⑩婚約者様は心配症
「おはようマージ!」
新学期が始まる、私の入学初日。
アーチボルド様が元気よく迎えに来た。
私とアーチボルド様の交流は順調に続いており、王都に来てからは手紙を書かなくなったぶん、毎日会うことになった。(というか、やってくる)
出会い頭に、不機嫌そうな表情で少しソワソワと落ち着かない様子を見せていたのは、見合い時を含めた5日程。
最近ではこうして駆け寄ってくるようになった。
私は『竜人の先祖返りと言う割に、犬っぽいな~』などと思っていたのだが。
今日はちょっと違うらしい。
「──うっ!」
私を見るなり駆け寄っておいて、いきなり胸を押さえつつしゃがみ込むアーチボルド様。
「番の本能が疼く……!」
そんな『俺の右腕が疼く……!』みたいなことを言われてもなぁ、と困っていると「なんだい騒々しい」と欠伸をしながら部屋から出てきた師匠が、私を見て微笑む。
「ああマージ、制服よく似合っているね」
「師匠」
「ところでお前はなんでそんなところで蹲っているんだい」
「くっ……師よ!」
交流し出してからわかったいくつかのことのひとつだが、アーチボルド様も師匠の弟子のようで、彼は師匠のことを『師』と呼んでいる。
あと、私に対し異性として接しようとすると、どうも言動が危うくなる模様。
「マージを褒めるのは婚約者たる私の役目……!」
「褒めたらいいじゃあないか」
どうやら先に褒めたかったらしく、アーチボルド様は悔しそうに師匠に詰め寄る。
そんなに気にしなくても。
制服って大体万人に似合うようになっているものだしなぁ。
……などと思いつつ、それはそれとしてふたりに礼を述べ、学園へと向かう馬車に乗り込む。
「緊張はしていないか?」
「いえ、特に」
そもそも覚えている限りで『緊張』ってしたことないような気がするのだが、謎の自慢になるのでそこは黙っておく。
「通う予定ではなかったけれど、こうなってみると楽しみですね」
「ふっ、そうだろう」
『舐められている』などといった主観は伏せた上で、一応褒められた話として別の科を勧められたことは、アーチボルド様にも雑談の中で話している。
「自分と同じ『領地経営科』でも良かったのに」と残念がってくれたけれど、「それはアーチボルド様が教えてください」と言ったら満更でもなさそうに「こう見えて私は優等生だからな……!(ドヤァ)」と得意げに鼻を鳴らしていた。
実際、私が『淑女科一択』なのはそういう部分。
私は周囲に恵まれているので、他の科で学ぶようなことに関しては教えてくれる人がいる上、師匠を筆頭におそらく学園教師より遥かに優れている。
まあ、聞いても必ず教えてくれるとは限らない、という難点はあるけれど。
「折角なので友達も欲しいです。 私は子爵領にも同年代の友人がいないので」
「友人の婚約者を紹介しよう」
「ご友人ですか。 いらっしゃったんですね」
「なっなにおう?! 急に失敬だな! いる!!」
「いやてっきり私と同じ感じかと……あ、イマジナリーな方ですか?」
「違う! 生身でおるわ!」
アーチボルド様とはかなり仲良くなったと思う。
ただ、少なくとも小説のような婚約者同士や恋人の雰囲気はまるでない。
彼の心理はよくわからないものの私も恋愛云々はよくわからないので、そういう雰囲気を醸せと言われても困るし、このままでいいんだけど。
相変わらず、嘘か真か未だにわからない『番』と『先祖返り』である。
そういうきっかけになりそうな場面でおかしくなるのも『番の本能を抑えようとしている』と言われれば、そうなのか、と思えないこともないが……まだ、なんとも言えない。
他の異性や性別に関わらず友人、また友人以外に対する態度を知らないことには。
本人には当然内緒だが、アーチボルド様の観察も楽しみのひとつだ。
(アーチボルド様の友達か~)
『いないと思った』は冗談だが、正直『少なそう』とは思っている。
きっと一風変わった方に違いない。(偏見)
「……なにをほくそ笑んでいる?」
「失敬ですね。 淑女の笑みです」
「すまん」
いや謝るのかい。
そこは私のように、半分冗談であってほしかった。
──学園に着き馬車を降りる。
のっけから、向けられる視線が凄い。
アーチボルド様に連れられての初登校で、イキナリ目立っているのがありありと感じられる。
当然やっかみを受けるだろうと思われ。
「……大丈夫か?」
「え、なにがですか?」
「子爵から聞いている。 『マージがしらばっくれる時は大体わかっている』と」
「あら余計な入れ知恵を」
アーチボルド様は、案外こういうことを気にする気遣い溢れる婚約者様である。
心配症ともいう。
学園への書類もそうだが、公に婚約者扱いするかたちでいくことにしたのは当人同士の希望であり、言葉通り私と彼の話し合いの結果。
「マージ、小公爵であり優秀な成績を収めている優等生の私だ。 当然ながらモテる」
「自慢話ですか? いいでしょう、お聞きしますよ」
アーチボルド様は苦虫を噛み潰したような顔で「……真面目な話だ」と言う。
立場はともかく、優等生なのは努力の成果だと思うのだが、彼にしてみるとそれでモテるのは別に自慢にならないらしい。
「婚約を公表すれば君はやっかみを受けることになる。 一旦隠し、学園では交流を控えるということもできるが──」
「アーチボルド様の好きにしていいですよ」
最終的に謝罪が続きそうな顔をして言うが、特にアーチボルド様が謝る必要はない。
むしろそんなことで謝られるのはとても不本意……というか、なんだかとても不愉快なので遮って先に答えた。
「だが……」
「さっき仰ったじゃないですか、『小公爵』って。 逆に私は自由が許されていたご身分ですよ? 平穏な日々が将来の望みだったのなら、私は婚約自体断っています」
婚約者に選ばれたからには遅かれ早かれ、どのみち通る道だ。
勿論、婚約が継続すれば、にしても。
婚約継続の是非に関わる『番』や『先祖返り』が事実かどうかに興味があるのは否定しないが、だからといって最初から解消だの白紙だのを前提として婚約を決めたりはしていない。
(ああ、そこにイラついたのか……ダメだな)
自分の返事によって納得がいった私は、こちらへの配慮からきているアーチボルド様の言葉を不愉快に思ったことを反省した。
「自慢話の方が面白いので、先程の続きをどうぞ? よき婚約者として全力で太鼓持ちを務めましょう」
なので『婚約者』を強調しつつも、空気を変えるべくそう返したのだが──
結果、アーチボルド様の『自慢による羞恥心煽りゲーム』みたいなことになり、意図せず仕返しした感じになってしまった。
こういうのを小説だと俗に『ざまぁ』と言うらしい。
そんなつもりはなかったんだけど。
「話し合ったじゃないですか」
「そうだが……どう振る舞うのが最適解かと今も悩んでいる」
「ふっ、最適解だなんて仰々しいなぁ」
今は別に怒ってもいない。
ただ『心配症だな~』と思うだけで。
「周囲の目など気にせず、好きにしたらいいんですよ」
別にアーチボルド様に『舐められてる』とかも思っていない。
師匠も同じことだし、多少のやっかみで虐めや嫌がらせが起こったところで自力でなんとかできることぐらい、知っている筈だから。
だから──私も好きにしますし、という続きは敢えて言わない。
「ふふ、これからの学園生活が楽しみです」
「それは……淑女の笑みか?」
「……どうですかね」
ウッカリほくそ笑んでたかもしれない。




