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神々のいない食卓~日本の消えた異世界で、料理好きの俺は和食を作る~  作者: ちゃむたろう
第八章 消されたものを、残ったものから探す

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第72話 消された本は、目録に残る

十三歳の春。


俺は、大図書館の机いっぱいに台帳を積み上げていた。


右に貸出記録。


左に修繕記録。


正面には古文書の移動記録。


その向こうには、根のない銀の樹が押された資料の一覧。


「……多い」


呟いてみても、紙の山は減らない。


十二歳の冬に、百二十六年前の航海記録から消された文字を見つけた。


日。


ノ。


本。


そして、九十年ほど前に押された、根のない銀の樹の管理印。


あれから俺たちは、同じ印が押された資料を探し始めた。


結果。


見つかった。


たくさん。


嬉しくない意味で。


「現在確認できたものだけで四十八点」


メリナさんが淡々と言う。


「東方地理、古代宗教、航海史、民俗資料。それから農業史にも二点」


「農業?」


「穀物に関する記録です」


嫌な感じがする。


日本。


稲。


東方。


偶然にしては、方向が揃いすぎている。


ただし問題があった。


四十八点全部を読めば真相が分かる――なんて親切な話ではなかった。


削られている。


頁が抜かれている。


本文は残っているのに、地名だけ消えている。


ひどいものでは、資料そのものがない。


目録には題名がある。


でも棚にはない。


「盗まれた?」


俺が聞く。


メリナさんは首を振った。


「断定できません。紛失、破損、廃棄、移管。百年近くあれば何でも起こり得ます」


「それが十二冊?」


「十三冊です」


増えていた。


俺は椅子へ沈んだ。


敵がいる。


そう考えれば分かりやすい。


でも九十年前の人間が今も同じことをしているとは限らない。


組織が残っているかも分からない。


根のない銀の樹が何を意味するのかすら、まだ分かっていない。


疑うのは簡単だ。


証拠を探すのが難しい。


「レン」


向かいに座っていたレオルが言った。


「これ、本当に全部読むのか?」


「読む」


「今年中に?」


「……頑張る」


フィアが即座に言った。


「無理」


「早いよ」


「四十八点あるんでしょ。しかも古文字。レン、普通の歴史の成績は?」


「去年より上がった」


「何位?」


「今その話いる?」


トーマが笑う。


レオルまで笑った。


三人には、日本のことまでは話していない。


俺が「東方の失われた文化」を調べていること。


サヨから古い資料を預かっていること。


根のない銀の樹をつけた者たちが、その資料と関係している可能性があること。


そこまでだ。


それでも、三人は手伝ってくれている。


理由を全部知らないのに。


ありがたい。


だからこそ、いつかちゃんと話さないといけない。


……いつか。


今は、その「いつか」を棚へ上げる。


問題は目の前の紙の山だ。


一冊目。


読む。


分からない字を調べる。


二冊目。


読む。


三冊目。


昼になる。


「……無理だな」


俺は認めた。


フィアが得意そうにする。


「だから言った」


「でも、全部読まなくても探せるかもしれない」


三人が俺を見る。


俺は目録を手に取った。


前世で検索をするとき、何をしていた?


全部の文章を頭から読んでいたわけじゃない。


題名。


日付。


分類。


キーワード。


更新履歴。


それから。


リンク。


どの情報が、どの情報につながっているか。


「本文じゃなくて、周りを調べよう」


レオルが眉を寄せる。


「周り?」


「この本が何を書いてるかじゃなくて、いつここに来て、誰が動かして、いつ修理されて、どこからどこへ移されたか」


メリナさんがこちらを見る。


「管理記録を追うのですか?」


「はい」


俺は、無くなっている十三冊の題名を紙へ並べる。


その横に列を作った。


受入年。


旧保管場所。


移管日。


修繕日。


最終確認。


管理印。


「本そのものを消しても、本があった記録までは全部消せないかもしれない」


言いながら、少し興奮してきた。


「例えば、宿屋で客が一人いなくなっても、部屋代の帳簿とか食事の数とか、馬を預けた記録が残ってたら、その人がいたって分かる」


フィアが真っ先に理解した。


「商会の帳簿と同じだ」


「そう」


「品物がなくなってても、仕入れと売上が合わなければ分かる」


レオルも紙を見る。


「つまり、資料の内容を探すんじゃなくて、資料の動きを比べる?」


「うん」


トーマが言った。


「同じ日に何冊も動いてたら怪しい?」


俺は指を鳴らしかけて、図書館なのでやめた。


「それ!」


四人で記録を分ける。


作業は地味だ。


ものすごく地味だ。


剣も魔法も出ない。


ひたすら日付を書く。


番号を書く。


一致するものへ印。


違うものへ別の印。


一刻。


二刻。


目が痛い。


「レン」


「何?」


「この作業、いつ面白くなる?」


レオルが死んだ目をしている。


「俺にも分からない」


「誘った奴が言うな」


フィアだけは妙に元気だった。


「帳簿見るの好き」


「知ってた」


商人の娘、強い。


夕方。


最初の一致が出た。


フィアだった。


「これ」


一枚の紙を指す。


九十二年前。


東方資料七冊が、同じ日に旧第三書庫から「整理室」へ移されている。


その七冊のうち、五冊に根のない銀の樹。


二冊は現在行方不明。


「別の日にもある」


レオルが見つけた。


九十一年前。


四冊移動。


三冊が銀の樹。


一冊欠損。


俺たちは黙った。


偶然かもしれない。


まだそれだけなら。


トーマが修繕記録を持ってくる。


「この日、変じゃない?」


見る。


同じ時期。


修繕扱いで東方航海資料が十冊移動している。


でも。


「修繕費が書いてない」


フィアが言った。


普通、修繕したなら革代や紙代、職人への支払いが残る。


それがない。


なのに資料は「修繕室へ移動」とだけ記録されている。


俺の背筋が冷えた。


「これ、修理してないんじゃない?」


メリナさんも記録を見る。


表情が変わる。


「……可能性があります」


オルグ先生まで呼ばれた。


俺たちが作った表を見る。


老人は長い間、何も言わなかった。


そして一つの年代を指す。


「九十三年前から九十年前」


「そこに集中してる」


銀の樹。


欠損。


移動。


紛失。


ほとんどが三年間に集中している。


偶然で片づけるには、偏りすぎていた。


「この三年間に何があった?」


俺が聞く。


オルグ先生が考える。


「大きな戦争はない。学院の改築もない。王位継承は……少し後だ」


メリナさんが別の台帳を持ってきた。


「当時の図書館長と、古文書管理責任者を調べましょう」


名前が出る。


図書館長。


副館長。


管理責任者。


修繕主任。


俺は一人ずつ追う。


そして。


一つの名前で止まった。


**ヴァル・ヘイム。**


古文書整理責任者。


在任期間。


九十三年前から九十年前。


ちょうど一致する。


「この人」


俺が指す。


さらに役職記録を見る。


退任理由。


短い一文。


**『王都史料庁への転任』**


王都。


俺たちは顔を見合わせた。


レオルが低い声で言う。


「学院だけの話じゃないかもしれないな」


そうなる。


もしこの男が個人的に資料を壊しただけなら、王都へ行ったことに意味はない。


でも。


何らかの組織の仕事だったなら?


根のない銀の樹が、その組織の印だったなら?


まだ推測だ。


証拠じゃない。


でも。


道ができた。


俺は自分たちの作った表を見る。


紙が何枚も貼り合わされている。


日付。


本。


人。


場所。


一本ずつ線でつないである。


前世なら、こういうのを画面の中で一瞬で検索できた。


文字を入れれば候補が出て。


並べ替えれば終わる。


ここでは全部手作業だ。


でも考え方は使える。


情報を分ける。


同じ項目を揃える。


並べる。


比べる。


異常な偏りを探す。


**「データは嘘をつかない……って言いたいところだけど、入力した人間は普通に嘘つくんだよな」**


「何の話だ?」


レオルが聞く。


「帳簿も疑えって話」


フィアが頷く。


「それは正しい」


さすが商人。


俺は表の中央にある三年間を見つめた。


日本の名前を消した誰かがいる。


稲を恐れた者がいる。


神々の記憶が戻ることを恐れた者がいる。


そして九十年以上前、学院の古文書へ手を入れた人間がいた。


でも。


消す側にも限界がある。


本を消せる。


文字を削れる。


地名を塗り潰せる。


それでも。


本を運んだ記録。


金を払わなかった記録。


人がそこにいた記録。


別の場所に残された数字までは、全部消しきれない。


「……痕跡って、残るんだな」


呟く。


メリナさんが答えた。


「人が何かをしたなら、たいていは」


その言葉が妙に残った。


前世の日本も同じなのかもしれない。


国土を消して。


文化を消して。


名前を消しても。


米。


料理。


言葉。


三本足の鳥。


神への供え物。


俺の記憶。


全部は消えなかった。


その日の帰り。


四人で学院の階段を下りる。


レオルが肩を回す。


「今日は魔法を一回も使わなかったな」


「使った方がよかった?」


「いや」


少し考えて。


「でも疲労は上級魔術並みだ」


「分かる」


フィアは満足そうに記録の写しを抱えている。


トーマが俺を見る。


「次、どうする?」


答えは決まっていた。


王都史料庁。


ヴァル・ヘイム。


根のない銀の樹。


でも俺たちは学生だ。


今すぐ王都へ飛び出すわけにはいかない。


昔の俺なら、たぶん行こうとしていた。


今は違う。


「まず学院で調べられるだけ調べる」


レオルが少し驚く。


「成長したな」


「何その言い方」


「三年前なら明日の朝には王都へ向かってた」


否定できない。


フィアが笑った。


「レンが計画を立てるようになった」


「そんな珍しい生き物を見る目で見るな」


笑い声が、冬の名残を残した廊下へ響く。


十三歳。


俺たちは、少しずつ子供ではなくなっていた。


そして。


消された日本を探す方法も、少しずつ変わっていた。


残っているものを見つけるだけじゃない。


**何が消されたのかを、空白から探す。**


それが、俺たちが見つけた新しい道だった。


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