07 生活スキルでDIY②
「おい、ジン! 頼まれた粘土、バケツ三杯分持って帰ってきたぞ!」
ガルが息を切らしながら、服や顔を泥だらけにして救護院に飛び込んできた。犬の耳が、心なしか折れている。
「お疲れ、ガルちゃん。いい粘土じゃん、これ」
俺はバケツの中の、きめ細かい赤粘土を指でつついてニヤリと笑った。
「これ、どうするんだよ? まさかこれをばあちゃんに塗るのか?」
「半分は正解。でも、その前にちょっと加工すっから」
俺は袖をまくり、粘土を大きな木桶に移して、水を少しずつ加えながら力強くこね始めた。
寝たきりのばあちゃんをお風呂に入れたい。
だけど、この救護院にはまともなバスタブなんてない。
そもそも、深い浴槽にお湯を張って寝たきりの人を入れるのは、めちゃくちゃ危険。身体を支えきれずに滑って溺れるかもしれないし、急激な水圧の変化は、高齢者の心臓に大きな負担をかける。
だからこそ、必要なのはこれだ。
「よし、そろそろいいな。アクティブ――【環境整備:即席浴槽形成】」
俺が粘土の塊に両手を添えて念じると、手のひらからじんわりとしたピンク色の光が放たれて、粘土に吸い込まれていった。
すると、ぐにゃぐにゃだった粘土がひとりでに動き出し、ベッドの横で、浅くて横幅の広い、寝そべったまま入れる絶妙な形の『寝湯用バスタブ』へと形を変えた。
内側が、なぜかシリコンのように柔らかく、ぷにぷにとした質感に変化している。さらに、表面の赤茶けた泥の色が、清潔感のある真っ白な乳白色へと変化した。
「はあぁぁ!? 粘土が勝手に動いて……しかもこれ、硬くない! ふかふかしてるぞ!?」
ガルがバスタブの縁を触って飛び上がった。
「ばあちゃんの骨に当たっても痛くないように、クッション性を持たせたんだよ。よし、水を入れて……っと」
ガルが外の井戸から汲んできてくれた冷たい水をバスタブに注ぐ。
水が溜まった瞬間、俺は意識を集中させた。
「アクティブ――【温度調整:至高の湯加減】」
水面がふわっと波打ち、極上の湯気が立ち上り始めた。
「あったけえ……! 火も使ってないのに、なんで一瞬でお湯になるんだよ!」
もちろん、お湯の温度は高齢者の心臓に負担をかけない、ぬるめに自動調整されている。
俺は立ち上がり、ばあちゃんの個室のドアを開けた。
「さあ、ばあちゃん。お風呂の時間だよ。ちょっと抱っこするね」
「おや、お風呂かい? でも、私みたいな動けない体を持ち上げるのは、大変だろうに……」
「心配ご無用。これでも男の子だからね。……アクティブ──【移乗介助:無重力抱擁】」
ばあちゃんの背中と膝の裏に、腕を回して抱き上げる。すると、まるで羽毛のクッションを持ち上げるかのように、驚くほど軽い力でふわっと身体が浮いた。
介護用リフトがなくても、このスキルがあれば腰を痛めることなく、安全にベッドからバスタブへ移乗させられる。
「よし、お湯の温度は完璧。ガル、お前はちょっとキッチンに行って、ばあちゃんの夕飯の準備をしておいてくれ」
「えっ? 俺が飯を作るの? でも、あの美味しいお粥なんて作れないんだけど……」
ガルが、耳を不安そうにヘニャリと寝かせる。
「大丈夫、昨日教えた通りに、干し肉をトントン叩いて細かくして、カブを刻んでコトコト煮るだけでいいから。味付けと仕上げの『栄養調整』は俺がお風呂上がりにやる。ばあちゃんがお風呂から上がったとき、お腹ペコペコだったら可哀想だろ?」
「分かった! 俺、ばあちゃんのために美味しいお粥の準備、やっとく!」
ばあちゃんのため、と聞いて、ガルは犬の耳をピンと立たせて頼もしく頷く。足早にキッチンへと走っていった。
「よしよし。じゃあ、ばあちゃん、お風呂タイムね」
俺はばあちゃんの個室のドアを閉め、仕切りのカーテンを引いた。
寝たきりのばあちゃんをお湯に入れている間は、一瞬でも目を離しちゃだめ。急な血圧の変化で意識を失ったり、滑って溺れたりする危険が常にあるから。
だけど、まともに凝視したらばあちゃんが恥ずかしくて可哀想だ。
「ばあちゃん、お湯加減どう? 恥ずかしくないように、こうしてバスタオルをかけて、見えないようにしながら身体を洗うからね。お湯から出てる肩が冷えないように、温かいタオルも乗せとくよ」
「まぁ、そこまで気を遣ってくれるのかい。頼もしい孫だねぇ」
介護の基本は、本人の『恥ずかしい』という気持ちに寄り添うことだ。
安全の確保と、プライバシーの保護。この両立こそがプロの技術だ。
ばあちゃんの顔色を視界の端で常に観察しつつ、お湯に浸かっていない部分を手早く、だけど丁寧に温かいタオルで拭いていく。
血行が良くなり、ばあちゃんの顔がじんわりと赤みを帯びていった。
「とっても気持ちよかったよ、ジン。身体がすっかり軽くなったみたいだ」
「よかった。じゃあ、冷めないうちにベッドに戻ろうね」
俺は再び【移乗介助:無重力抱擁】を使う。湯冷めしないように、手早くばあちゃんの身体を乾いたバスタオルで包んで、ベッドへと移乗させた。
「ジン! お粥の準備できたぞ!」
ちょうどそこへ、木べらを持ったガルがパタパタと部屋に入ってきた。
「お、ナイスタイミング! お風呂上がりのお粥は格別だぞ〜」
綺麗に髪を梳かして血色の良くなったばあちゃんに、ガルが一生懸命準備したお粥を食べてもらう。
温かいお風呂と、美味しいご飯。
ばあちゃんは「本当に極楽のようだねぇ」と、穏やかな笑顔でそのままぐっすりと眠りについた。
ベッドサイドのカーテンを引き、俺とガルは静かにリビングへと戻る。
「……なぁ、ジン。ばあちゃん、見違えるように元気になったな」
ガルが少し潤んだ目で、俺を見上げていた。
「でも、満足するのはまだ早い。ばあちゃんがぐっすり眠れる個室はできたけど、夜中に何かあったときに、俺たちが別の部屋にいたら気づけないだろ?」
「夜中に気づく……? どうやって?」
「よし、ガル。明日、ちょっと使えそうな『魔石』を調達してきてくれ。夜中でも、ばあちゃんが俺たちを呼べる、魔法のボタンを作るぞ」
「魔法のボタン……? またすごそうなもん作る気だな。……分かった、明日の朝一番で探してくる!」
こうして、救護院のインフラ整備は、さらなる安全対策へと進むのだった。




