21 王都からの警告
領主・バルトロの財布を限界まで絞り尽くして行った、カルディア救護院の大リフォーム。
あれから数日が経ち、新しくなった我が家は驚くほど快適な場所に生まれ変わっていた。
すきま風に怯える必要のない、はちみつ色の頑丈なログハウス。
その南側に増設された、車椅子のまま外に出られる広々としたウッドデッキに、優しい木漏れ日が降り注いでいる。
「よいしょ、っと。はい、ばあちゃん。今日のリハビリはおしまい。お疲れ様!」
「ありがとうねぇ、ジン。本当に、前よりも足がよく動くようになったよ」
ばあちゃんが嬉しそうに、足を曲げ伸ばししている。手すりにつかまって自力で立つ時間も増えてきた。
(よし、ばあちゃんの状態はどうだ?)
俺が心の中で呟くと、目の前に青い半透明の【ステータス画面】が展開された。
【対象:マレッタ】
【ADL(日常生活動作):35 → 65 / 100(大幅改善!】
【下肢筋力:E → C−】
【精神状態:幸福・安心】
【総合QOL(生活の質)値: 12% → 78%】
少しずつだけど、良くなっている数字を目の前に、心の中でガッツポーズをする。
「ジンお兄ちゃん! これ、お母さんと一緒に作ったの!」
そこへ、ピコピコと長い耳を揺らしながら、ルリちゃんが走ってきた。出来立てのクッキーが入ったカゴを抱えて。
その後ろで、ルナさんが優しい笑みを浮かべて見守っている。
「ありがとう、ルリちゃん。リハビリの後の糖分は最高に効くんだよね。……うん、美味い!」
「えへへ、よかった! 新しい台所、すっごく使いやすいってお母さんも喜んでるよ!」
ルリちゃんの頭を撫でてると、嬉しそうに目を細めた。
この温かい日常。
これこそが、俺がこの世界で、このスキルを使ってでも守りたかった「我が家」の光景だったのかもしれない。
──しかし、平和な日常の裏で、次の嵐は確実に近づいていた。
「おい、ジン。ちょっと来い」
ウッドデッキの影からひょっこり顔を出したのは、ガルだった。
いつもなら、ぶっきらぼうなだけのガルの耳が、今は警戒したようにぺたんと後ろに伏せられている。しっぽの毛も、心なしか逆立っているようだ。
「ガル? どうしたの、そんな怖い顔して。ガルの分のクッキーもあるよ?」
「食ってる場合か。……ハインツじいちゃんが事務室で呼んでる。なんか、めちゃくちゃやばい顔して待ってるぞ」
そのただ事ではない様子に、ばあちゃんたちに一言断りを入れて、ガルの後を追った。
新築の事務室に入ると、部屋の中は異様な緊張感に包まれていた。
ハインツじいさんが、渋い顔で机の上の一枚の羊皮紙を睨みつけている。そこには、禍々しい蛇と天秤を模した、王都の中央医療ギルドの紋章が刻印されていた。
「ジン殿、ガル、よく来てくれた。……案の定、奴らの耳に届いたらしい」
「奴らって……中央医療ギルド?」
俺が尋ねると、ハインツじいさんは「ああ、そうだ」と、頷いた。
「このカルディア領で『教会の神官でも治せなかった重病を、一瞬で完治させた者がいる』と、領主の周囲から噂が漏れたのだ。ギルドはそれを『未登録の違法な医療行為』とみなした。近々、王都から『査察官』がこの救護院へ派遣される」
「はぁ!? なんだよそれ!」
ガルが鋭い八重歯を剥き出して怒声を上げた。しっぽの毛が逆立っている。
「ジンは、ばあちゃんや領主を助けただけだろ! なんで、そんなケチつけられなきゃいけないんだよ!」
「落ち着け、ガル。奴らにとって、自分たちの管理外にある『奇跡の癒やし』は、利権を脅かすから目障りなんだろう」
俺は、ガルの頭をぽんぽんと叩いて、その興奮を落ち着かせた。
前世でもあったな。
優れた技術やケアのやり方があっても、既存の利権団体や古い法律が「前例がない」と潰しにかかる構図。世界が変わっても、人間の強欲さは変わらないらしい。
「ハインツじいさん、その査察官ってのは、来たら何をすんの?」
「お前さんの身柄の拘束、あるいは……この救護院の『営業停止』と、薬草の強制徴収だろうな。ギルドの命令は、この国の医療における絶対の法だ。逆らえば罪人となる」
営業停止。つまり、このせっかくリフォームした救護院を奪い、ばあちゃんたちをまた荒野へ放り出すということだ。
(……あーあ。せっかくQOLが上がったばっかりなのに、邪魔すんなよな)
胸の奥で、冷たい怒りがじわりと湧き上がる。
しかしらここで力任せに暴れても、お尋ね者になって救護院に迷惑がかかるだけだ。
「ハインツじいさん。査察官が来るまで、あと何日くらいある?」
「王都からの距離を考えたら……早くてもあと五日ってところだ」
「五日、か。十分だね」
俺は不敵にニッと笑い、手元にあった白紙の羊皮紙を引き寄せた。
「ジン、お前……また何か企んでるだろ」
ガルが呆れたように、でもどこか期待に満ちた目で俺を見つめる。
「企んでるんじゃないよ。新しい『ケアプラン』を立てるだけさ。医療ギルドの査察官が、二度とこの救護院に逆らえなくなるような、とっておきのやつをね」
迫り来る王都の権力。
俺たちの次なる戦いの幕が、静かに上がろうとしていた。




