第13話 【余計なこと】
春子のむせ込みは続いていた。
昼食。
味噌汁を飲む。
むせる。
お茶を飲む。
むせる。
薬を飲む。
むせる。
佐藤美月は気になっていた。
ここ一週間。
明らかに増えている。
「誤嚥してるんじゃないかな。」
小さく呟く。
昼休憩。
佐藤は記録を見直した。
食事摂取量低下。
咳嗽あり。
夜間傾眠傾向。
発熱なし。
異常なし。
異常なし。
異常なし。
その言葉ばかり並ぶ。
違う気がした。
そこで佐藤は事故報告書ではなく、
ヒヤリハット報告を書いた。
【誤嚥リスク増大の可能性あり】
【食事形態見直し検討必要】
【看護師・主治医へ相談希望】
提出。
その日の夕方。
事務室へ呼ばれた。
大森がいる。
そして副主任の中村。
空気が重い。
「佐藤さん。」
大森が言う。
「この報告書だけど。」
佐藤は頷く。
「何か問題ありましたか。」
中村がため息をつく。
「問題はない。」
「でもね。」
嫌な予感がした。
「こういうの出す前に相談して。」
「え?」
「現場が混乱するから。」
佐藤は理解できない。
混乱?
利用者が危ないかもしれないのに。
中村は続ける。
「主治医へ連絡。」
「食事形態変更。」
「家族説明。」
「全部動くことになる。」
「・・・。」
「今の状態で本当に必要?」
佐藤は黙る。
必要だから出した。
そのつもりだった。
大森が口を開く。
「気持ちは分かる。」
「・・・。」
「でもね。」
「誤嚥リスクがある利用者なんて全員なの。」
佐藤は言葉を失う。
全員。
確かにそうだ。
九十代。
認知症。
脳梗塞後遺症。
パーキンソン病。
むせる人だらけ。
「一人一人全部精査していたら。」
「現場回らない。」
大森の声は冷たくない。
むしろ疲れていた。
佐藤は事務室を出た。
納得できない。
でも。
反論もできない。
夜勤。
春子の巡視。
眠っている。
静かだ。
あまりにも静かだった。
佐藤は胸騒ぎを覚える。
呼吸を見る。
ゆっくり。
少し痰が絡んでいる。
ナースコールが鳴る。
別室。
転倒。
別の利用者。
さらに別室。
排泄介助。
離棟未遂。
大声。
呼び出し。
佐藤は走る。
春子の部屋を離れる。
気付けば二時間後だった。
再び春子の部屋へ入る。
眠っている。
変わらない。
いや。
本当に変わっていないのか。
佐藤には分からなくなった。
翌朝。
夜勤記録。
佐藤は最後まで迷った。
【誤嚥リスクあり】
と書くか。
【変化なし】
と書くか。
ペンが止まる。
数秒後。
佐藤は書いた。
【経過観察】
その文字を見た瞬間。
胸が苦しくなった。
自分が一番嫌だった言葉を書いてしまった気がした。
そしてその頃。
榊真司のもとへ、
グリーンヒルズなごみについての
一本の内部通報メールが届いていた。
件名。
「この施設では利用者が静かに死んでいきます」




