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その夜、クラゲが光った ——水族館飼育員の娘が父の冤罪を晴すまで  作者: 一条信輝


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14話 宣言

 面会は十五分だった。

 佐藤が手続きをしてくれた。未成年者の面会には保護者か代理人が必要で、佐藤が代理人として申請した。弁護士にも連絡を取ったらしい。美月は何も頼んでいなかった。佐藤がすべてやっていた。

 面会室は狭かった。テーブルの向こうに父が座っていた。灰色の服。髪が少し伸びていた。顔色は悪かったが、目は生きていた。

「美月」

「お父さん」

 透明のアクリル板はなかった。テーブルを挟んで向かい合って座る形式だった。横に刑務官が一人立っている。

「ご飯食べてるか」

「食べてる。健太のお母さんが、週に二回おかずを持ってきてくれる」

「……そうか。ありがたいな」

「お父さんこそ。痩せた?」

「飯が合わないだけだ。大丈夫」

 大丈夫ではないことは、顔を見ればわかった。でも、美月は追及しなかった。十五分しかない。使い方を間違えるわけにはいかない。

「お父さん。ノートを持ってきた」

 美月はリュックからノートを取り出して、テーブルの上に置いた。刑務官が一瞬目を向けたが、何も言わなかった。佐藤が事前に弁護士を通じて許可を取ってあった。

「四十五日目まで記録した。事件の後も毎日通って、水槽の前でデータを取ってる」

「……そうか」

「お父さん。大事なことを言う」

 美月はノートを開いた。三十六日目以降のページ。グラフ。赤い点と黒い点。

「お父さんが逮捕されてからも、早い方向のずれが続いてる」

 父の目が変わった。

「四十日目。ピーク三分前倒し。バックヤードの音あり。四十三日目。ピーク四分前倒し。バックヤードの音あり。パターンは事件前と同じ。三日から五日の間隔」

 父はノートのグラフを見つめていた。指がテーブルの端を掴んでいた。

「お父さんがここにいる間も、ずれは続いてる。お父さんが原因じゃない。データがそう言ってる」

「……美月」

「照明だけじゃない何かが、クラゲの光をずらしてる。照明はLUNAログで説明がつく。でも、もう一つのずれは照明じゃない。夜間に水槽の環境が変わってる。お父さんが逮捕された後もそれが続いてるなら、お父さん以外の誰かが、夜に何かをしてる」

 父が息を吸った。ゆっくりと吐いた。

「データは確かか」

「四十五日分の記録で、早い方向のずれは十一回。うち九回でバックヤードの音を確認。お父さんが逮捕されてからの九日間で三回。パターンに変化なし」

「カルシウムイオン濃度は」

「朝と午後の検査では異常なし。でも、お父さん。ずれが出るのは夜。朝の検査では捉えられない。水は循環してるから、朝までに数値は戻る」

 父が黙った。五秒。十秒。刑務官が腕時計を見た。

「弁護士には」

「まだ言ってない。データが足りない。でも、もう少し集まれば、弁護士に渡せると思う」

「もう少しって、何が足りない」

「夜間に何が起きているかの直接的な観察。データのパターンだけじゃ、『偶然の一致かもしれない』と言われる。お父さんが言ったでしょう。わかっていないうちに声を上げると、データそのものの信頼性を疑われるって」

 父の口元が、ほんのわずかに動いた。笑みではなかった。もっと複雑な表情。娘が自分の言葉を覚えていることへの感情と、娘がそこまで踏み込もうとしていることへの恐怖が、同時にある顔。

「美月。危ないことはするな」

「しない」

「嘘つけ」

「嘘じゃない。事実を記録するだけ」

 刑務官が「そろそろ時間です」と言った。

 美月はノートを閉じて、リュックにしまった。立ち上がった。父も立ち上がった。

「お父さん」

「なんだ」

「クラゲの世話、してるよ。毎日」

 父が頷いた。唇を噛んでいた。

「ありがとう。——気をつけろ」

「うん」

 面会室を出た。廊下で佐藤が待っていた。壁にもたれて、缶コーヒーを持っていた。飲んでいなかった。

「どうだった」

「大丈夫。元気だった」

「嘘つけ」

 父と同じことを言った。美月は少しだけ笑った。


   *


 帰宅して、夕食を食べて、風呂に入って、自分の部屋に戻った。

 二十一時。健太に電話をかけた。

「健太」

「おう」

「張り込みする」

 三秒の沈黙。

「いつ」

「次のずれが出そうな日。前回から四日目。明後日の金曜」

「場所は」

「水族館の裏手。搬入口が見える位置」

「何すればいい」

「水族館の周りを外から見てほしい。中は私が行く。閉館後に展示ホールに残る。いつもと同じように」

「見つかったらどうする」

「見つかっても問題ない。毎日残って記録してる。いつもと同じだから」

「いつもと同じじゃないだろ。誰かを張ってるんだから」

「張ってない。記録してるだけ」

 健太がため息をついた。電話越しでもわかるくらい大きなため息だった。前にも同じため息を聞いた。

「お前さ、記録するのは得意だけど——」

「踏み込むのは苦手。前にも言われた」

「——今回は踏み込むんだな」

「うん」

 健太が五秒黙った。背景から野球中継の音が消えた。テレビを消したのだろう。

「わかった。金曜の夜、何時に行けばいい」

「二十時。水族館の裏手の、自販機のところで待ち合わせ」

「了解」

 電話を切った。

 ノートを開いた。証明計画のページ。①と②の下に、③を書いた。


 「③金曜夜、張り込み。バックヤードの音の正体を確認する」


 ペンを置いて、壁のオワンクラゲのポスターを見た。月明かりに照らされた透明な傘。

 お父さんは「危ないことはするな」と言った。危ないことはしない。ただ、見るだけだ。記録するだけだ。

 それがどれだけ危ないことなのか、美月はまだわかっていなかった。

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