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第25話 【迎えが来る】



春子はほとんど食べなくなった。


朝食。


ゼリーを一口。


終わり。


昼食。


スープを少し。


終わり。


夕食。


ほぼ摂取なし。


身体が食べることをやめ始めていた。


美月は分かっていた。


大森も。


西田も。


誰も口には出さない。


でも分かっていた。


夜。


春子の部屋。


照明は落とされている。


美月が訪室した。


春子は目を開けていた。


天井を見ている。


「眠れませんか。」


春子はゆっくり首を振った。


「ねえ。」


「はい。」


「お母さん来てる?」


美月の胸が締め付けられる。


来た。


現場で何度も聞いた言葉。


亡くなった家族。


亡くなった配偶者。


亡くなった兄弟。


最期が近い人が時々言う。


医学的説明は色々ある。


でも。


現場の人間は知っている。


こういう言葉を聞いたあと、


長くないことを。


「お母さんですか。」


春子は頷く。


「向こうにいるの。」


部屋の隅を見る。


誰もいない。


でも春子には見えている。


「迎えに来たのかな。」


そう言って笑った。


怖がっていない。


ただ懐かしそうだった。


美月は返事ができなかった。


代わりに手を握る。


春子の手は冷たかった。


驚くほど。


翌日。


浩一が面会に来た。


春子は珍しく起きていた。


そして。


浩一を見るなり言った。


「帰ろうか。」


浩一の動きが止まる。


「え?」


「家に。」


「・・・。」


「お父さん待ってる。」


浩一は言葉を失った。


父は十年前に亡くなっている。


春子は微笑んでいた。


昔のように。


幸せそうに。


浩一は必死に笑顔を作った。


「そうだね。」


「帰りたいね。」


声が震える。


春子は満足そうに頷いた。


それ以上は何も言わなかった。


面会後。


浩一は大森へ聞いた。


「母は・・・」


「分かってるんでしょうか。」


大森は少し考えた。


そして答える。


「分かっている部分もあると思います。」


「・・・。」


「分からなくなっている部分もあります。」


「・・・。」


「ただ。」


大森は窓の外を見る。


「帰りたいという気持ちは本物です。」


浩一は俯いた。


その日の夜。


大森は母へ電話した。


三日連続だった。


母が笑う。


「珍しいね。」


「そう?」


「何かあった?」


大森は答えられない。


春子のことを思い出していた。


もし。


もし目の前にいるのが母だったら。


自分は何ができる。


何を言う。


答えは出ない。


電話を切る前。


母が言った。


「今度帰っておいで。」


大森は返事に詰まる。


忙しい。


シフト。


会議。


欠員。


言い訳はいくらでもある。


だが。


春子の顔が浮かんだ。


そして。


初めて言った。


「来月帰る。」


母は嬉しそうに笑った。


「楽しみにしてる。」


その声を聞いた瞬間。


大森は泣きそうになった。


翌朝。


夜勤者から申し送り。


「春子さん。」


「昨夜からほぼ摂取なし。」


「反応も低下しています。」


大森は静かに頷く。


そして。


家族連絡欄を開く。


震える指で記載する。


【状態変化あり】


【ご家族へ連絡】


【いつ急変してもおかしくない状態】


その文字を書き終えた時。


大森は目を閉じた。


施設長ではなく。


介護職でもなく。


看護師でもなく。


ただ一人の娘として。


胸の奥で祈っていた。


「もう少しだけ・・・」


「もう少しだけ時間をください・・・」


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