19 領主、襲来②
「う、嘘を言うな! 教会の高名な神官が治せぬ呪いを、貴様のような若造が……!」
バルトロ領主は脂汗を流しながら叫ぶが、その声は完全に震えていた。
痛風の激痛は、風が吹くだけでものたうち回るほどの地獄。そんな状態でここまで馬車に揺られてきたのだ。肉体的にも精神的にも、とっくに限界のはずだった。
「嘘かどうか、今すぐ試してみれば分かりますよ」
俺はヘラヘラとした笑みを引っ込め、真剣な「介助者」の目になってバルトロの前に膝をついた。
後ろで、ガルがゴクリと息を呑む気配がする。奥の部屋では、ルリとルナの母娘がばあちゃんを抱きしめて息を潜めているはずだ。ここで失敗するわけにはいかない。
「……おい、無礼者、何をする気だ」
身構えるバルトロの右足──高級な革靴の上から、俺はそっと両手で包み込むように触れた。
(システム、アセスメント通りに対象の患部へフォーカス。関節内に溜まった『尿酸の結晶』を分解・分離する。出力はピンポイント、他への影響は最小限に……!)
「アクティブ──【絶対浄化:体内不快物分離】」
手のひらから、透き通るような純白の光が放たれ、バルトロの靴を透過してその足へと吸い込まれていった。
シュアァァッ……と、体内で炭酸水が弾けるような、清涼な音が響く。
治癒魔法は「細胞を活性化させて傷を塞ぐ」だけだ。だから、関節に異物が詰まったまま細胞を元気にしても、異物が神経を刺激して痛むのは変わらない。
しかし、俺の【絶対浄化】は違う。身体を不快にさせている原因そのものを、文字通り「洗い流す」のだ。
「ひぃ……っ!?」
バルトロが、短い悲鳴を上げて目を剥いた。
その後ろで待機していた騎士たちが、一斉に剣を抜きかける。
「ま、待て! 剣を収めろ!」
それを制したのは、他ならぬバルトロ自身だった。
彼は、自分の右足を信じられないものを見るように見つめていた。
「き、消えた……? あの、骨を直接炙られるような痛みが……綺麗さっぱり、消えておる……!?」
バルトロはおそるおそる右足に体重をかけ、床をトントンと踏みしめた。
先ほどまでの苦悶の表情が嘘のように消え去り、その顔に劇的な開放感が広がる。
「おおお! 軽い! 足が、身体が信じられんほど軽いぞ! 奇跡だ、これは教会の聖女様の御業をも凌ぐ──奇跡の癒やしだ!」
「奇跡じゃなくて、ただスキル使っただけっすよ。領主様」
俺は立ち上がり、痛む腰をトントンと叩きながら、いつものチャラい笑みに戻った。
「言ったでしょ? 原因を消さなきゃ、意味がないんです。……あ、でも勘違いしないでくださいね。今のはあくまで『溜まってたゴミを片付けた』だけ。これから、また肉を食い散らかしたひらワインを浴びるように飲んだりしたら、一発で再発するんで」
「な、何だと……!? ワシは、またあの地獄に戻るというのか!?」
バルトロの顔が、サーッと青ざめる。
一度、極上の快適さを知ってしまった人間は、二度とあの苦痛には戻りたくないだろう。完全に、術中にはまっている。
「だからこその『生活習慣のケア』です。領主様の専属トレーナーとして、再発しないための食事の摂り方、おすすめのハーブ、簡単なストレッチのやり方をまとめた『ケアプラン』を定期的にお届けします。……もちろん、これだけの国宝級の宝剣と、俺の継続的な体調管理を受けるんです。それなりの『対価』、いただけますよね?」
バルトロは、激しく首を縦に振った。
「分かった! 支払う! 金貨五十枚……いや、百枚だ! このカルディア救護院の完全な補修、いや、いっそ建て替え費用も、すべてワシが持とう! だから、ワシの身体を、その……けあ、してくれ!」
「毎度あり。交渉成立っすね、領主様」
俺はニッと笑って、パチンと指を鳴らした。
ハインツじいさんも、ゴルドも、呆気にとられたように口を開けている。
ガルにいたっては、俺を見る目が完全に「とんでもない化け物を見る目」になっていた。
領主の馬車が、大満足の笑みを浮かべたバルトロを乗せて去っていくのを見送りながら、俺はドッと押し寄せてきた疲労感にその場にへたり込んだ。
「あー……キツ。一国の主のデトックスは、精神力をごっそり持っていかれるわ……」
「ジ、ジン……お前、本当に何者なんだよ……」
ガルが恐る恐る近づいてきて、俺の隣にしゃがみ込む。その耳が、心配そうにピクピクと動いていた。
「ただスキル使っただけだよ、ガル。……ほら、奥の部屋のみんなを呼んできて。これで、この救護院を最高の我が家にリフォームできるぞ」
前世の俺は、誰の健康も、誰の生活も守れなかった。
だけど今、俺の知識とスキルが、この世界の理不尽な権力すらひっくり返して、大切な場所を守り抜いたんだ。
奥の部屋から、ルリさんとルナちゃんに手を引かれて出てきたマレッタばあちゃんが、俺の頭を優しく撫でてくれた。
──その時、俺の胸は、前世では決して味わえなかった最高の達成感で満たされていた。




