17 ただいま、カルディア救護院
荒野の砂風を遮るように建つ、ちょっと傾いた救護院。
木造のボロい壁が見えた瞬間、俺は心の底からホッとした。
「ばあちゃん、ただいま!」
扉を開けると、そこには【生活環境調整】のドームに守られて、穏やかな顔でベッドに上半身を起こしているマレッタばあちゃんの姿があった。
前世では言えなかった「ただいま」の四文字。
それを口にできる場所があるだけで、歩きまくってパンパンになった足の疲労が、嘘のように軽くなっていく。
「おかえり、ジン。良い顔をしているねぇ。……おや、そちらのお客様は?」
「私の古い友人でな。ドワーフのゴルドだ。しばらくここに厄介になる」
ハインツじいさんがそう紹介すると、ゴルドは照れくさそうに短い髭をボリボリと掻いた。
「ふん。ワシの『最高にして唯一無二の鍛冶設備』とやらを調整してもらうための、いわば体験入所というやつじゃ。マレッタ、しばらくお邪魔するぞ」
「ふふ、歓迎しますよ。ここは退屈だけど、ジンが来てから本当に温かい場所になったからねぇ」
ゴルドは救護院の中をぐるりと見回し、大ぶりの腕を組んだ。
「……それにしてもガタがひどいな。床板は浮いておるし、梁の補強も甘い。おい、ジン。お前さんのケアとやらで、ワシの腰が完全に動くようになったら、この建物のガタはワシが全部直してやるからな」
「はは、頼もしいね。ゴルドさん用の『腰痛予防クッション』も作らなきゃな」
俺は笑いながら、ガルの引いてきたカートから、厳重に布に包まれた『宝剣』を取り出した。
布をハラリと払うと、薄暗い救護院の中に、白銀と星屑のような青い魔力の光が満ち溢れる。
「わぁ……! すっごく綺麗……!」
ガルが、目を輝かせて吸い寄せられるように近づいてきた。
「これが、極純鉄で鍛え上げたゴルドさんの最高傑作さ。これで領主の鼻を驚かせて、この救護院の建て替え費用をごっそりむしり取ってやるんだ」
「ふふ、頼もしい孫を持ったものだねぇ」
ばあちゃんが嬉しそうに目を細める。
集落で、おばあさんたちから分けてもらった乾燥ハーブを取り出した。
ボロい土鍋にお湯を沸かし、ハーブを放り込む。
立ち上る湯気と共に、ほんのり甘く、泥臭い荒野の疲れを芯からほぐしてくれるような優しい香りが部屋に広がった。
「よし、みんな。お茶が入ったよ。ハインツじいさんも、ゴルドさんも、まずは一杯飲んで一息つこう」
前世の俺なら、おばあちゃんにお茶の一杯も淹れてあげようとしなかった。
だけど今、こうして自分の手でお湯を沸かし、みんなが少しずつ「生きる気力」を取り戻して笑顔でお茶をすすっている。
これこそが、俺のやりたかった『生活の質の改善』だ。
──しかし、温かいハーブティーの香りが満ちるその空間をぶち壊すように、乱暴な音が響き渡った。
ドォン!!!
救護院のボロい扉が、蹴り破らんばかりの勢いで叩かれる。
「おい! ゴルド! ここにいるのは分かっているぞ!」
入ってきたのは、ギラギラした金属鎧に身を包んだ、領主の配下と思しき横柄な兵士たちだった。
彼らは土足で踏み込み、不快そうに鼻を鳴らす。
「納期はとうに過ぎている! 宝剣ができていないのであれば、工房は没収。お前は即刻投獄だ! 領主様直々の命令である!」
ガタガタと怯えるガル。ゴルドがら悔しげに拳を握りしめる。
だが、俺はハーブティーを一口すすり、スッとその間に立ちふさがった。
「おいおい、土足で入るなよ。ここは今『絶対浄化』したばかりで清潔なんだからさ」
「なんだと、貴様、浮浪者の分際で──」
「宝剣なら、ありますよ。最高のやつがね」
俺が背中に隠していた『宝剣』を差し出すと、兵士たちの動きがピタリと止まった。その刃から放たれる圧倒的な美しさと神聖な光に、誰もが言葉を失う。
「こ、これは……!? 儀礼用どころか、国宝級の……!」
「でしょ? 領主様にお伝えください。この剣が欲しければ、直接、カルディア救護院まで買い取りに来てくださいってね。……まあ、タダじゃ渡しませんけど?」
俺はいつものように、ヘラヘラと、だけど底の知れない冷たい笑みを浮かべて見せた。
大切な人たちの『生活の質』を脅かす奴は、領主だろうがなんだろうが、俺の交渉術で丸裸にしてやる。




