彼も、森に住むクララクララちゃんが、軍にとっても特別な存在であることを承知している。


 彼は、僕の方に背中を向けたまま検問所のゲート棒を上げてくれた。

「それじゃ」

「ご苦労様ですー!」

 車に乗り込んだ僕は窓から顔をのぞかせて、彼の敬礼に対して軽く手を挙げ挨拶を返す。


   ◆◇◆



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