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第8話 【山下明美】


「山下明美を調べろ」


メモを見つめながら、


榊はコーヒーを一口飲んだ。


差出人不明。


いたずらかもしれない。


だが。


なごみに来てから一週間。


妙なことが多すぎた。


事故を指摘した職員。


改善提案した職員。


内部通報した職員。


全員辞めている。


偶然にしては出来過ぎていた。


翌日。


榊は事務室で人事記録を開いた。


山下明美。


介護福祉士。


勤続七年。


離職理由。


一身上の都合。


面談記録。


なし。


退職届。


あり。


内容。


「家庭の事情により退職いたします」


どこにでもある文章。


しかし。


榊は違和感を覚えた。


筆跡。


乱れている。


何かに追われるように書かれた文字。


さらに記録を探す。


最後の勤務評価。


『協調性に課題あり』


『組織への不満が多い』


『指示系統を軽視する傾向』


榊は思わず笑った。


まただ。


佐藤美月と同じ。


指摘する人間には、


必ず同じ評価がつく。


問題職員。


組織にとって都合の悪い人間。


昼休み。


美月は食堂の片隅で昼食を取っていた。


向かいに榊が座る。


「疲れてるね。」


「まぁ・・・。」


美月は苦笑した。


「主任に怒られた?」


「怒られたというか・・・。」


美月は少し迷った。


「私がおかしいのかなって。」


「何が?」


「田中さんのことです。」


榊は黙って聞く。


「誰も悪くないんです。」


「家族も。」


「職員も。」


「先生も。」


「でも亡くなった。」


「なのにみんな終わった話みたいになってて。」


「私だけ引っかかってて。」


榊はしばらく考えた。


「終わったことにしたいんだろうね。」


「え?」


「そうしないと仕事にならない。」


美月は何も言えなかった。


介護施設では、


利用者が亡くなることは珍しくない。


看取り。


急変。


誤嚥。


肺炎。


毎年何人も亡くなる。


もし全員の死に立ち止まっていたら、


現場は動かなくなる。


だから職員は前を向く。


いや。


前を向くしかない。


その日の夕方。


榊は偶然、


古い職員の連絡先一覧を見つけた。


山下明美。


携帯番号。


まだ残っている。


榊はしばらく考えた。


そして電話をかけた。


呼び出し音。


一回。


二回。


三回。


出ない。


切ろうとした時。


「・・・もしもし。」


女性の声。


榊は姿勢を正した。


「山下明美さんですか。」


沈黙。


数秒後。


警戒した声。


「どちら様ですか。」


「グリーンヒルズなごみの件で。」


その瞬間だった。


電話の向こうで息を飲む音。


明らかだった。


山下は、


なごみを忘れていない。


「・・・何かあったんですか。」


「聞きたいことがあります。」


長い沈黙。


そして。


「電話じゃ話せません。」


「・・・。」


「絶対に。」


「なぜです?」


山下は小さく答えた。


「まだ、あの人がいるから。」


榊の目が細くなる。


「あの人?」


しかし。


その直後。


電話は切れた。


ツーツーツー。


榊は携帯を置く。


あの人。


施設長か。


大森か。


それとも別の誰かか。


だが一つだけ分かった。


山下明美は、


自主的に辞めたわけではない。


そして。


今も何かを恐れている。


同じ頃。


施設長室。


佐久間施設長は、


職員の机に置かれたメモを見つめていた。


【山下明美を調べろ】


誰かがコピーしていた。


佐久間の表情が消える。


「まずいな・・・」


初めてだった。


施設長が、


本気で焦りを見せたのは。


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