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11 生活スキルって、戦闘に使えんの?


 ぞろぞろと、俺たちの前に兵士が立ちはだかった。 

 剣の刃先が、怯えるガルの細い首筋へと向けられる。


「ひ、ひぃっ……!」


 ガルが思わず耳をペタンと寝かせ、一歩後ずさった。

 しかし、その手はしっかりと、ばあちゃんの座る車椅子を掴んで守ろうとしている。


「おいおい、大人しく金を出しな。このガキは獣人の分際で生意気だから、奴隷市でもいい値がつかねえだろうが、そっちのばあさんはまだ……」


 下品に笑う兵士の言葉を、俺は静かに遮った。


「せっかく、ばあちゃんとのデート中だったのになあ」


 俺は一歩前へ出て、ばあちゃんの車椅子の前に立ちはだかる。


 いつものヘラヘラとしたチャラい笑みを消して、男たちを鋭く捉えた。


「おい、そこのガキ。誰に向かって口を聞いて──」


「ジン殿、ここは私が。まだこの右脚、大剣を振るう程度なら動く!」


 後ろからハインツじいさんが、怒りに震えながら背中の大剣に手を伸ばそうとする。

 しかし、俺はそっと、じいさんの肩に手を置いて制した。


「いや、じいさんはリハビリ直後だしさ。高齢者の急激な血圧上昇は脳卒中のリスクを高めるからだめ。。……俺がサクッと片付けちゃうから」


「な、何だと……?」


 ハインツが呆気に取られる中、俺はひょいひょいと肩を回しながら、馬上の兵士たちに近づいていく。


「はっ! 素手で何をする気だ、この大馬鹿者が! 踏み潰せ!」


 リーダー格の兵士が馬の腹を蹴り、鋭いひづめが俺の頭上を目がけて振り下ろされた。


 しかし。

 俺は、焦りもしなかった。


 介護という仕事は、時に「暴れる要介護者」を傷つけず、自分も傷つかずに制止しなければならない場面がある。そのために極めるのが、骨格と筋肉の仕組みを利用した『ボディメカニクス』だ。


 さらに、俺にはこのスキルがある。


(アクティブ──【移乗介助:無重力抱擁】)


 馬のひづめが俺の鼻先に迫る直前、俺は驚異的なスピードで馬の首元に──そっと触れた。

 

 瞬間、数百キロはある軍馬の身体が、まるで風船のようにフワリと浮き上がる。


「な、何ッ!? 馬が浮いて──」


「ちょっと、ベッドから車椅子への『移乗』の要領でね」


 俺はそのまま、宙に浮いた馬の身体を、優しく、だけど逆らえない力でコロンと横に回転させた。

 

 ドサァァァッ!!


「ぐはぁっ!?」


 兵士ごと、地面に優しく仰向けに寝かせる。


 衝撃を最小限に抑えるように投げたため、馬も兵士も怪我はないが──兵士は鎧の重みと想定外の「無重力」感覚に脳がバグり、カブトムシのようにじたばたと地面をのたうち回っている。


「な、なんだと……!? 隊長が一瞬で……!?」


「お前、何をした! 魔法か!?」


 残りの兵士二人が、慌てて馬から飛び降りて、俺を取り囲んだ。


 錆びた剣が、左右から同時に俺の首と脇腹を狙って突き出される。


「ジン、危ないっ!」


 ガルの悲鳴が響く。

 しかし、俺はやっぱりヘラヘラと笑ったままだ。


(アクティブ──【生活機能回復:関節拘縮解除】)


(さらに──【動作分析:歩行アライメント検出】)


 俺の視界には、襲いかかってくる兵士たちの「骨格」と「重心の位置」が、青いシステムラインで完全に視覚化されていた。


 どこをどう引っ張れば、人間が最も「負荷なく、簡単に」転倒するか。


 スキルの練習を重ねて、高齢者の転倒予防を研究し尽くした俺にとって、それは教科書よりも簡単な知識だった。


「急に立ち上がると、立ちくらみするから危ないよ?」


 突き出された剣をかわしながら、俺は兵士たちの「手首」と「肘」にそっと指先を触れさせた。


 トン、と。


 本当に、赤ん坊をあやすような、優しいタッチ。

 しかし、そこに【関節拘縮解除】による、逆らえない関節可動域の誘導が加わる。

 

「ぎ、あぁぁぁっ!?」


 兵士たちの腕が、まるで意思を持たないかのように勝手にねじれ、お互いの剣を絡ませ合う。

 

「はい、そのままゆっくりお休みくださーい」


 俺が少しだけ力を加えると、兵士二人はまるで「介護用リフト」に吊り上げられたかのようにフワッと宙を舞い、そのまま綺麗に、並んで地面に転がった。

 

 驚くほど静かに、まるでフカフカのベッドに寝かされたように。


 だけど、身体の関節の力が完璧に抜かれてしまっているため、指一本動かすことができない。


「う、動かん……! なんだ、この技は……! 痛みはないのに、身体が完全に言うことを聞かん……!」


「な、なんだこれは! 起き上がれん!」


 転がされた兵士たちが、涙目でパニックを起こしている。


 馬上で横倒しになったリーダー格の男も、なんとか起き上がろうとするが、俺の【移乗介助】による「重心リセット」が効いているため、立ち上がろうとするたびに、なぜかフワフワと身体が浮いて転んでしまう。


「……ば、化け物め……! 『かいご』などという聞いたこともない魔法、お前は一体……!」


「だから、ただの生活スキルだって。人の命を守る、超高尚なスキルだよ。お勉強になった?」


 俺は転がっている兵士たちを見下ろし、ニコリと完璧な営業スマイルを浮かべた。


「あのさぁ。こっちはばあちゃんの散歩中でめちゃくちゃ機嫌良いから、このくらいで勘弁してあげる。……でもさ、次、その汚い剣をうちの家族に向けたら──」


 俺は、兵士のリーダーが落とした鉄の剣を、ひょいと足元から拾い上げた。 


 そして。

 【絶対浄化】を意識し、少しだけ『圧』をかける。


 キィィィィィン……!


 俺の手の中で、鉄の剣が「不純物──錆や炭素を完全に除去されすぎた」ことで金属疲労を極限まで起こし、ガラス細工のように細かく砕け散って、荒野の風に溶けて消えた。


「「「ひ、ひいぃぃぃぃっ……!!!」」」


 それを見た兵士たちは、顔面を真っ青にして悲鳴を上げた。

 魔法の光すらなく、鉄の塊を握り潰した(ように見えた)のだ。完全に、規格外の怪物である。


「た、退却だ! 覚えとけよ、この反逆者どもがぁぁぁっ!」


 兵士たちは、ようやく動くようになった身体を必死に動かし、馬にしがみつくようにして、脱兎のごとく砂煙を上げて逃げ去っていった。


 荒野に、再び静寂が戻る。


「……ふぅ。いい運動だったわー」


 俺はパッパッと手を払い、何事もなかったかのように、ばあちゃんの車椅子へと戻った。


 しかし、振り返ると。

 ガルも、ハインツじいさんも、そしてばあちゃんすらも、アゴが地面に落ちそうな顔で、完全に固まっていた。


「……ジ、ジン」


 ガルが、犬の耳をプルプルと震わせながら、恐る恐る俺を見上げてくる。


「あんた……まじで、何者なんだよ……」


「だから、スキル使っただけだって」


 いつものように、ピースサインを作る。

 しかし、元Aランク冒険者のハインツは、ゴクリと息を呑み、震える声で呟いた。


「人を傷つけず、ただ触れるだけで無力化する……。あれは、武の極致……いや、神聖なる守護の御業だ……」


 完全に勘違いが始まっている。


 まあ、家族を守れたんだから、何でもいっしょ!


「さあ、ばあちゃん、お待たせ! お散歩、続けよっか!」


「強い孫だねぇ。頼もしいよ、ジン」


 車椅子を押し、再び歩き出す。

 悪徳領主の兵士たちを蹴散らし、辺境の小さな救護院の「平和」は守られた。


 しかし、この一件が、俺たちの名声を外の世界へと轟かせる「最初の火種」となるのだった。

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