⑨慎重な父と自称慎重な母とマイペースな娘
いよいよ王都。
入学手続きもあるからと一緒に来た両親と、まずは王立学園へ。
転移陣のある王都神殿から学園までの馬車は我が子爵家のもの。師匠の邸宅に荷物を送るために、先に出させておいたのだそう。
両親は姉達と会うなどしながら、この馬車でゆっくり戻るらしい。
「そういえば、お母様は何故お姉様達に頼むのを反対されたのですか?」
母と実家の伯爵家とは、あまり関係がよろしくない様子。
私もそのことはうっすら耳にしているが、そうでなくとも祖父母にほぼ会ったことがない時点でお察しではある。
しかしふたりの姉──両親にとっては娘達とは今も仲がいいし、それぞれ婚家との関係も悪くない。
聡明な上の姉は見初められて伯爵家に嫁いだのでタウンハウスはあるし、センスが良く目が利く下の姉は商人と結婚し、王都に商会を兼ねたそれなりの広さの邸宅を構えている。
旦那様方も『二年半程の学園生活くらい』……と言ってくれそうな方々であり、そこまで迷惑がる程の接触を余儀なくされる家の規模でもないと思うのだけれど。
「反対という程でもないけれど、お相手がバンフィールド家ですもの。 わたくし慎重なのよ?」
母はそう曖昧に答え、いつもの調子で「うふふ」と笑った後、「ウチの姉妹にはいつまでも仲良くしてほしいものねぇ~」と意味深な言葉を続ける。
「マージ」
「はい」
「学園に通わず社交界デビューもしないと言ったお前には話していなかったが……我が子爵家では、政略的な縁組を一切認めていない」
「! そうなんですね」
なるほどなぁ、と思った。
あくまでもクームズは辺境伯家の忠臣、ということらしい。
姉達を鑑みるに、おそらく『他と縁付くこと自体は問題ないが、それによる利権を伴うような取引はしない』ということなのだろう。
「それだけか?」
「いえ納得しました。クームズ家のお役目を考えたら特別おかしくもないな、と。 唯一例外があるとしたら辺境伯家、という意味ですよね?」
「……よくわかっているではないか」
理解は正しかったようだが、また告げるのを忘れていたことのバツが悪いのかなんなのか、父は微妙な顔で頷く。
直後何故か「そういうところがな~」と盛大に溜息を吐いた。
「いっそもう少しもの知らずなら扱いやすいんだがなぁ~。 ああ、こんなことになるなら同年代との茶会くらいはなんとかしとくべきだったか……」
「??」
父の背中を撫でさすりながら、母は言う。
「うふふ、お父様は貴女が心配なのよ」
「はあ……」
曰く、「マージは自然体だから」らしい。
相変わらず母の言うことは端的すぎてよくわからないが、父に心配されていることはわかった。
「──確認ですが、お嬢様の選択学科は本当に『淑女科』で宜しいのでしょうか?」
必要書類は先に送付し、確認済。
学園の事務局で粗方の説明を受けた後、学園長の名の入った受け入れ証明書に、保護者/後見人と学生本人の欄にサインをして終わり──というところまできて、何故か事務員がそう尋ねる。
「お嬢様の試験の結果が大変良かったので、『必要とあらば科の履修内容を話し、再度聞いておくように』と上から申し付けられておりまして」
「ほう……上から、ね」
(ん?)
妙に剣呑な声だったのは一瞬で。
それに事務員がきょときょとと眼を動かす。
「それはそれは、ご配慮痛み入る。 それでは手間をかけるが、一応ご説明頂いても宜しいですかな?」
父の方を見た時には、既に穏やかな感じで丁寧に話を続けていた。
それに安堵したように事務員も説明し出す。
「勿論です。 では早速──」
「あ、いえ。 結構です『淑女科』で」
「マージ」
「お父様も『手間をかける』と仰っていたでしょう? どうせ『淑女科』一択なのでお手間を取らせるのは申し訳ないですから」
私がシレッとそう言うと、母がいつものようにおっとりと笑って加勢する。
「そうですわ~旦那様、お仕事はスマートに終わらせないと。 お忙しい中丁寧なご対応、感謝致しますわ。 ここにサインをすればよろしくて?」
「え、ええ……」
私がササッとサインをし、続けて父が苦虫を噛み潰したような顔でサインをして書類を提出した。
馬車に乗り込むなり、堪え切れなかったようにくすくすと笑い出す母。
「マージったら、豪胆ねぇ」
「これだから心配なんだ……!」
「なんのことかわかりませんが?」
「嘘を吐け!」
──予め提出した書類だが。
婚約関係の欄は婚約者の有無だけは必須だが、ほかは任意での相手がどこの誰かを記す項目と、備考欄がある。
情報の一切を秘匿する場合は相手を書かないことも可能だが、学園内でなにかあった際の責任やその前の配慮を学園側に求めることは難しくなるそう。
バンフィールド閣下と父を中心に話しあった際、『名を記し周知させた方が安全か、全て秘匿した方が安全か』が問題となったが、結局私とアーチボルド様の意見を反映し、互いの名を記すこととなった。
私としては公爵家やアーチボルド様側に問題がないなら『どうせわかることだし』程度。
それでなにかあっても多分対処はできるし、責任の所在ができるだけわかりやすい方がいい。
(でも入学前なのに、もう圧がかかってくるとは)
先の『上から』はおそらく、直接的に学園を指してはいないと予想している。
もっとも、事務方は知らないかもしれないが。
試験結果を褒めてはいたけれど、アレはおそらく『弁えろ』──要は『淑女科なんて行ったところでお前がバンフィールドに嫁ぐ未来はない』と言いたいのだろう。
ほかの科の説明もきっと『就職に有利な科』を勧める感じになった筈だ。
圧というよりまだ、舐められていると言ったところ。
まあ舐められるのは想定内。
ぶっちゃけ私自身は痛くも痒くもないのだけれど、大変不愉快な配慮であることには変わりない。
なにより──
「うふふ、マージは聡い子ですもの」
今日は母がいるので。
父は穏便にも顔を立てる気でいたようだし、私も父だけなら悩んだフリをしてから適当な理由をつけて『淑女科で』と言っただろう。
ただ母は案外クームズや家族への愛情が深く、おっとりして見えて実はプライドが滅法高い。
父の顔を立て口は挟まないが、我が家が舐められたとあって黙っていては、大層ご機嫌ナナメになったに違いないのだ。
どうでもいい人達の機嫌を取るより、母の機嫌を優先する私。
その社会性はあまり褒められたものではないだろうが、『貴族たるもの舐められて黙っているな』みたいな考え方もあることだ。
赤の他人は結論に至った経緯などわかりゃしないので、別にいいのではなかろうか。
「ウチの事情を聞いておいて良かったです」
「やっぱりわかってるじゃないか!」
「どうせわからないフリをするなら、時間効率のいい方が良くないですか? お腹も空きましたし」
「そういうところだ!」
気付いたのは慣れ親しんだ父の表情からであり、そこから繋げただけなので、別に私が聡いワケでもないのだけれど。
「マージ、私は自然体の貴女が好きよ♡」
母もこう言っていることだ。
学園生活でそれっぽいことがあったら「なにもわからないフリ」で行こうと決めた。
母の機嫌は気にしても、父の心配はあんまり気にしないマージ。
でも胃薬と育毛剤はいずれ贈る予定。




