08 ナースコールを作ろう!
「ジン、買ってきたぞ! 頼まれてた『共鳴石』だ!」
翌朝、冷たい朝露をまとったガルが、救護院のドアを勢いよく開けて飛び込んできた。
差し出されたガルの小さな手のひらには、小さな青い魔石が二つ乗っている。
それを見た瞬間、俺の視界の端にパッとステータス画面が立ち上がった。
【共鳴石(最低級):衝撃を感知すると、対となる魔石が振動して光る安価な魔具。現代知識における『呼び出しブザー』に相当】
(お、このスキル、介護環境に関わるアイテムの情報は勝手に解説してくれるんだ。便利すぎ)
「お疲れ、ガルちゃん。これ、要するにただの原始的なブザーっしょ? これで十分!」
「ぶ、ぶざー? よく分かんねえけど、この一番安い魔石でどうやって『魔法のボタン』を作るんだよ?」
「これでナースコール――つまり、ばあちゃん専用の『緊急呼び出しシステム』を作るの」
俺は魔石を一つ手に取り、ばあちゃんの個室へと向かった。
いくらリフォームしてばあちゃんの個室を作ったとはいえ、俺やガルが別の部屋にいるとき、ばあちゃんが急に体調を崩したら気づけない。高齢者の容態急変は一分一秒を争う。
「ばあちゃん、おはよう。ちょっとこれ握ってみてくれる?」
「おはよう、ジン。おや、綺麗な石だねぇ。……でも、私の弱い力じゃ、落としちゃいそうだよ」
ばあちゃんが細い指で触れるが、ツルツルした小さな魔石は滑ってうまく握れない。
それを見たガルが、うーんと犬の耳をひねった。
「やっぱり紐をつけて、ベッドの柱から吊るすか? でも、それだとある程度引っ張らないと石が反応しねえぞ」
「そこは、俺のスキルの見せどころっしょ」
俺は物置きから持ってきた、手頃な大きさの『丸い木の玉』を取り出した。
真ん中に穴を開け、その中に共鳴石をすっぽりと仕込む。そして紐を通して、ばあちゃんのベッドサイド、手の届く位置に吊るした。
「ばあちゃん、これならどう?」
「おや……これなら、手のひらを乗せるだけでいいから楽だねぇ」
握力の弱い高齢者でも、これなら「手を添えるだけ」で簡単に触れる。
仕上げに、俺は木の玉に手を添えて、脳内のシステム画面に意識を集中させた。
(アクティブ――【環境整備:呼出支援】)
パシッ、と青い光が木の玉に吸い込まれていく。
「よし、ばあちゃん。試しに、その木の玉に軽く触ってみて」
「こうかい? えいっ」
ばあちゃんが手のひらで優しく木の玉に触れた。
その瞬間――リビングの机に置いておいたもう一つの魔石が、ピピピッ、と心地いい音を立てて柔らかな光を放った。
「うわっ、本当に鳴った! 今、ばあちゃん全然力入れてなかったぞ!?」
リビングから、ガルの驚いた声が響く。
「それだけじゃねえよ。ガル、ちょっとこっち来て、俺の目を見てみな」
「え? あんたの目……って、うわああぁぁ!? ジンの目の前に、なんか光る板が浮いてる!?」
ガルの叫び通り、俺の視界には青いシステムウィンドウがポップアップしていた。
【緊急呼出:マレッタ】
【対象ステータス:安定(心拍数72、体温36.4度)】
「ただ音が鳴るだけだとさ、『寂しいから呼んだ』のか『心臓が痛くて倒れそう』なのか分かんねえだろ? このスキルなら、ばあちゃんが触れた瞬間に、今の体調が俺の画面に全部送られてくるんだよね」
「すげえ……。でもさ、ジン」
ガルがふと、不安そうに耳をピクピクと動かした。
「もしあんたが買い出しとかで外に出てて、俺しかいない時はどうするんだ? 俺にはその光る画面、見えないんだろ?」
「ガルちゃん、良い質問! もちろん、それも対策済み」
俺は、リビングに置いてある親機の青い魔石を指さした。
「俺のスキルで、この魔石の『光り方』を、ばあちゃんの体調と連動させたんだ。ばあちゃんの心拍や呼吸が安定してるときは、こうして『優しい青色の光』がゆっくり点滅する。これなら、お水が飲みたいとか、ちょっとした用事だから慌てなくていい」
「じゃあ、もしばあちゃんの具合が悪くなったら……?」
「その時は、この魔石が『真っ赤に激しく点滅』して、警告音が鳴るようになってる。もし赤く光ったら、何があってもすぐにばあちゃんの部屋に飛び込んで、俺を大声で呼んでくれ」
「赤は緊急、青は普通だな……! よし、覚えた! これなら、俺だけでもばあちゃんの異常にすぐ気づけるぞ!」
ガルが胸を張って、自分の役割を誇るように犬の尻尾をパタパタと振った。
「よろしく頼むよ、ガル。ばあちゃんを守るには、あんたの力も絶対に必要なんだからさ」
「おう! 俺、ばあちゃんのこと、絶対に守る!」
嬉しそうに、犬の尻尾をパタパタと振るガル。
その背中を見守りながら、目の前に浮かぶ青いステータス画面をもう一度見つめた。
(……つーかさ。この【介護】スキル、まじで有能すぎない?)
相手のバイタルを完璧に把握し、安価な魔石を国宝級の診断魔道具へと瞬時に昇華させる。
これを「戦闘に使えない、役立たずのハズレスキル」だと罵り、俺を荒野に放り出したあの勇者パーティーの奴ら。
今頃、戦闘ばかりで体も心もボロボロになり、まともなケアも受けられずに不満を募らせているんじゃないだろうか。
まあ、今更気にしたってしょうがない。
俺には、今ここで守るべき、あったかい家族がいるんだから。
「ジン、お腹空いた! 早く飯にしよ!」
「はいはい、今行くって」
救護院を包む夕暮れの光は、昨日よりも少しだけ温かく感じられた。




