13 アイアン・スライム
「それじゃ、ばあちゃん。ちょっと出稼ぎに行ってくるからね。ハインツじいさんのリハビリも兼ねて、サクッと近所で小銭を稼いでくるよ」
カルディア救護院の玄関先。俺はいつもの軽い笑顔で、車椅子に座るばあちゃんに手を振った。
「いってらっしゃい、ジン。無理はしないでおくれよ」
ばあちゃんは穏やかに微笑み、その細い手を振り返してくれる。
その隣には、すっかり体調の良くなったルリさんと、ウサギの耳を嬉しそうに揺らすルナちゃんが、ぴったりと寄り添っていた。
「ジン様、ハインツ様、ガル様。どうか道中お気をつけて。おばあ様のことは、私たち親子が責任を持ってお世話させていただきます」
「うん! お兄ちゃんたち、がんばってね! ルナ、おばあちゃんといっぱいお話して待ってる!」
ルナちゃんがばあちゃんの手をそっと握ると、ばあちゃんは嬉しそうに目尻を下げて「良い子だねぇ」とその小さな頭を撫でている。
介護は、一人で抱え込んだら絶対に共倒れする。
こうして信頼できる仲間と役割を分担し、お互いに「頼り、頼られる」関係を作ることこそが、介護現場における一番の基本であり、持続可能なケアの秘訣だ。
「よし、留守番は任せたよ。……それじゃ、行きますか」
俺の後ろで、背中に大剣を背負ったハインツじいさんが静かに頷き、木製の移動用カートを引いたガルが「うん、行こう!」と力強く一歩を踏み出した。
最果ての荒野を歩く道中。
乾いた風が吹き抜ける中、俺はハインツじいさんに尋ねた。
「ところで、じいさん。この辺にいる魔物で、一番『素材』としての価値が低くて、なおかつ数が多くて、誰も狩りたがらない奴っていんの?」
「……『アイアン・スライム』だな。あやつらは全身が泥と不純物の混ざった硬い鉄の核でできておる。倒すのに武器の刃がこぼれる割には、採れるコアが濁っていて魔導具の素材にも使えん。ただのゴミ扱いだ」
「よし、決まり。そいつを狩りに行こう!」
「正気か!? あんな重くて硬いだけで、二銭の価値にもならんゴミを狩ってどうする!」
「そこは、俺のスキルの出番ってわけ。ガル、台車と大きめのバケツを用意して。きっと大収穫になるからさ」
こうして、元Aランク冒険者のハインツを護衛に据え、俺たちは少し離れた岩場へと向かった。
「いたぞ。ジン殿、下がっていなさい!」
岩の陰から現れたのは、体長が小型犬ほどの、泥水のような粘土質のドロドロした魔物──アイアン・スライムだ。
ハインツが鋭く踏み込み、大剣の腹で叩き潰すと、地面に「ゴツン」と赤黒い不格好な鉄の核が転がった。
「ほれ、これがアイアン・コアだ。だが、見ての通り不純物だらけの低品質な鉄。ギルドに持っていっても買い取りを拒否されるゴミだぞ」
俺は、転がった赤黒い金属塊を拾い上げた。
システムを起動すると、その内部情報が透けて見える。
【名称:アイアン・スライムの核(低品質・不純物含有率82%)】
【状態:極度の酸化、泥・砂・雑色魔力の混入】
(なるほどね。これを製鉄して使える鉄にするには、莫大な手間と燃料が必要だからみんなゴミ扱いするわけだ。だけど──)
「よし。ガル、ちょっとそのバケツに、綺麗な水を入れてここに置いてくれ」
「おう!」
俺はバケツの澄んだ水の中に、赤黒い金属塊をドボンと沈めた。
そして、バケツのふちに両手を添え、グッと集中する。
(俺のスキルは、生活環境を快適に保つためのもの。介護の基本は、いつだって『清潔の保持』だ。──長年こびりついた服の汚れを根こそぎ落とすように、綺麗に洗浄してみるか)
「アクティブ──【絶対浄化:超音波洗浄・成分分離】!」
キィィィィィン……!
バケツの水が、細かく、だけど激しく振動し始める。
その瞬間、赤黒い不格好な金属塊から、泥や錆、そして魔物の濁った魔力──不純物が、シュワシュワと黒い霧のように剥がれ落ちて、水中に溶け出していった。
「な、なんだこれは……!? 水が真っ黒に……いや、中の金属が……!」
ハインツじいさんが目を見開く。
不純物が完璧に【絶対浄化】され、比重の軽いゴミだけが水面に浮き上がる。
やがて振動が収まり、俺がバケツの底から引き上げたのは――。
「う、嘘だろ……。これ、銀……? いや、プラチナ……?」
ガルが息を呑んだ。
俺の手の上にあったのは、不気味な赤黒い塊ではない。
太陽の光を浴びて、眩いばかりの純白の輝きを放つ、透き通るような美しい『極純鉄』のインゴットだった。
【名称:極純鉄のコア(超高品質・純度99.99%)】
【状態:神聖付与(絶対浄化済)、高魔力伝導率】
「よーし、不純物を完璧に洗い流してらついでに防錆バフも乗せといた。これなら高く売れるんじゃない?」
「高くだと……!? 馬鹿を言うな、ジン殿!」
ハインツが、かつてないほどに興奮して俺の肩を掴んだ。
「こんな純度、王都の宮廷鍛冶師が一生に数度、奇跡的に精錬できるかどうかの『神の金属』だぞ! 武器にすれば一切刃こぼれせず、魔導具の芯材にすれば最上級の魔力伝導を示す。……一個で、金貨数十枚、いや、下手をすればそれ以上で取引される代物だ!」
「これで大金持ちになれるじゃん!」
ガルが耳をパタパタさせながら、驚きと興奮で飛び上がった。
この世界に飛ばされてきて数日、試行錯誤しながら使ってきたスキル。それが──異世界のゴミ素材を、史上最高級のレア金属へと変貌させた。
俺たちの手元には、救護院を立て直すための『最高のお宝』が、静かにその輝きを放っていた。




