18 領主、襲来①
──翌日、カルディア救護院の前に、およそ辺境には似つかわしくない豪華な馬車が停まった。
周囲をガチガチに武装した騎士たちが固め、馬車の扉から現れたのは、仕立ての良い毛皮のコートのようなものを羽織った、小太りの男。
この一帯を治める領主、バルトロ・フォン・カルディア男爵その人だった。
「ふん、相変わらず豚小屋のような場所だな」
バルトロは、香水を染み込ませたハンカチで鼻を覆いながら、兵士たちを従えて救護院へと足を踏み入れてきた。
その威圧感に、ガルは俺の服の裾をぎゅっと掴んだ。耳を、完全に後ろに伏せて身体を震わせている。 ゴルドはじっと拳を握り、ハインツじいさんは静かにバルトロを見据えていた。
俺は背後の、奥の部屋へと続く扉をチラリと一瞬だけ盗み見た。
奥の寝室には、マレッタばあちゃんが寝ている。
男たちが土足で踏み込んでくる直前、俺はばあちゃんの身の安全を確保するため、ルリさんとルナちゃんに、ばあちゃんの付き添いをお願いして奥の部屋に避難させていた。
『ジンお兄ちゃん、マレッタおばあちゃんは私たちが絶対守るから!』
『大丈夫です。何があっても、私たちが傍にいますのだ。ジン様、お気をつけて』
怯えながらも──健気にばあちゃんの手を握ってくれた小さなルリちゃんと、その母親のルナさん。
二人がばあちゃんを看てくれているからこそ、俺は後ろを心配することなく、目の前の権力者と対峙することに集中できる。
「ゴルドよ。昨日の報告は本当だろうな? ワシが命じた『儀礼用の宝剣』、まさかこの貧民窟で本当に完成させたというわけではあるまい」
「……ここに、ある」
ゴルドが悔しげに顎をしゃくると、俺は台の上に置かれた、布に包まれた宝剣をスッと前に押し出した。
バルトロの合図で、側近の騎士がその布を払う。
──部屋の中に、息を呑むような白銀の魔光が走った。
「な、なんという輝きだ……! 美しい。これほど、これほどの純度を持った鉄は、王都の国庫でも見たことがないぞ……!」
バルトロの濁った瞳が、強欲な光を放って爛々と輝く。彼は引き寄せられるように剣に手を伸ばそうとした。
「ストップ。触るのはそこまでで」
俺はすかさず剣の前に立ち、バルトロの視線を遮った。
「貴様……! 無礼者、領主様の御前であるぞ! 控えよ!」
騎士たちが一斉に剣の柄に手をかける。ガルが「ひっ……!」と小さく悲鳴を上げた。
俺は、ガルの肩をそっと片手で引き寄せ、自分の背中に隠すようにしながら、ヘラヘラとした笑みを崩さずに言った。
「いやいや、無礼を働くつもりはないっすよ、領主様。ただね、これはゴルドさんが命を削って作り上げた『最高傑作』なんですよ。お引き渡しする前に、正当な『対価』の話をさせてほしいなと思いまして」
「対価だと? ハッ、笑わせるな。ゴルドは納期を大幅に遅らせたのだぞ? 本来なら工房没収の上、罪人として極刑に処されても文句は言えん身だ。それをこのワシが、剣と引き換えに免じてやろうと言っているのだ」
バルトロは、傲慢に鼻で笑った。
ハインツじいさんやゴルドの顔が絶望に歪む。異世界の絶対的な階級社会。権力者が「そうだ」と言えば、それがすべて。
だが、前世でクソみたいな現実から逃げ回っていた俺は、この程度じゃもうビビらない。
俺はバルトロの身体を、上から下までじっくりと観察した。
異常な肥満。浅く、どこか苦しそうな呼吸。
目の下にドス黒く垂れ下がったクマ。
そして──さっきから、彼が何度も自分の「右足の親指の付け根」を気にして、微妙に重心を左足に預けている不自然な立ち姿。
(……間違いない。こいつ、絵に描いたような生活習慣病だ。おまけにあの足の庇い方……『痛風』の激痛が走ってるな?)
前世の知識が、ピピッと脳内でリンクする。
いくら贅沢な暮らしをしていても、身体の不調に怯え、夜も眠れないなら、こいつの生活の質は最悪だろう。
「……領主様。失礼ですけど、最近、夜まともに眠れてないんじゃありません?」
「何……?」
「毎晩ベッドに入ると、足の親指の付け根が、まるで万力で締め上げられるように激痛が走る。心臓の拍動に合わせて、ズキズキ、ズキズキと。……おまけに最近は、高級な肉やワインを口にするだけで、翌朝、目が覚めた瞬間に地獄の苦しみを味わう。違います?」
バルトロの顔から、一瞬で傲慢な笑みが消え失せた。
脂汗がダラダラと肉のついた頬を伝い落ちる。
「き、貴様……なぜそれを……。教会の高名な神官に『治癒魔法』をかけさせても、その場しのぎで、すぐにまたあの地獄のような痛みがぶり返すのだ……! 呪いか!? ワシは呪われておるのか!?」
「呪いじゃありませんよ。ただの栄養過多と、内臓の悲鳴です。治癒魔法は傷を塞ぐだけで、体内の『毒』を消してくれるわけじゃありませんからね」
俺は一歩、バルトロに近づいた。
「俺のスキルなら、その足の激痛を一瞬で消せます。ついでに、二度とあの地獄の苦しみが来ないような『生活習慣のケア』のやり方も教えられますよ。……どうです? 宝剣の代金として、この救護院の完全な補修費用と、俺たちの生活保障。これらを金貨で支払うと約束してくれるなら、今すぐその痛みを『絶対浄化』してあげますけど」
「お、おい、ジン……大丈夫なのかよ……?」
後ろで、ガルがハラハラしながら俺の服を引っ張る。
バルトロは激痛に耐えるように顔を歪め、白銀の宝剣と、俺の手のひらを交互に見つめていた。
「……本当に、あの痛みが消えるのだな? 嘘偽りであれば、即座に首をはねるぞ……!」
「お安い御用です」
俺は不敵に笑い、バルトロの足元へと視線を落とした。
異世界の権力者を相手に、俺のスキルの能力を見せてやろう。




