第6話 【問題職員】
メディカルリンクからの通知を見ても、
榊の表情は変わらなかった。
対象者。
佐藤美月。
理由。
内部告発リスク。
いつもの案件だった。
どこの組織にもいる。
理想を語る人間。
正論を言う人間。
そして、
組織の仕組みを理解していない人間。
榊はスマートフォンをポケットへ戻した。
迷いはない。
仕事だからだ。
翌日。
榊は佐藤美月の調査を始めた。
出勤時間。
勤務態度。
記録。
インシデント報告。
同僚評価。
すべて確認する。
結果。
驚くほど綺麗だった。
遅刻なし。
欠勤なし。
記録も丁寧。
利用者評価も高い。
ただ一つ。
問題点がある。
報告が多い。
異常に多い。
ヒヤリハット。
事故報告。
改善提案。
業務改善。
環境整備。
新人とは思えない量だった。
榊は記録をめくる。
「A氏の食事摂取量低下」
「B氏の褥瘡悪化」
「夜勤配置の再検討」
「離床センサー故障」
そして。
去年の記録で手が止まる。
【転倒事故報告書】
利用者骨折。
提出者。
佐藤美月。
榊は資料を読み進めた。
そこには不可解な記載があった。
『事故当日、離床センサー作動せず』
翌日の記録。
『センサー異常なし』
矛盾している。
さらに調べる。
施設保守点検記録。
事故翌日に交換。
榊の眉がわずかに動く。
「なるほど。」
事故は起きた。
センサーは故障していた。
しかし記録上は故障していないことになっている。
よくある話だった。
責任問題になるから。
現場を守るため。
誰かが記録を書き換えた。
榊は別に驚かない。
病院でも見てきた。
施設でも見てきた。
問題はそこじゃない。
その事故報告書の最後。
【提出後、再発防止検討会実施せず】
榊は資料を閉じた。
普通なら行う。
少なくとも形式上は。
しかし、
なごみでは行われていない。
その時。
廊下から怒鳴り声が聞こえた。
「だから無理なのよ!」
大森だった。
向かいには介護士の男性職員。
三十代後半。
顔色が悪い。
「でも夜勤五回連続ですよ?」
「みんなやってる!」
「体調が・・・」
「じゃあ代わり探して!」
沈黙。
職員は俯いた。
大森も苦しそうだった。
怒鳴りたいわけじゃない。
だが、
誰かが入らなければ夜勤は成立しない。
介護施設の現実だった。
その夜。
榊は職員一覧を見ていた。
この一年。
離職者。
二十七名。
利用者定員。
八十名。
榊は思わず計算する。
ほぼ毎月二人以上辞めている。
異常だった。
その時、
さらに一つの資料が目に入る。
職員退職理由。
体調不良。
家庭の事情。
キャリアアップ。
一身上の都合。
ありきたりな言葉が並ぶ。
しかし。
三年前だけ。
退職理由欄に別の記載があった。
【内部通報後退職】
榊の視線が止まる。
一件。
二件。
三件。
そして四件目。
記録が途中で途切れていた。
削除されている。
榊は無表情のまま資料を閉じた。
ようやく面白くなってきた。
佐藤美月は問題職員なのか。
それとも。
この施設で何かを見つけてしまった人間なのか。
榊が興味を持ったのは、
佐藤美月ではなかった。
グリーンヒルズなごみ。
そのものだった。




