③小公爵様からお手紙ついた
「──決闘だ」
そう言って白いものを投げつける、上の兄エルドレッド。
「フン。 いいだろう、受けてたとう」
鼻で笑い不遜に受けるのは、下の兄アールスタッド。
母似の長兄・父似の次兄と綺麗に別れて産まれてきた二卵性双生児の私の双子の兄達は、今日も元気いっぱい。
子爵家に戻ると、田舎では見ない小洒落たお菓子に皆、大興奮。
にわかに茶会のようになったが、和やかな空気も束の間。甘いものに目がない双子の兄達が、一個しかないフランボワーズのケーキを巡って口論、決闘に発展した。
ふたりの決闘はクームズ家の日常風景のひとつなので、誰も止めない。
今回特筆すべきは、投げつけたのが手袋ではなく手近にあったテーブルナフキンだったことくらい。
もう当面甘いものの顔も見たくないくらいに頂いた私としては、腹ごなしのエンタテインメント的に『私のために争わないで!』と内心でフランボワーズ(※ケーキ)に台詞を当てつつ眺めていたのだが。
遅れて茶会に参戦し「あらあら、うふふ。 相変わらず仲良しねぇ」と外に出て行く兄達を微笑ましく見送った母が、席に着くなりご機嫌に「私、この赤いのがいいわ♪」とフランボワーズのケーキを指し、メイドにサーブするよう指示。
決闘の意味は一瞬にして無に帰した。
私は『やはり争いとは不毛』と思いながらそれを見なかったことにし、外から聞こえてくる元気な兄達の声に諸行無常を噛み締めつつ、カップに口をつけた。
「で、どうだったんだマージ」
本題を振られるまでの逃避である。
「う~ん……そうですね……」
説明しづらい。
『5分程しか面会しておりませんが、なんか体臭を褒められまして、文通から始めるそうです』
なにしろ言語化し纏めるとこの通り、なかなかなので。
とはいえ、こちらは全く嫌な思いをしていないどころか、割といい思いしかしていない。
有り体に喋って小公爵様が悪者になったら流石に気が咎める。
だから自分から報告するより質問に答えるかたちにしたかったのだが、『どうだった』はちと漠然としすぎてますお父様。
できればもっと具体的に聞いて欲しかった。
「……まあ、上手くいった? のではないでしょうか」
「なんで疑問形なんだ、本当に上手くいったのか?」
「いえほら、そもそもなにを以て上手くいったとしたらいいのかが不明瞭ですし。 所詮は私の主観でしかございませんが、大事なのは小公爵様のお心ではないかな~と愚考致します故。 ただ私はお陰様で大変な歓待を賜り、楽しい時間を過ごさせて頂きました」
作戦を変更し、なんかつらつら告げることで長く報告した風を装う。
実際は3分の1くらいしか報告はしていないのだが、一切嘘は言っていない。
歓待は主に店員からの、ではあるが。
「小公爵様は、文通から始めよう、と」
「ほ、ほう……それはまたなかなか古風な」
本音を言えば、小公爵様的にどうかなど、こっちが聞きたいくらいではある。
実際今後の交流もあるのか社交辞令なのか不明──
「あらマージ、文通なんて大丈夫なの? 貴女手紙苦手じゃない」
「そうなんですよね……」
母の指摘通り、私は手紙が苦手だ。
淑女らしく美しい比喩表現とか全く思い浮かばないので、下手に近況などを綴ろうものなら『報告書かレポートかよ』みたいな文面になりがち。
田舎子爵家5人兄妹の末っ子である私は、貴族子女の割に自由が許されていた。
学園に通わず自領で学び茶会に出ることもない私には、領外に知人友人がいない。
家族の手伝いで手紙の代筆ならするが、アレはほぼ定型文……用件以外を気の利いた感じで綴る文才もなければその習慣もなく、なんとなく気恥しいのもあって気が付けばすっかり筆無精。
嫁いだふたりの姉からは手紙がくるけれど、大概化粧水やクリームなどの物品にメッセージカードを添えて返している。
そんな私だが、あの場で断るとかは流石に無理だった。
なにしろ本人と対面ならまだしも、従者の兄さんがペン持って返事を書くのを待ってんだもの。
しかも散々飲み食いした後で。
「大丈夫、書くことがなければ一言『会いたい』って書いとけば殿方は悪い気しないものよ~」
美貌の母はそう言い放ち、5人も子供を産んだとはとても思えないあどけなさで笑う。
とてもあざとい。
「私にはちょっと敷居が高いです。 それに(本人不在だったし)社交辞令じゃないですかね~」
適当にこう返し、話はそこで終了。
ようやく解放されて自室に戻る。
普段着に着替えてゆっくりしながら考えてみたら、本当に社交辞令な気がしてきた。
──『番』と聞いた小説好きの母曰く。
番をテーマにしたロマンス小説では『番を運命と尊び、その揺るぎない絆を描く正統派ラブロマンス』と『番を本能だと断じ、それに振り回されることに否定的なアンチ番系ラブロマンス』とに二分しているらしい。
我が国では獣人を滅多に見ることがないからか、番への憧れも恐怖もあるようで、どちらも人気だそう。
服とかの用意やなにやらで文献や事象を調べる暇もなかったため、とりあえず私もそれを母から借りて読んでおいた。
小公爵様は……どちらのパターンにも当て嵌るか微妙といった感じだが、それでもどちらかというと後者な気がする。
だって『本能には屈しない』とか言ってたし。
まあ後者の小説ならそこから『私には愛す者がいる!』とかなんとか続く筈なので、あの時は拍子抜けもいいところだったのだが。
わざわざ王都まで呼び出しといて──と思えばむしろ、あの対応は現実的かもしれない。
(やっぱり『文通』は社交辞令であり、このままフェードアウト、イイ感じの自然消滅を狙っているのでは?)
先祖返りで番がどうの、というのは依然不明なままだが、真実がどうあれ離れてしまえば向こうの問題でしかない。
獣人の多い他国には番を感知しなくなる薬もあるらしいし、多少高額でも公爵家なら手に入るだろう。
こちらとしても、充分美味しい思いをさせて頂いた。
やがてこれは、思い出の中でも珍しい面白エピソードとなるに違いない。
──そんな風に思っていたのだが。
翌日。
「お嬢様! 公爵家から手紙とお届け物ですぞ!」
「え」
小公爵様から、まさかの一通目の手紙。
どうやら社交辞令じゃなかった模様。
フェードアウトするにせよ数回くらいの遣り取りは覚悟してはいたが、あまりに早すぎる。
しかも手紙と共に、素敵なレターセット一式(便箋と封筒が数十種類/インクセット/ガラスペン数本/レターケース)が届けられてしまったのだ。
なんて至れり尽くせりなんだ。
これでは書かないという選択肢がない。
詰んだ。
(もしや小公爵様は、口下手にありがちな文章で物を言うのが好きなタイプなのだろうか)
昨日は初対面にしてまさかの体臭を褒められるという、後々考えると羞恥に打ち震えそうな(※むこうが)言葉を掛けられているだけに、『口下手』は充分考えられる。
(だとすると本当に交流する気か。 しかもこの量。 これは、頻繁に手紙が来そうな予感がヒシヒシ……)
嫌だ、寝耳に水すぎる。
一体なにを書けと。
文房具の礼と共に『素敵過ぎて使うのが勿体ない』とか言ったらワンチャン控えてくれるかもしれない──という希望的観測を抱きつつ、とりあえず届いた手紙を開封する。
返信があまりに億劫で、あまり読む気なく。
目に入ってきたのは
『まだその辺の他人同然の番、マージョリー・クームズ様へ』
という宛名であった。
……実に的を射ている。




