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人間ぎらいのパヴァーヌ  作者: 姫宮 雅美
第二のメロディ「人間不信の諜報部員さんとクララクララ」
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「ああ、それじゃあ。物干し台が倒れるぞっ! あっ!」

 僕の意識は、五週間前の任務に再び飛んでいた。

 クララクララという娘は万事要領が悪い。濡れて重くなったシーツを物干し紐の片側に何枚も並べていくので、バランスを崩した一方の台がとうとう倒れてしまった。せっかく手洗いで洗濯したシーツが台無しだ。

 ああ、この娘を見るとニーナを思い出してしまうんだ。僕の心に刺さった小さなトゲは、今もチクチクと痛みを与えてくる。

 僕を女手一人で育ててくれた祖母は、チャキチャキとした豪快な性格で、なにもかも手際が良かった。祖母とクララクララちゃんとの家事の手法を比較する。洗濯からしても、クララクララちゃんが一つの仕事を仕上げる間に、祖母は十の用事を片付ける。

 そんな祖母を悲しませたくが無い為に、初等学校から優等生を演じ続けていた僕。

 祖母の夫も、僕の両親も軍人であったが、祖父は四十年前、両親は二十年前のそれぞれの戦争時に亡くなってしまった。だから、僕は内勤の勤務になるべく晩学に励んだ。陸軍の士官学校を主席で卒業し、引く手あまたの僕が進路に選んだのは、軍の情報部であった。


 とはいえ、情報部のエリートとなると海外勤務がある。駐在武官として外国の大使館勤務となるのだが、年老いた祖母を一人残すわけにはいかず、陸軍情報部の中でももっとも不人気部署である「内部監査部」への配属を自ら申し出た僕であった。

 周囲は驚いていた。何しろ、内部監査部の仕事は、同じ陸軍の軍人をスパイではないかと疑い、行動や面会者の名を逐一各上司へと報告するのが任務であるのだ。


 僕は、キース・キングスコート大佐への監視任務に就いた。もっとも彼への監視者は多く存在するので、その情報を一元化する部門の長となった。監視対象であるキース大佐本人には、五週間前まで一度も顔合わせする事はなかった。また、必要もなかった。

 一応、僕には直属の部下が一人居る。仕事の多くは他部門との折衝に僕自ら赴くため部下は完全に閑職となっている。


 ――そして、キース大佐周辺の不審な金の動き。

 それを追っていくと森の中に一人住む娘、「クララクララ」の存在に行き当たったのだった。本人が気が付かないようにと、それとなく彼女は護衛をされている。

 森へと侵入する一本しかない道の途中には警備兵が二十四時間体制で立っており、検問時には森に踏み入る目的を詳細に聞かれる。

 国境にも近い場所なので当然の配慮といえるが、以前は国境の高いフェンス周辺に配置していただけの人員を増強して、森への不審者の侵入を拒めるような完璧な体勢が作られた。

 それを手配したのが、キース・キングスコート大佐で、クララクララちゃんが以前一緒に暮らしていた老人の死後に、そのような用意がされたのだった。


 ――では、そんな老人とは、いったい何者なのだろうか?


 僕は分析する。

 結果は直ぐに出た。簡単な仕事であった。森の住所その場所に住んでいた住人の名をあぶり出すだけだった。それは、情報部でもマークされていた重要人物であった。

 我がパヴァリア侯国が世界に誇る大企業「シュヴァーベン発動機株式会社」そこの元・開発部の研究主任の名がカール・フィッツェンハーゲン博士であった。その博士が、森の中の小屋に五年前から住み着いていたのだった。

 変わり者の工学博士。自動車だけでなく、戦車や高速列車。飛行機やロケットまでの革新的な技術の進歩に寄与していた。

 だが、多くが軍事関連の技術であったので、ノーベル賞を始めとする名誉や栄光からはかけ離れた存在であった。

 しかし、取得した特許の使用料の収入だけでも、億万長者となり、悠々自適の老後が見込まれるはずなのだが、カール・フィッツェンハーゲン博士の金銭の状況は決して恵まれているとは言えない状況であった――との報告書を読んだ。

 晩年の彼が、持ちうる資産を湯水のように投入したのが、どうやら「クララクララ」であるとの噂があった。

 クララクララちゃん本人は、自分の事を「ロボット」であると、出会った人に告白していたようだが……。

 人を真似て精密に作られた人型のロボット。それが、彼女の嘘であるのは直ぐに判明した。

 なんでもない、彼女に出会った僕が証言者だ。握手した彼女の右手は、確かに温かく、そして柔らかだった。こんなロボットが現実に存在するのならば、カール・フィッツェンハーゲン博士は世界征服も夢ではなかろう。


 ――だから、彼女は何者なのだ?


 その解明が、軍上層部から与えられた僕への新たな命題でもある。そして、キース大佐が入れあげている原因とは何か?

 それも突き止めなくてはならない。


 僕は分析する。彼女がどこからやってきたのかを調べてから、そうして結果を出せば良いだけなのだ。

 キース大佐とクララクララちゃんが過ごす二時間という時。男女が関係を持つには十分な時間であった。だが――そんな疑惑は直ぐに氷解する。

 面会初日に二時間かけて談笑する二人の姿が、窓から目撃できた。ただし、会話内容は聞き取れなかった。

 僕は、ただちに盗聴器の設置許可を上司に申請した。



 さて僕は、五週間前の最初の面会の日の事を、もう一度ありありと思い出す。十六時丁度に、僕は車でキース大佐を迎えに行った。表面上は、森の外に出たことになっていた。僕は舗装道路に出た時点で、車に付いた泥はねを事前に丁寧に拭き取っていたのだ。


「ヨハン君。お迎えごくろう」

 小屋の扉の前に立つキース大佐はそう言って、停めた車の方に大股で歩き出してきた。

 面会初日とあって、たいした成果はなかったのであろう。キース大佐の顔からは疲労の跡がうかがえる。しかし、ヘアワックスでピッチリと固められた髪型からは、彼の誠実な態度が見えるのだ。いつ見ても憎らしいまでの男前だ。


「あの――」

 申し訳なさそうに、小屋の主の少女が扉から顔をのぞかせる。

「どうかしたかな? 先ほどの質問で、何か思い出した事でもあったかな? 今でなくてもよいんだよ」

 キース大佐は、素早い動作で振り返り、クララクララちゃんに対して優しく語りかけていた。こうした大佐の姿を始めて見た。幼い子供に言い聞かせる様な、父性愛に溢れる言葉選びだった。

「――ど、どうも。クララクララが、おもてなしも何も出来なくてすみませんでした、キースさん」

 クララクララちゃんは、勢いを付けて頭をペコリと下げていた。その為に、頭に巻いていた白いスカーフが、芝生の上にポトリと落ちる。

「いや、無理を聞いて貰っているのは私の方だ。本当は手土産でもたずさえて訪問しなければならないのは私の方だった。次回以降の訪問時に、君の方で何か希望があれば、そちらのヨハン少尉に購入させるが、何か希望の品はないのかな? クララクララ君」

 キース大佐は、落ちた白スカーフを長い腕で拾い上げて、クララクララちゃんの右手の上に置いた。そうして、僕の方に向けても優しく微笑み掛ける。だが、コレは命令だった。次回訪問の日時までに、彼女の望む品を手配しなければならないのだ。

 僕は車の運転席から降りて、話を聞くことになった。

 それは、お茶菓子なのか、生活必需品なのか? あまりにも高価な品を要求されたのならば、上司の決裁を仰ぐのに時間を有してしまう。残された期間は一週間のみなのだ。

「本当は、お客様にお茶を差し上げるのがマナーなのでしょうが、クララクララはこういった経験は始めてなので、新聞で読んだ程度のマナーの知識などは、あまり役には立たなくて」

 彼女は、キース大佐の質問には答えずに、ただただ、自分の不徳を詫びるだけであった。そうしながら、彼女は慣れた動作でスカーフを頭に巻き直していた。頭の後ろで、きつく結び目を作っていた。

 僕は、彼女に助け船を出すことにする。

「あの、クララクララちゃん。大佐も言っていたけど、欲しい物は何かないかな? クッキーやケーキなど、甘い物を希望するなら、僕が街で購入してくるよ。それとも、生活で何か困ったことはないかな。軍としても君に協力できることがあるならば、叶えたいと考えているんだ」

 車の前から歩み出て、僕は彼女の正面に立つ。

「クララクララの生活に必要な品物は、ボルフマン商会のアンナさんとハンスさんが配達下さっているので、クララクララとしては全く困らないのです。アンナさんは写真の載った商品カタログをクララクララに見せてくれて、その用途を丁寧に説明して下さいますから、それでクララクララは、クララクララの欲しい物を指差すだけなのです。実際の所、クララクララとしては今の生活に何が必要で、何が足りていないのか正確に把握していないのが実状なのです」

 彼女はニッコリと微笑んで、体をやや右側に倒していた。

 実に可愛らしくて、僕は顔を赤くする。だが、キース大佐への答えにはなっていなかった。


 ああ、そうだった。彼女の言葉に登場した「ボルフマン商会」のことは既に調査済みであった。この森から一番近い大きな街である「シュリッシュガーデン」に百年以上も前から続く老舗の商店である。

 「シュリッシュガーデン」は、僕の住む街でもある。二度の戦火から奇跡的に逃れることの出来た歴史ある街。

 だが、「ボルフマン商会」は周辺に出来た外国資本の大型ショッピングモールに経営を圧迫されるが、古くからのお得意様を中心に配達業務を継続してきたのであった。

 両親が体を壊してリタイアした後、ボルフマン商会を支えたのが長女のアンナである。

 シュリッシュガーデンでは、昨今は老齢者の人口が著しく増加して来ているので、いち早くそれに注目していたのだ。値段は他商店より割高だが、一品から配達するきめ細やかなサービスが受けているのである。弟のハンスと共に、朝早くから夜遅くまで働く勤労姉弟であった。

 その姉弟を生前に援助したのが、クララクララの保護者であったカール・フィッツェンハーゲン博士なのだ。そこにどんな縁があるのかは知らない。ボルフマン姉弟の親や祖父母の代からの関係性なのだと考える。

 僕はそう分析した。


「く、クララクララちゃんは、遠慮することはないよ。そうか、何の資料も無しに、何が欲しいかと聞く僕の方も悪かったね。次回の訪問時までに幾つかの資料を取り寄せてくるよ。デパートの贈答品のカタログリストとか、最新の流行の生活雑貨が多く載った雑誌とかを持ってきてあげるよ」

 僕は彼女の行動を誘導するように、話を持っていく。

「え? そんな素晴らしい品を持ってきて下さるのですか? クララクララは、新聞の広告欄や挟まっているチラシなどを眺めるのが好きなのですが、こうした小屋には電線も通ってなく、多くの商品が使えないと知って、落胆したのです。使えるとしたら、天然さんのガスを利用したオーブンレンジぐらいしかありませんが、これは最近になって壊れた品を新しい商品に変えたばかりで、クララクララとしても上手く使いこなせていない品で」

 少しばかり肩を落とすクララクララちゃんであった。そういえば、この場所には電気が通じていない。その為に、小屋の中に電化製品は一切無いのだ。唯一、近代的な設備は天然ガスをボンベに詰めてその火力を利用したガスオーブンレンジぐらいなのだ。

 それも、ボルフマン商会からこの小屋への納品書の写しを調べ上げた結果だった。


「君は新聞を読んでいるのだね。どこの新聞社だい?」

 キース大佐は優しく聞く。新しい質問だ。

「えっと、クララクララが読んでいるのはデイリー・レコードという新聞です。別にクララクララが選んだワケではなく、おじいさんが取っていたのをそのまま継続しているだけなのです。何しろ、他の新聞社は、街から離れたこのような場所まで配達してくれなくて、宅配制度のある新聞社は珍しいので、ボルフマン商会のアンナさんの口利きで無理に配達して貰っているのです。おじいさんの話だと他の新聞社は政治的に極端で先鋭的であるので、とらなかった――そう、クララクララは聞いたのです」


 デイリー・レコード新聞の正式名称は「パヴァリア・デイリー・レコード」である。パヴァリア侯国の中では三社有る新聞社の中で発行部数で三番目に位置する――正直言って、弱小の新聞社であるのだ。

 パヴァリア・デイリー・レコード新聞社は、パヴァリア侯国内の政治や経済ニュースであっても、外国の通信社を経由して情報を収集しているのだ。だから、百万都市である首都の「ヴィッテルスバッハ」周辺の情報は少なく、各地方に配属された記者達のローカル記事の方が充実しているのだ。

 地方地方で特色が強く出るので、これを好む読者が購読している。とはいえ、駅や大通りに面しているキオスクでの販売のみではやっていけないので、各地の有力商店を取次店として、各家庭に宅配をしているのだ。それにより、糊口を凌いでいるのが現状である――と僕は聞かされている。


 それでは、パヴァリア侯国の新聞事情をもう少し述べていく。

 大手新聞社として、一番の販売数を誇るのが、西パヴァリア新聞である。保守系の思想信条を主張し、王家の再興を目標として社是としている。

 もう一方の大手で二番手に付けているのは、ライジング・サン新聞で左派革新系の論調が特徴である。こちらは、東パヴァリア共和国との融和を図り、全体としての共和国制への移行を望んでいるのだった。

 どちらも思想的に極端であるのだが、中道路線のパヴァリア・デイリー・レコードは何故か売れず、先鋭的な見出しを付ける両社が、駅売店や街角の新聞スタンドの売れ筋となっているのだ。

 その辺の彼女の思想信条を探る目的で、キース大佐はクララクララちゃんに購読する新聞の名を聞いたのであろう。

 僕は分析する。


「そうか、時間も過ぎてしまった。では、これくらいで失礼することにしよう。それでは、また来週の木曜日に」

 キース大佐は、足早に歩きさっさと車に乗り込んでしまった。僕は大急ぎで車の左側の運転席のドアを開ける。


「あの、ヨハンさんもご苦労様でした。また、来週になるのですよね。く、クララクララとしたら――」

 彼女は僕の元まで駆けつけて来て、弾む息遣いのまま、僕の耳元で小声で囁いてくる。

「――は、早く、カタログや雑誌を見てみたいものです。この小屋は、どなたでも歓迎していますから、ヨハンさんだけが早めに尋ねて下さっても、クララクララとしては一向に構わないので」

 僕を直接招待したいとの申し出であった。僕は顔を赤くし、黙ったまま肯いた。そうして、車に乗り込む。

 いけない。彼女は僕に恋したようだった。僕は――。


「どうした?」

 後部座席で、黒革の手帳に金色のボールペンで何やら書き込んでいるキース大佐は、僕の方へは向かず尋ねて来た。

「いえ、何でも無いです。車を出します」

「ああ」

 キース大佐は、手帳を閉じ胸ポケットに収めながら返事をした。

 走り去ろうとするシュヴァーベン発動機株式会社の誇る最新鋭のハイブリッド自動車。 クララクララちゃんは、道ばたまで歩み寄り、車に向けて手を振っていた。僕はバックミラーとサイドミラーに写る彼女を見ながら、心苦しく思いながらもアクセルを踏み込む。加速により、僕の体は運転席のシートに軽く押しつけられる。

 見る見ると小さくなっていくクララクララちゃんの姿。

 僕は鏡の中の彼女をずっと見つめていた。



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