↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破戒聖女と処刑聖女のありがたい説法(ざまあ) 〜腹の底から「ごめんなさい」が聞こえませんが、まだ文句あんの?〜  作者: 水藤紗弥
第1章【古井戸の怨霊と豚男爵】 編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/8

怨念がおんねん……なんちゃって

◇◆◇


 夜の村は、静まり返っていた。

 月明かりの下、二人は足音を忍ばせて村の東――くだんの古井戸へと向かう。

 石造りの丸い井戸の周りには、枯れ果てた蔦が幾重にも巻き付き、苔むした地面から冷たい霧が立ち上っていた。


 いくつかの花が手向けられていた場所には、それから誰も訪れていないらしく、枯れた花が連なっていて、より一層の悲しさと退廃を感じさせる。


「花を手向けてくれるのはありがたいけど、こういうのも片付けてほしいもんよね」

「……わたしは悲壮感より先に、薄情だけど衛生面が気になるかな。虫とか湧きそうだし、腐るよね、花も」

「そーなのよ。枯れた後の茎とか、花瓶に挿しっぱなしでドロドロになってるやつとか、虫も湧くし片付けるの大変なんだから。実家でも放置されたお供え物の処理が一番おぞましかったわ。消え物がさ。梅雨から夏は特に」


 リアルな実情を語られ、割とちゃんとお寺の仕事をしていたんだな、とユラハが内心で感心していると、トモエが静かにかがみ込んで合掌した。


「……栄枯盛衰、生のむなしさを感じるわ。朝に家を出る人も、夕には白骨となり、ってどっかの経にあったし、人の営みを寺の側から見つめていると、余計に思うわ」

 しみじみと呟くトモエの横顔には、いつもの能天気さはなく、どこか遠くを見つめるような寂しさが宿っていた。

 ユラハはトモエの呟いた死生観に、無言ながらも同意する。


(――だけど、ミリアさんはただ儚く消え去ったわけじゃない……。強い思いを抱えていたからこそ、この場に残ってしまってるんじゃないのかな?)


 ユラハは井戸を見つめ、自身の胸の内に燻る、負の感情というものへの共感を静かに燃え上がらせた。

 理不尽に踏みにじられ、自分の境遇と相手を呪うことしかできなかった彼女の無念は、誰あろうこの自分が、一番よく理解できる気がした。


(きっと絶望から助けて欲しかった。誰かが寄り添ってあげられていたら……あるいは、死を選ばずに待っていてくれたら……! 悔やまれる。泥水をすすらせてでもクズにはキッチリケジメをつけさせたい。あの子はただのお化けや、ただの害悪怨霊なんかじゃない。そう、同志(なかま)だ……! 恨みを晴らしてあげられるのは、同じように修羅場を見てきたわたししかいない。ここに来たのは導きなんだ)


 ユラハの背中から立ち上る、まるで何かが憑依でもしたかのような凄まじい気迫に押され、トモエは「うおっ」と小さく声を漏らし、あまりの迫力に苦笑しながらその後ろをついていく。


 井戸の縁に差し掛かったその時、ふわりと霧が集まり、人の形を成し始めた。

 青白く透き通るような女の影。

 濡れて肌に張り付いた長い髪からはぽつ、ぽつとしずくが滴り、やつれ果てた白い頬には深い悲しみの色を宿したような虚無が広がっている。

 涙なのか、水滴なのかはわからないが、きっと涙だろうとユラハは思いたかった。



「ユラ、見える? 女の人が立ってるの」

「ばち見え……トモエちゃん、まだ破ァしないでね」

「はいはい。危なくなったら手を出すかもしれないけど、話があるんならどうぞ」


 トモエが腕を組んで控える中、ユラハはずんずんと臆することなく幽霊へと歩み寄った。


「ミリアさん……だよね……?」

 ユラハの静かな問いかけに、半透明の影がぴくりと震えた。虚ろなどろりとした瞳が、ゆっくりとユラハを捉える。


「…………コロス……」

「わかるわ」

「ウ……アァ……ノロッテ、ヤル……」

「わたしも思った……うん、一緒に男爵の屋敷いこ? 悔しいもんね。謝罪させよ?」


 幽霊に対して一切の怯えを見せず、まるで長年の友人の愚痴を聞くように頷くユラハ。

 だが、”男爵”という言葉が耳に入った瞬間、ミリアは頭を抱え、身体を大きく前後左右に揺らして激しく身もだえ始めた。


「アァ……ああ……! ダンシャク……、ダンシャク!」

「落ち着いて、ミリアさん。何があったの?」

「ああ、男爵様! わたくしを愛してるって言っていらしたのに……! どうして、わたくしの妹であるユリアをお選びになったの……!」


 夜の静寂を切り裂く、悲痛な叫び。トモエは思わず目を丸くした。

「喋った」

「トモエちゃん! 驚くとこ違うよ!」

「ごめんごめん。なるほど、姉を捨てて妹に乗り換えたとか泥沼じゃんそれ。まあ、どっち選んでも村のためにはなるし、ぶっちゃけ村長の家から嫁が出るのは変わらないでしょ……」

「ウギィイイイ!!!」

「ちょっとトモエちゃん黙って、ミリアが発狂する」


 ユラハが鋭い眼光でトモエを睨みつける。トモエは『すんませんね』と軽く両手を挙げて口を噤んだ。

 ユラハは再びミリアに向き直ると、母親が赤子をあやすようにそっと両手を伸ばした。


「ミリアさん……どう、どう……落ち着いて……。話してみて。何があったの?」

 半透明な体から、ぽろぽろと零れ落ちる透明な涙。幽霊の流す涙は、冷たい霧となって地面に消えていく。


「わたくしに隠れて逢瀬を重ねていたのが、ずるい! どうして、妹のユリアも正直に言ってくれなかったの……? なんで、どうして何もかもがうまくいかなくなるまで黙って……! こんなの、ひどすぎるわ!」

 ミリアが悲痛な声を張り上げる。その姿はすでに正気を失いかけていた。

「だって、お姉さんに婚約者取っちゃった~って言って、喜んでもらえるわけ無いし、誰もハッピーになれるわけないじゃん」

 トモエが平然と言い放つ。


「ウグアアアア!!」

「トモエちゃん!! 火に油注がないで!!」


 再び発狂しかけたミリアを宥めながら、ユラハはトモエをキッと睨みつけた。

 睨まれたトモエは肩をすくめて、疑問なんだけど、とミリアに質問を投げかける。

「つーか、その妹とクソ男爵はなんて言ってきたのさ?」

 その問いに、ミリアは顔を覆い、思い出すのもおぞましいと言わんばかりに再び激しく身を震わせた。


「男爵様は……『お前のような地味で愛想のない女は、男爵夫人の座にふさわしくない』と……! 『ユリアのように可憐で、守ってやりたくなるような柔らかさと愛くるしさが、これからの我が領地には必要なのだ』って……!」

 お約束すぎるクズの台詞に、ユラハの眉間がピキリと鳴った。


「出た出た、男の『守ってやりたい』病。……で? その略奪妹ユリアの方は?」

「ユリアは、わたくしの手を握って泣きながら……『お姉様、ごめんなさい。でも、お互いの心が通じ合ってしまったのです。愛し合う二人を、どうか引き裂かないで』と……っ! 『お姉様なら、きっとわたくしたちの幸せを祝福してくださると思っていました』って……!」

 悲痛に叫ぶミリアの後ろで、トモエが「うわあ……」と本気で引いたような声を漏らす。


「通じ合う前に煩悶したりしなかったんかね。愛し合う二人を引き裂いたのは妹だったんじゃないの? って気はするけど、まあ上と下のきょうだいは考え方も立場も違うから、お姉ちゃんなら許してくれるよね&姉に逆らうつもり? の仁義なき抗争がいつの世の中もあるんだよ。あたしは兄がいるけど、どっかの寺に修行しに行ってるから、ほぼ顔も合わさなかったし、実質一人っ子みたいな気ままな生活だった」

「突然の自分語りどうも」

 ユラハは感情の消えた声でトモエを一蹴した。


(っていうか、よりによってその略奪妹、わたしと名前が激似なのも最高に腹が立つわ……。身近にいる『無害で可愛いポジション』を最大限に利用して、人が手塩にかけて育んできた愛を払い、男を横からタダでかっさらう泥棒寄生……! しかも後出しで『祝福してくれると思った』とか、あいつらマジでどの口が言うのよ……! 盗っ人猛々しくて理解が及ばないんですけど!)


 ユラハの背中から立ち上る怨嗟の火柱は、今のミリアの冷たい霧すら生ぬるい湯に変えてしまうほどの熱量を放っていた。


 そして、再びミリアへと視線を戻したユラハの口元に、冷たく、昏い笑みが浮かぶ。

「ミリア、男爵と妹、どっちが許せない?」

「……両方……」

「ですよね~……」

 ユラハはすっと立ち上がり、トモエに向かって振り返った。

 その瞳は完全に座りきり、パチパチと漏れ出るLED電飾のような法力の気迫も相まって、容赦ない処刑人の冷酷さが宿っている。


「トモエちゃん、ちょっとそのユリアって妹、連れてきて」

「え……あたしが? 今? 村長の家に行って『ユリアさん。あなたのお姉さんが井戸の前から呼んでいますよ』って知らない女が笑顔で言うの? どー考えてもやばい案件で出てきてくれな――」

「ごちゃごちゃ言ってないで、はやく!!」


 その顔は本気だった。ここで拒否すれば、トモエ自身もこの恐ろしい呪詛のターゲットにされかねない。そんな凄まじい迫力があった。


「はいはい……行ってきますよ……真に怖いのは人間なんだよなあ……」

お読みいただきありがとうございました!


---


本作は毎日【18:10】に更新していきます。

「続きが気になる!」「このコンビの暴れっぷりをもっと見たい!」と思ってくださったら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、評価の【星(☆☆☆☆☆)】をぽちっと押して応援していただけると、執筆の凄まじい励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。