生い立ちに関係なく視えてるのは聖女スキルかも
◇◆◇
森の木立が途切れ、日も傾きかけてきて夕暮れの冷たい風が街道を吹き抜ける。
湿った腐葉土の匂いに混じり、乾いた土埃と、どこか重く淀んだ空気が鼻をつく。
西の空は血のように赤い夕焼けに染まりつつあったが、街道の先に広がるわずかな村には、ぽつぽつと明かりがついている。
「おっ! ユラ、村が見えてきたわよ。よかった、今日はなんとかアテが見えてきた」
「ひぃ~ん……お腹もぺっこぺこですし、水もがぶ飲みしたいですが、まず寝たいくらい体力が限界です……」
昼過ぎからずっと歩き通しで、口にしたのは浄化した水くらいだ。
トモエはおろか、ユラハもそろそろ空腹と疲労の限界が近づいてきている。
石造りの粗末な平屋が二十数軒、不規則に肩を寄せ合うように立ち並んでいるのが見えた。
本来なら夕餉の支度で煙突から白い煙が立ち上り、家畜の鳴き声や子供の声が響いていてもおかしくない時間帯だ。
だが――その村には驚くほど生活の音が、なかった。
遠目から見ているからではなく、人のいる気配はあっても、活気がない。
村の規模が小さいから静かというよりは、全員で何かに耐え忍んでいるかのような重苦しさを感じるのだ。
しんと静まり返った空気の中、風がかさかさと乾いた枯れ草を揺らす音だけが、耳障りに響いている。
「……ねえ、トモエちゃん。なんか、この辺寒くないです……?」
ユラハは両手で自分の二の腕をさすりながら、周囲を注視する。
森の中にいたときよりも、この人の気配がする村の方が、体感温度が二、三度下がって感じるのだ。
夜が近づいてきているし、空腹も多少は関係しているにしろ、精神的にも異質さを覚えたからか。
肌を撫でる冷気はただの気温の低下ではなく、じっとりと湿り気を帯びて肌を舐め、骨の髄まで染み込んでくるような、厭な感じの冷たさだった。
「寒いっていうか……空気が重いわね。湿気た線香の煙を吸わされてるみたいで胸糞悪いわ。なんつーか、夕暮れの墓地みたいな……ああ、そういう感じ久しぶりかも……」
トモエは腰に手を当て、髪を夕風に揺らしながら、鋭さを増した瞳で村を見つめた。
ブーツで土を踏みしめるように散らすと、パサパサと乾いた埃が舞い上がった。
「トモエちゃん、ほんとにあの村に行くの……? なんか……わたし霊感とかないほうだったけど、今は……禍々しいオーラ? というか、入ったら呪われそうなドス黒いもやが村の入り口に見えるんですけど……きっ、気のせいだよね……? わたしが疲れてるだけだよね……?」
「ばちばちに邪気見えてるじゃないの。あんた、聖女の力を手に入れて霊感もついたんじゃない? やったね~」
「そんなの見たくないですぅ~! テレビの心霊特番すら怖すぎてチャンネル変えてた人間なのに、なんで異世界に来て、肉眼で『おわかりいただけただろうか』なリアル鑑賞しなきゃいけないの……!」
半泣きになったユラハが、トモエの服の裾をぎゅっと掴む。
その指先は震え、氷のように冷たくなっていた。
「あたしたち、いま一文無しなのよ? 野宿して凍えるか、あそこで雨風しのげる屋根と美味い飯を恵んでもらうかの二択。迷う余地なんかないでしょ。それにあんた、指が震えてるじゃない。低血糖症かもよ」
「そうかもしれませんけど、怖いんですよ純粋にっ!! でも、お化けはもっとやだ! あそこ、絶対になんか出ますって……! 絶対に出るやつですってぇ……!」
「出たら出たで、あたしの拳で物理除霊するか、あんたの奇跡で成仏させればいいのよ。ここでイヤイヤ期発動しても、食いっぱぐれて体調悪くするだけなんだから、とっとと行くわよ」
トモエはそうと決まれば、先ほどよりも大股で街道を急ぐ。
抵抗虚しく、ユラハはずるずると引きずられるようにして進むしかなかったのだ……。
◇◆◇
村の入り口には風雨に晒され、黒ずんだ木造の粗末な柵が立てられていた。
柵の根元には厄除けのつもりなのか、枯れた薬草の束や鳥の羽がぶら下げられている。
それがまた不気味さを余計に醸し出しており、異様な雰囲気を放っていた。
一歩、村の敷地へ足を踏み入れた瞬間――。
ゾワリ、と二人の背筋を氷で撫でられたような悪寒が走る。
頭上の空にはまだ多少茜色が残っているというのに、村の中はまるで深い井戸の底に沈んだかのように薄暗く、息が詰まる。
道の両脇に並ぶ民家はどれも雨戸が固く閉ざされ、窓の隙間から漏れる明かりすら極限まで絞られているようだった。
どこかの家から、赤ん坊の弱々しい泣き声を必死にあやす母親の押し殺した声が、かすかに漏れ聞こえては途絶える。
「……ひぃっ……! なにこの空気……! ホラー映画の序盤で真っ先に全滅する村の空気だよぉ……! ジェイ的なやつがチェーンソー持って来たりするの??」
「うっさい、泣かないの。それに最近はチェーンソーったらサメでしょ……いや、クリスマスのピエロとか? それと、どうでもいいけどジェイ的なやつはナタだからね。界隈から突っ込まれるわよ」
トモエは足を止め、渋い顔をして、近くの民家――屋根の上に立ち込める、どろりとした黒紫色の気配を凝視した。
「……」
ただの霧ではない。怨嗟と未練が幾重にも折り重なり、空気を澱ませているのが肌で分かる。
「入り口だけじゃなくて、全体的にこれが立ちこめているから……どこかに発生源がありそうだけど」
「えっ、あの、お化けとかです、か……?」
「丸くて白くて目がつぶらとかデフォルメされてるといいけど、多分あたしたちみたいな形してるだろうね」
「やだぁ……怖い……家帰りたい……」
がたがたと歯の根を鳴らしてトモエの背中に隠れるユラハ。
その情けない姿にため息をつきつつも、トモエは腕を組んで周囲を見渡した。
ふと、近くの納屋の陰から、怯えきった視線がこちらを盗み見ているのに気づく。
粗末な麻布の服を着た、痩せこけた男――野良仕事の鍬を杖のように握りしめた、初老の村人だった。
トモエと目が合うと、男はヒッと息を呑み、逃げ出そうと後ずさる。
「あ、すみませーん! あたしたち通りすがりの聖女ってやつなんですけど……なんか、村に邪気が充満しているので事情を聞きたいな~って!」
トモエは親戚の近所付き合いのような軽快なノリで、めそめそするユラハの襟首を掴んで引っ張りながら、逃げ腰の村人へとぐいぐい間合いを詰めていった。
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