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第15話 【良好】


月次報告書。


家族へ送られる利用者の生活状況。


美月は春子の報告書を見つめていた。


【食事摂取良好】


【状態安定】


【大きな変化なし】


現実は違う。


三か月で五キロ減少。


食事摂取低下。


覚醒時間減少。


状態安定とは言えない。


「主任。」


大森が振り返る。


「この報告書なんですけど。」


「ん?」


「内容違いませんか。」


大森は書類を見る。


数秒。


そして。


「そうかもね。」


あまりにもあっさり。


「修正しないんですか。」


大森は苦笑した。


「じゃあ何て書く?」


「体重減少しています。」


「うん。」


「食事摂取も・・・」


「うん。」


「なら家族から電話来るよ。」


美月は黙る。


「なんで報告しなかったんですか。」


「何か対策したんですか。」


「病院受診は?」


「栄養士介入は?」


大森は続ける。


「全部聞かれる。」


「・・・。」


「で、誰がやるの?」


美月は答えられなかった。


翌週。


春子の長男が面会に来た。


五十代後半。


会社員。


月一回。


必ず来る。


「母はどうですか。」


相談員が笑顔で答える。


「お元気ですよ。」


「食事もしっかり。」


「穏やかに過ごされています。」


長男は安心した顔をした。


「そうですか。」


「良かった。」


そのやり取りを、


美月は遠くから見ていた。


嘘ではない。


だが。


真実でもない。


面会終了後。


春子の部屋。


美月は体位交換をしていた。


春子は軽い声で呟く。


「ご飯・・・」


美月は驚く。


久しぶりの発語だった。


「どうしました?」


「お腹・・・すいた・・・」


美月は固まる。


昼食から二時間しか経っていない。


だが。


テーブルを見る。


昼食摂取全量の記載。


実際には三割程度だった。


その夜。


美月は初めて春子の食事介助を最初から最後まで行った。


四十分。


一口。


また一口。


ゆっくり。


春子は普段より食べた。


結果。


七割。


いつもより明らかに多い。


美月は気付く。


食べられないんじゃない。


時間が足りないんだ。


翌日。


職員会議。


美月は報告した。


「時間をかければ摂取量は増えます。」


「春子さんはまだ食べられます。」


沈黙。


そして西田が聞く。


「何分かかった?」


「四十分です。」


西田は笑った。


疲れた笑いだった。


「昼食時。」


「利用者何人いる?」


「七十八人・・・」


「職員は?」


「六人です。」


「そう。」


会議室が静まり返る。


誰も反対しない。


誰も否定しない。


ただ。


できない。


それだけだった。


その時。


榊が初めて美月を見る。


彼女は春子を救おうとしている。


正しい。


間違いなく正しい。


だが。


その正しさを実現する仕組みがない。


会議終了後。


榊は施設の収支資料を見ていた。


職員を一人増やす。


年間人件費。


約四百万円。


二人増やす。


約八百万円。


昨年度利益。


百二十万円。


榊は資料を閉じる。


ようやく見えてきた。


問題は施設長でも。


主任でも。


現場でもない。


もっと大きい。


介護保険制度。


人材不足。


報酬。


誰も口にしない巨大な壁。


そしてその日の夜。


春子の居室で。


美月はあるものを発見する。


引き出しの奥。


開封されていない栄養補助ゼリー。


一本。


二本。


三本。


十本以上。


家族が差し入れたものだった。


記録には、


すべて摂取済みと書かれていた。


美月の顔色が変わる。


これは忙しさでは説明できない。


誰かが。


記録だけをつけている。


そしてその記録を書いた職員名を見た瞬間、


美月は言葉を失う。


そこにあった名前は、


大森恵子。


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