05 ガルについて
ばあちゃんが満足そうに眠りにつき、救護院に静かな夜が訪れた。
カチコチだった干し肉の粥をバケツ一杯分くらい平らげたガルは、お腹をさすりながら、暖炉の前に体育座りをしている。
「……ジン」
「ん? 何よ、ガルちゃん。俺の顔に見惚れてた?」
「違えよ、バカ!」
ガルは犬の耳を赤くして怒鳴ったが、すぐにその耳をへなりと寝かせ、真剣な目で俺を見つめてきた。
「あんた……本当は何者なんだよ。その『かいご』ってスキルも、作ってくれた飯も、全部おかしすぎる。どう考えてもタダ者じゃねえ。なんでそんな凄い奴が、あんなボロボロの格好で荒野に行き倒れてたんだ?」
ストレートな質問だった。
「まあ、信じられないかもしれないけどさ。俺、別の世界から無理やり連れてこられたんだよね。日本って国から、ランダム召喚の数合わせとしてさ」
「別の世界……? じゃあ、あんた勇者様と同郷なのか!?」
「勇者? ああ、他の九十九人はそう呼ばれてチヤホヤされてたな」
俺は自嘲気味に笑い、壊れたスマホの画面を親指でなぞった。
「でも、俺は戦闘適性がゼロでさ。この『介護』ってスキルしか持ってなかったんだ。そしたら『お呼びじゃない』って、あの大司教にここにポイ捨てされたわけ」
「な、なんだよそれ……!」
ガルの拳が、怒りで小さく震え始める。
「こんなにすごい奇跡を起こせるあんたを、ゴミ扱いして捨てるなんて……。王都の奴らは、やっぱりどいつもこいつも狂ってる……!」
「いや、あっちの世界でも、俺は大した人間じゃなかったし。親からも見放された出来損ないだったから、ゴミ扱いには慣れてるよ。ただ……」
視線を、すやすやと穏やかに眠るマレッタばあちゃんへ移す。
「……あっちの世界でさ。俺、ばあちゃんの死に目に立ち会えなかったんだ」
「え……?」
「仕事だとか遊びだとか、適当な言い訳を作って、最後のお見舞いもサボった。本当に、最低の孫だったんだよ」
喉の奥がキュッと締め付けられる。
「だからさ、この世界でばあちゃんに再会できたとき、思ったんだ。これは神様がくれた『やり直しのチャンス』なんじゃないかって」
俺は少し照れくさくなって、頭を掻いた。
「今度こそ、俺の手で、最後までばあちゃんを幸せにする。そのためなら、異世界だろうが、ゴミだって追放されようが、なんだっていいんだよね」
ぽつり、ぽつりと本音をこぼす。こんなに素直に話せる相手なんて、ばあちゃん以外にいなかったのに。
ガルは黙って俺の話を聞いていたが、やがて、自分の膝に顔を埋めた。
「……いいな、あんたのばあちゃんは。そんな風に思ってくれる家族がいて」
「え?」
「俺たちの種族はさ、この国では不浄だって迫害されてるんだ。まともな仕事にも就けないし、飯も満足に食えない。俺の本当の親も、俺が小さい頃に流行り病であっさり死んじまった」
ガルが顔を上げ、琥珀色の瞳を少し潤ませながら、眠るばあちゃんを見つめる。
「それから、このボロい救護院で一人で寂しく生きてて。そしたら数ヶ月前、同じように行き倒れかけてたマレッタばあちゃんが流れ着いてきてさ……。身寄りがない者同士、いつの間にか本当の家族みたいになってたんだ。なのに、ばあちゃんまで病気になっちまって……」
細い肩が、小さく震えている。
二十歳の俺から見れば、ガルはまだただの子供だ。
そんな子供が、最果ての荒野で、たった一人で「家族の死」の恐怖と戦っていた。
「そっか。一人で頑張ってたんだな、お前」
「がんばって、ねえよ……。俺、何もできなかった……」
俺は立ち上がり、ガルの頭にポンと手を置いた。
犬の耳がびくりと跳ねる。
「お前がばあちゃんを介護してたんだろ? 十分立派だよ。……これからは、俺もいる。二人でばあちゃんを支えていこうぜ、相棒」
「……あ、相棒ってなんだよ。勝手に決めるな」
ガルはぷいっと顔を背けたが、その尻尾は嬉しそうに左右にパタパタと揺れていた。嘘をつけない奴め。
「よし! 方針は決まった。まずは、このボロくて寒い救護院を、世界一快適な『特別養護老人ホーム特別養護老人ホーム』に魔改造するぞ!」
「とくよう……? また変な言葉使いやがって」
呆れ顔のガルだったが、その表情にはさっきまでの悲壮感は消え、歳相応の明るさが戻っていた。
夜の静寂の中、俺たちの小さな約束が、この最果ての地で静かに結ばれた。




