03 生活スキル【介護】
「ジン……本当にジンなのかい?」
涙で滲む視界の先で、ばあちゃんが愛おしそうに俺の頬に手を伸ばす。
カサカサに乾いた、だけど記憶と同じ温かい手のひら。
「そうだよ、ばあちゃん。俺だよ……。遅くなってごめんな」
前世の病院のベッドで、最期に立ち会えなかった最低な孫だった俺。
その報いでこんな見知らぬ異世界に飛ばされたんだとしても、神様は粋な演出をしてくれるじゃねえか。
「おい……あんた一体何者なんだ? マレッタばあちゃんの呼吸が急に楽になったぞ。さっきの光は回復魔法か?」
後ろで犬の耳をパタパタと動かしながら、ガルが目を丸くしている。
俺は立ち上がり、頭をボリボリと掻いた。
「いや、魔法っていうか……なんか【介護】っていうスキルらしい」
「カイゴ……? 聞いたことねえな。聖属性の希少魔法か?」
「まあ、そんな大層なもんじゃねえよ。ただの生活スキルだ」
そう言って笑ってみせるが、俺の内心は冷や汗モノだった。
頭の中に流れてきたスキルの詳細を思い浮かべる。 なるほど、一度に全部は使えないが、意識すればいくつかの『機能』を出力できるらしい。
改めて周囲を見渡すと、この『カルディア救護院』とやらの劣悪な環境が目についた。
木製の壁には大きな隙間があり、荒野の冷たい夜風がヒューヒューと容赦なく吹き込んでいる。マレッタばあちゃんが着ている麻の服は泥や汗で汚れ、ベッドのシーツも何ヶ月も洗っていないのか黒ずんでいた。
異世界には、お風呂も、洗濯機も、エアコンもない。
体が弱った老人がこんな場所に寝かされていたら、一発で病気になる。
「ガル。この部屋、ちょっと寒すぎねえ?」
「しょうがねえだろ、ここは最果ての辺境だぞ。薪だって貴重なんだ。毛布を重ねて耐えるしかねえよ」
「なるほどね。……じゃあ、ちょっと試してみるか」
俺は再び、ばあちゃんのベッドに近づいた。
意識を集中し、脳内のシステム画面を操作する。
(アクティブ――【生活環境調整:適温維持】)
手のひらから、淡いピンク色の光がぽろぽろと零れ落ちた。
その光はばあちゃんのベッドを中心に、半径一メートルほどの『目に見えないドーム』を形成するように広がっていく。
「うわっ、なんだ!? 急に温かくなったぞ!?」
ガルの言う通り、ベッドの周囲だけが、まるで日本の春の陽だまりのような、絶妙に心地いい温度と湿度に変化していた。隙間風がドームに触れた瞬間、ぬるい温風に変わっていく。
「ふふ、あったかいねぇ……」
ばあちゃんが、気持ちよさそうに目を細める。
「よし、次はこれだ。……アクティブ、【対象洗浄:絶対浄化】」
間髪入れずに次のスキルを起動する。
今度は真っ白な光の粒子が、ばあちゃんの衣服とベッドのシーツを包み込んだ。
シュアァァ……と、炭酸水が弾けるような清涼な音が響く。
「な、なんだこれぇぇ!?」
光が収まったとき、ガルはアゴが外れんばかりに驚愕していた。
ばあちゃんが着ていたボロボロの麻の服は、まるで新品のように真っ白に洗い上げられ、おまけに高級柔軟剤を使ったかのようにフカフカになっていた。
シーツの黒ずみも、部屋にこもっていた嫌な臭いも完全に消滅し、お日様に干したばかりのシーツのような香りが漂っている。
床ずれの原因になる皮膚の汚れや細菌も、一瞬でお掃除完了だ。
「あんた……本当に生活スキルなのかよ!? 教会の高名な神官だって、こんな一瞬で服を綺麗にしたり、部屋の温度を変えたりできねえぞ!」
「だから言ったろ? ただの『介護』だって。お世話する対象が不快にならないようにする、いわばマナーみたいなもんだよ」
ウェーイ、といつもの調子で指を立ててみせる。
チャラい雰囲気は崩さないが、胸の奥は熱い達成感で満たされていた。
これだ。この力があれば、俺はもう二度と後悔しない。
異世界の常識なんて知るか。俺のスキルで、ばあちゃんを世界一快適に過ごさせてやる。
「ジン、お前……」
ガルがゴクリと息を呑み、俺を見る目が『行き倒れの不審者』から『底の知れない化け物』を見るものへと変わっていく。
「よし、ガル。次は食事だ。ばあちゃんに美味いもん食わせたいんだけど、この辺で何が手に入る?」
俺とガルの、最強の環境改善ライフが本格的に動き出した。




