第7話 【消えた報告書】
午前一時四十分。
グリーンヒルズなごみ。
夜勤。
いつものように人が足りない。
いつものようにコールが鳴る。
いつものように誰かが待たされる。
変わらない夜だった。
ただ一人。
榊だけが残業していた。
施設長から渡された資料。
離職者一覧。
事故報告書。
職員会議議事録。
過去五年分。
読み続けていた。
午前二時二十三分。
榊の手が止まる。
また同じ名前だった。
山下明美。
介護士。
勤続七年。
退職。
理由。
「一身上の都合」
しかし。
その三か月前。
議事録には別の記録が残っていた。
「利用者転倒事故について再調査を要望」
提出者。
山下明美。
榊は次の資料を探す。
再調査結果。
なし。
検討会議事録。
なし。
回答書。
なし。
何もない。
山下はその三か月後に退職している。
偶然か。
榊はさらに遡る。
また見つかる。
二年前。
介護士。
石川。
「夜間巡視記録に疑義あり」
その後。
退職。
一年前。
看護師。
村井。
「薬剤管理について改善提案」
その後。
退職。
三年前。
生活相談員。
「家族説明内容と記録内容に相違あり」
退職。
榊は椅子にもたれた。
ここまでは偶然でもあり得る。
だが。
共通点がある。
全員。
何かを指摘した後に辞めている。
そして。
全員。
問題職員扱いされている。
その時だった。
「まだいたんですか。」
声。
振り返る。
夜勤中の大森だった。
「眠れなくて。」
榊は笑う。
大森も笑った。
しかし目は笑っていない。
「何見てるんです?」
榊は資料を閉じる。
「離職率ですよ。」
大森は苦笑した。
「ひどいでしょ。」
「かなり。」
沈黙。
しばらくして。
大森が言う。
「みんな理想を持って入ってくるんですよ。」
「・・・。」
「でも現実を見る。」
「・・・。」
「そして辞める。」
「・・・。」
「それだけです。」
榊は何も言わない。
その言葉は半分本当だった。
半分だけ。
翌日。
美月は倉庫整理をしていた。
施設長から命じられた雑務。
事務所裏。
古い書類棚。
埃だらけ。
段ボールを動かした時だった。
一冊のファイルが落ちる。
「なんだろ。」
背表紙。
【事故・苦情報告】
五年前。
美月は開く。
転倒。
誤薬。
離設。
骨折。
その中に一枚だけ。
クリップで留められた紙。
タイトル。
【内部通報記録】
美月は目を見開く。
差出人。
山下明美。
昨夜、
榊が見ていた名前だった。
内容を読み始める。
『夜間巡視記録の一部に事実と異なる記載がある可能性があります』
『利用者の状態悪化が適切に共有されていません』
『事故報告が提出されない事例があります』
その先を読もうとした瞬間。
背後から声がした。
「何してるの?」
美月の肩が跳ねる。
主任の大森だった。
大森の視線は、
美月ではなく。
そのファイルへ向いていた。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
大森の顔色が変わった。
美月は見逃さなかった。
「大森、主任・・・?」
大森はすぐに表情を戻した。
「それ。」
「古い資料だから。」
「処分するやつ。」
そう言って、
ファイルを取り上げた。
美月の胸がざわつく。
処分する資料。
なぜ。
内部通報記録が。
処分対象になっているのか。
その日の夕方。
榊の机に一枚のメモが置かれていた。
差出人不明。
『山下明美を調べろ』
たった一行。
榊は静かにメモを折りたたむ。
グリーンヒルズなごみでは、
利用者だけが消えているわけではない。
職員もまた、
静かに消えていた。




