⑧入学直前のバタバタと黒歴史
それからの数日は慌ただしかった。
主に、父が。
私は忙しいと言えばそうだけれど、前半は王都で過ごすのに必要な細々した物品の購入や荷造り程度なので、然程でもなかった。
婚約の締結の際はアーチボルド様も来たので、サインした後は家同士の細かい話は父達に任せてまた遊びに行ったくらい。
ちなみに兄達と会わせたら、滅茶苦茶打ち解けていた。
好みが一緒って案外強いっぽい。
そんなことをしていたら、迂闊にも今更になって『【本当の番が現れたら婚約は白紙】とかにしなくて大丈夫だろうか』と気付いた時には、もう書類は出されていた模様。
『先祖返り』を疑っている父達が契約書にそれを入れたとは思えない。
だが私も疑ってないわけでもないので、『ま、その時はその時』と思い忘れることにした。
流石に後半は王都で編入試験を受けたりと、私もそれなりに忙しかった。
いよいよ王都へと出立する前日。
師匠に挨拶をしに行くと──
「なにを吐かしているんだい、マージ」
「え」
「お前は僕の王都邸宅で預かることになっているけれど?」
「聞いておりませんが?」
私達が遊びに行っている間のこと。
学園入学について『愚息との婚約による入学だから』と学費を出そうとした公爵閣下と『それくらいの金はある』と譲らない父が、少しばかり揉めたらしく、師匠が仲裁に入ったのだとか。
結局学費は子爵家が出すことになったようだが、残念ながら子爵家にタウンハウスはない。
兄姉は学生時代寮生活だったが、私は途中入学になるので入寮が無理だったらしい。
この場合、まず母の実家か嫁いだ姉達……次はハーネス辺境伯家に、タウンハウスへの私の逗留を願い出るのが普通と言えば普通なのだが。生憎母は、実家と姉達に頼るのを渋ったそう。
そして辺境伯家には歳の近い異性である令息がそこから学園に通っているので『ハーネス家にもバンフィールド家にも、妙な疑いがかかるようなことは避けたい』というのが父の意向。
少ない選択肢なのに決まらず『このままではきっと、公爵閣下が気を回すに違いない』と、父は師匠に予め相談しにいったようだ。
幸いなことに、平民になっても貴族家に嫁いでも生きていけるよう躾られた私は、身の回りのことくらい一人でできる。
なので元々父は『学園から近くて安全性の高いアパルトマンを探すため、王都にも詳しい賢者様に信頼できる不動産屋を紹介して貰おう』というつもりで相談したという。
そこで『ならばウチに』という流れ──そもそも何故その場に師匠がいたかというと、コレだ。
「トラビスは少し悩んだみたいだけど、僕の家なら安全だし公爵も文句は言えないからね。 結局『娘を宜しく』と」
「そうですか」
ただでさえ格上の公爵家。
だからこそ借りを作りたくない──娘に肩身が狭い思いをさせぬよう、という堅実で家族思いの父らしい親心だ。
なにかとバタバタしていた中だし、話し忘れたのを責める気にはならなかった。
繊細な父が公爵閣下に意見するのはさぞかし気を揉んだだろうな、と思う。
それに領や民のピンチなら兎も角、娘という個人的事情から師匠に過度に頼ることも、本当は相当気が引けるに違いない。
父には苦労を掛けたぶん、王都に行ったらイイ育毛剤と胃薬を購入或いは精製し、贈ってあげることにした。
それはそれとして、やはり師匠がいるのは心強い。
「──っていうか師匠、王都にも家あるんですね?」
「まあね。 長生きはしていても、僕は別に霞を食っているワケではないのでね。 基本、食事は向こうで世話して貰っているのだよ」
王都とこちらの個人宅を繋ぐ、師匠しか起動できない転移陣があるのは知っているが、どうやら繋がるのはそこらしい。
残念ながら私は使わせて貰えず、馬車で行くようだが。
「じゃあまだお世話になるんですね。 改めて宜しくお願いします」
「相変わらずお前、動じないよねぇ」
あいにく、今までの人生で『遊んでくれていた同い歳くらいの少年が御年200歳くらいだった』という以上の衝撃に未だ出会したことがないだけだ……と返すと師匠は笑っていた。
私は確かにちょっとばかり人より動じないが、それは幼少期からの訓練の賜物。
運動能力と魔力が頗る高かった私はそのへんの子供と対等に遊ぶのが難しく、師匠と出会うまではひとりで遊ぶことが多かった。
その中で編み出した遊びこそ『隠密ごっこ』──特に物語に出てくる『影』に憧れた私は、物事に動じない表情筋と気配を消す訓練を日々真剣に行っていた。
いわゆる『黒歴史』である。
(あ、もしかしたらコレも『チュウニ病』かも?)
なんと、私もかつて罹患していたらしい。
まあ『チュウニ病』の『黒歴史』とはいえ、なるべく常に冷静であることや、動揺しても悟らせないような表情は貴族淑女にも求められることらしいので、今ではそんな黒くもない気もしている。
(むしろ、今後の学園生活にも役立つに違いない)
編入試験は簡単だった。
別に私は特別頭がいいワケでもないが、『そりゃそうだろうな』と思う。
兄姉達との年齢差もあって、テキストが私の手元に流れたのは随分昔。
『折角だから役に立つ立たないは別に、基礎知識としてこれくらいは全てできるようにしておきなさい』と師匠に言われ、何度も繰り返し読み、綴り、覚えてきた。
これも私が学園に通う気がなかった理由のひとつであり、父がそれをアッサリ許可した理由でもある。
応用はあるにせよ、試験の問題がテキストの範囲内であればできないワケはない。
大体の座学は問題なさそうなだけに、学園で修得すべく励み集中すべきは『淑女教育』の実技部分と社交になりそうだが──
「……なにをほくそ笑んでいるの?」
「え」
淑女的なアルカイックスマイルのつもりだった笑顔は、師匠に怪訝な目で見られ『ほくそ笑んでいる』と評されるものだった。




