⑥師匠と弟子
「やあやあ晴れて良かったね、絶好の遠乗り日和じゃないか」
そう朗らかにこちらに挨拶したのは、小公爵様──を連れて来た師匠。
その後ろから、師匠を盾にするように小公爵様も続く。
「クームズ嬢……本日はお誘いありがとう」
小公爵様はやはり初対面の時同様に、ぶっきらぼうな挨拶と不貞腐れたような表情。
数々の手紙と二度目なのもあって多少理解した。多分、緊張してるとか照れるとかすると、こうなるのだろう。
よく見ると警戒するように距離を取りながらも、こちらをチラチラと気にしている。
それはさながら、警戒しているのか撫でて欲しいのかがよくわからない、壁際で様子を窺う猫の如し。
生憎師匠は小さいので、間に挟んだところで壁の役割は果たせていないが。
「こちらこそお越し下さりありがとうございます」
私も挨拶をすると「コラお前達、人を間に挟んで会話するのではない」と師匠は真っ当に叱り、ソワソワする小公爵様を残して玄関先にいる父の方に行く。
苦笑しながら小公爵様に向けて会釈をする父と一緒に、家に入ってしまった。
★★★
「方々から色々相談は受けてきたが、若者のデートの相談というのはなかったねぇ」
小公爵様をお招きしもてなすにあたり、私は本を返しがてら師匠に相談し、助力を願うことにした。
「協力するのは吝でもないんだけどね、上手くいったら逃げられなくなるんじゃないの?」
「どちらかと言うと上手くいかないと逃げられる側ですが」
実際、見合いの時は逃げられてしまった。
「いやそういう意味ではない……お前、公爵家に嫁ぐ覚悟はあるの? ってことさ」
私を心配してくれての発言だった。
婚約もまだなのに随分先のこと言うな~と思いつつも、心配して頂けるのは有難いことである。
しかし、『嫁ぐ覚悟』とは。
改めてそんなものを必要とせねばならん程、なにか特殊な家なのだろうか。
(バンフィールド公爵夫人になると呪われるとか……?)
そんな面白話があったら流石に耳にしていてもおかしくはない。
だが公爵家だけに情報が秘匿されていてもおかしくないし、この師匠ならそれを知っていても、やはりなんらおかしくはないのだ。
「う~ん、物理攻撃ならある程度対処・自衛できる自信はありますが、例えば代々家に繋がれた大掛かりな呪いとかだと、ちょっと私ひとりでは難しいかもしれないです」
「いきなりなんの話?」
「えっ」
なんか間違ってたっぽい。
どう解釈したのかを説明すると「普通は家格差についての不安や、公爵夫人になることの重責を指すと思うものだよ」と呆れられた。
「あ、そういう意味なのですね?」
だったら改めて覚悟するまでもない。
「私はどこに嫁いでも……或いは嫁がずとも、何某かの道が決まったら精一杯努力はするつもりでしたので」
自分でできるのは所詮努力だけなのだし、どこに行ってもそれは変わらないと思う。
自分で望むか誰かに望まれるかの違いはあるにせよ、幸い私は先が決まってなかったので、特にそこへのこだわりはない。
「まあ私は人より健康で体力も魔力もあるので、仮に婚家で虐げられて孤立無縁でもなんとかなるでしょうし」
「虐げられるの?」
師匠は「お前の中での公爵家って一体どうなっているの?」と更に呆れ顔。
「いえ、フト『悪環境だとどこまで努力ってできるものかな』と思い、母から借りた小説に照らし合わせて考えてみてました。 努力はできそうですが、その場合小説のヒロインとは違い、努力の方向性が婚姻継続に向かなさそうではありますね……」
「ああそう……」
至極真面目に返したにも関わらず、溜息混じりに「お前はそういう子だったね」と、それこそよくわからないこと言われてしまった。
師匠の中で私は一体どういう子なのか。
解せぬ。
「あの子の発言の真偽はもういいの?」
「いいえ。 ですが、」
以前掛けられた問いの答えのようなものは、手紙のやりとりの末もう見つかっている。
「アレ、嘘でも本当でもなかなか面白いですよね」
これに尽きる。
「どちらであれ、それを含めて小公爵様のお人柄ではないかな、と。 なら私自身が事実を探した方がより面白いではないですか。 それにはもっと親しくならないと」
「ふ~ん。 それで僕にイイ感じの遠乗りデートプランを、と?」
「いえ、そこは添削くらいで。 もうプランはほぼできているのです──コレを」
「おや、用意がいいね。 ……ふふ、これはこれは」
散々手紙のやりとりをした。
しかも自分同様に、飾り立てた言葉を綴るのが得意でなさそうな彼は、大体あった出来事のことについてしか書いていない。
そのお陰で多分、おおよその為人や好みは把握できていると思う。
師匠も「なかなかよくわかっている」と爆笑していたので、大丈夫なようだ。
「で、僕に頼みたいのは?」
「また番を理由に逃げられてしまっては打つ手がないので……」
「ははっ、なるほど『もしもの時の捕縛係』か!」
「不躾なお願いですが、相手が小公爵様なだけに師匠にしか頼れません。 お願いできませんか?」
「ふふふ。 この僕にそんな役をやらせようとするとはね……全くお前は図々しい弟子だよ」
そう言いつつも、少し乱暴に私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる師匠の表情は優しい。
こういう時、少年の姿なのに爺様みを感じる。




