20 救護院をリフォームしよう!
「おい、若造! ここはスロープというやつにするんじゃな!? 傾斜はこのくらいでどうだ!」
「ゴルドさん、バッチリ! あと、車椅子……あ、いや、台車がすれ違えるように、廊下の幅は、あともう拳二つ分広くして!」
領主・バルトロからせしめた金貨と大工たちを使って、カルディア救護院の大リフォームが始まった。
指揮を執るのは、腰の痛みが消えて全盛期の気力を取り戻した鍛治師・ゴルドだ。
ドワーフの精緻な建築技術に、俺が前世の知識である『バリアフリー』の視点を組み込んでいく。
「段差をなくす」
「各所に手すりをつける」
「床材は滑りにくいものにする」
現代日本じゃ当たり前の工夫だが、この世界の人間にとっては驚きの連続だったらしい。
ゴルドや大工たちは「なんて合理的で、身体に優しい設計なんだ……!」と目を剥いていた。
♢
数日後、見違えるような「新・カルディア救護院」が完成した。
木の温もりに満ちた平屋の建物。
ルリさんやルナちゃんは「床がピカピカ!」「もうすきま風が吹かないわ!」とはしゃぎ回り、ハインツじいさんも頑丈になった梁を見上げて、深く頷いている。
──その日の夜。
片付けが一段落し、救護院は静寂に包まれていた。
新しく増設された、車椅子のまま外に出られる日当たりの良いウッドデッキ。そこへ、月明かりが優しく降り注いでいる。
「気持ちの良い夜風だねぇ、ジン」
車椅子に揺られ、心地よさそうに目を細めているマレッタばあちゃんの隣に、俺はそっと腰掛けた。
「ばあちゃん、寒くない? 毛布、もう一枚持ってこようか」
「大丈夫だよ。ジンがいつも【環境調整】の魔法で部屋を温めてくれるから、最近はとっても身体が軽いんだ」
ばあちゃんはそう言って、俺の手を両手でそっと包み込んだ。しわくちゃで、だけど不思議と温かい手。
「ジンはいつも私の身体を気遣って、不思議なことばかりしてくれるね。でもね、おばあちゃんが一番嬉しいのは……こうしてジンがそばにいて、なんてことのないお話をしてくれることなんだよ」
「……え?」
「年寄りはね、置いていかれるのが一番寂しいのさ。ジンがただ、ここにいてくれる。それだけで、私はとても幸せなんだよ」
ばあちゃんの穏やかな笑顔を見た瞬間、胸の奥につかえていた「あの頃」の後悔が、ポロポロと崩れ落ちるような気がした。
前世の俺は、お見舞いに行くのをサボり続けた。
暗い病室で、おばあちゃんを一人きりにした。
あの日、俺が本当にすべきだったのは、大層な医療の知識を振りかざすことじゃない。ただ、そばにいて、手を握って、くだらない話をすることだったんだ。
(ああ、俺……今度こそ、間違えずにできてるかな)
視界が少しだけ潤むのを隠すように、俺がヘラヘラと笑おうとした時。
「……何しんみりしてんだよ。夜風は身体に障るんだろ?」
トントン、と軽い足音を立てて、ガルがやってきた。両手にお盆を持ち、湯気の立つハーブティーを三つのカップに淹れてきている。
ガルは照れくさそうに耳をピクピクさせながら、俺とばあちゃんにカップを配った。
「ほら、ジン。お前がこないだ淹れてくれたハーブティー、俺なりに真似して淹れてみたんだ。……不味くても文句言うなよ」
ガルは俺の隣に腰掛け、自分の手を見つめた。
台車を引いて泥だらけだったガルの手は、俺が毎晩【ハンドケア】で絶対浄化と緊張緩和を繰り返したおかげで、今や傷一つなく綺麗な状態になっている。
「……ジン」
「ん?」
「ありがとな。この家を直してくれて。ばあちゃんを笑顔にしてくれて。……最初は、ただのチャラチャラした怪しい奴だと思ってたけど、お前が来てくれて、本当によかった」
ぶっきらぼうだけど、芯からの本音がこもったガルの言葉。
それを見て、マレッタばあちゃんが嬉しそうに目を細め、俺とガルの手をそっと重ね合わせた。
「これからは二人で、みんなを支えておくれ。最高の相棒さんたち」
ガルの手がピクッと跳ねたが、振り払おうとはしなかった。俺は重ねられたガルの手をグッと握り返し、いつもの不敵な笑みを浮かべる。
「当たり前じゃん。俺たちはこの家を、ばあちゃんを守る最強のバディだからね。ガルの身体のケアも、一生俺が面倒見てあげるよ」
「一生とか重いんだよ! ……まあ、バディってのは、悪くないけどな」
ガルがふいっとそっぽを向く。その耳が、月明かりの下でほんのり赤くなっているのを、俺は見逃さなかった。
ばあちゃんがそれを見て、鈴を転がすように優しく笑う。
前世の後悔から始まった、俺の介護ライフ。
守るべき家族と、背中を預け合える最高の相棒を、俺は今度こそ手に入れたんだ。
──ふと、そんな俺たちの温かい輪に、静かな影が近づいてきた。
「良い夜だな。……だが、若者たちよ。少しだけ耳を傾けてくれんか」
腕を組み、テラスの闇から姿を現したのはハインツじいさんだった。その老いた眼光は、いつになく鋭く、そしてどこか憂いを帯びている。
「どうしたの、そんな真面目な顔して」
「ジン殿、ガル。お前たちの尽力で、この救護院の環境は完璧なものとなった。領主を丸め込み、予算をもぎ取ったお前さんの手腕は見事だ」
ハインツは一度言葉を切ると、遥か遠く、この荒野の先の──ある方角へと視線を向けた。
「だがな……このカルディア救護院を救っただけでは、この国の貧民たちの『病と貧困の地獄』は終わらんのだ」
「……どういうこと?」
俺の問いに、ハインツは苦渋に満ちた声で、ぽつりと呟いた。
「王都にある『中央医療ギルド』。……あやつらは、神官たちの治癒魔法と薬草の流通を完全に牛耳っておる」
ハインツじいさんは一度言葉を切り、苦渋に満ちた目で、遥か遠くの夜空を見つめた。
「高額な治療費を払えぬ貧民は『ゴミ』として見捨て、治るはずの病すら放置して利権を貪る。……それこそが、この世界の歪みの本質なのだ」
俺が、まだ見ぬ遠い都の姿を想像しようとした時、隣に座っていたガルが、手元のカップをギリ、と強い力で握りしめた。
「……あそこは、最悪の街だよ」
ガルの耳が、激しい怒りでぱたりと伏せられる。
「白亜の城壁に囲まれて、貴族たちが贅沢三昧してる『上層街』がある。でも、そのすぐ真下にはさ……治療費が払えなくて行き倒れた病人が、路地裏に溢れかえってる『下層街』が広がってるんだ」
「ガル……」
「医療ギルドの奴らはさ、金を払えない奴の目の前で、平気で治癒魔法の光を消すんだよ。『お前の命の価値はここまでだ』ってな」
ガルの声は、過去の苦い記憶を思い出すように微かに震えていた。
「あやつらの利権の闇に切り込まねば、第2、第3のカルディア救護院が生まれるだけ。……ジン殿。お前さんの持つ、その『身体を根本からケアする技』は、いずれあの強欲な中央ギルドの奴らに目をつけられることになるだろう」
ハインツの重い警告が、夜の空気に見事に突き刺さる。
中央医療ギルド。
魔法に頼り切り、弱者を切り捨てるこの世界の医学の頂点。それは、命を救う場所なんかじゃない。
病人を人質にして金を巻き上げる、超巨大な医療ビジネスの巣窟だ。
面白い。上等だよ。
「どんなにデカいギルドが相手でも関係ないよ」
前世で何もかもから逃げ出した俺が、ようやく見つけた「絶対に譲れない居場所」なんだ。
神官だろうが、国だろうが、医療ギルドだろうが知るかよ。
ハインツじいさんと同じ方向──遠くの夜空を見つめた。
荒野の遥か先、光と闇が渦巻く王都。
そこに待つ巨大な壁を、俺のスキルでどう料理してやろうかと、胸の鼓動が少しだけ速くなるのを止められなかった。




