第三十八話【芽吹き花開くその日まで】
ものすごくぼかしてますが中絶の描写があります。
苦手な方はご注意下さい。
そこは暗く、温かいぬくもりに包まれていた。
そのぬくもりは、何故かとても懐かしい感じがした。
小さな光がぽわぽわと浮かんでいて、そこにいるのを楽しんでいるようだった。
ぽこん、ぽこんと音を立て、その感覚がどこか心地良かった。
光は少しずつ大きく、強くなっていく。
動きも少しずつ緩やかになっていき、だがとても落ち着いているようだった。
その空間に亀裂が入ったのはちょうどその時だった。
壁を突き破って無数の棘が生えた茨のつるが、その光を捉えた。
逃げられないようにがんじがらめに巻かれでも尚、光は茨の中から逃げ出そうともがいていた。
そのような足掻きをものともせず、茨が光を捉えたまま上がっていく。
いやだ、やめて、ここにいたい
声にならない光の叫びが、聞こえたような気がした。
光が完全に見えなくなった時、ぽたぽたと雫が落ちてきた。
暗くてよく見えなかったが、何となく赤い色に見えた。
そして次の瞬間、白くて眩しい光がその空間を包み込み、何も見えなくなった。
『これが胎内から出てきた物ですが……どうしますか? 見ますか?』
その言葉に返答する声は聞こえなかった。
『はあ……ったく、これを廃棄物として処理する身にもなってくれよ……胸糞悪い』
吐き捨てるような小さなつぶやきが、聞こえた気がした。
小さな光が宛もなくふよふよと彷徨っていた時、黒とも白とも取れない光と出会った。
それに触れ合った時、光の中に何かが流れてきた。
『わたしが動けなくなった時に、沙夜の身に何かあったら、わたしは沙夜を守れない』
『ならば、その心はない方がいい』
『自分が悲しいとか、こわいとか思う心はじゃまだからいらない』
『わたしにひつようない心はいらないからすてる』
『そうしないと、わたしは沙夜を守れない』
『沙夜の事を守る為なら、わたしは、こんな心はいらない!』
それは見知らぬ人間が、誰かの為に手放した心だった。
それに光が触れた時、懐かしく心地良いぬくもりに包まれた。
そうだ、私は自分を大事にしよう。
この心があれば、何でも出来る。
私は、生きたい。
光が強く願ったその時、ゴシック調のドレスに身を包んだ少女が一人、地面に降り立った。
* * *
柔らかな光の中に、明日香は居た。
目の前には黒とも白とも取れない光の玉が浮いている。
それに手を伸ばしたその時、小さな手のような物が同時にその光に触れた。
「アリダ……あなたは、私の妹だったんだね……」
静かにそう言った明日香の言葉に、返す声は無かった。
「ただそこに、母さんの中にいたかっただけなのに……母さんがそれを許さなかった。産まれてくる前に、その芽を摘まれてしまったんだね」
父が居なくなった後、母が生きる為に男の人を相手にする仕事をしていたのは知っていた。
その仕事を選んだ理由の一つに、父の面影を求めていたのを知ったのは少し先のことだった。
その時に幸か不幸か、望んでなかった種が、母親の胎内で芽生えた。それがアリダだったのだ。
『そうよ、私は生きたいの!』
小さな手から声が聞こえた気がした。
よく見るとそれは、明日香の手の平に収まるぐらいの大きさのヒトだった。頭が大きく、細い胴体から更に細い手足が生えていて、それが明日香の目の前にある光を必死で掴んでいた。
『これは私が生きる為に必要な物……これとその身体があれば、私は生きられるの!』
小さなヒトの真っ直ぐな要求に、明日香は耳を傾けていた。しかしそれは違うと言うように、静かに首を左右に振った。
「あなたは生きてない。産まれてもない。……あなたが産まれるのは、今じゃない。その時が来るのを待つの」
静かに諭すようにそう言うが、それは聞く耳を持たなかった。光から明日香の手を退かそうと、小さな手が明日香の腕を掴んだ。
『これは私のよ! 捨てたのなら、私が貰ったって良いじゃない!』
明日香は何も言わなかった。
その通りだったからだ。
しかしそれは、かつての明日香にとってそうだった物。今は違う。
「……そう、これは私が昔捨てた物。あの時の私は、要らないと思ったから」
沙夜を守る為なら自分はどうだっていい。
そんな自分勝手な考えから大事な心を手放してしまった。
淡々とそう言いながら、明日香は光の玉を優しく撫でる。愛おしそうに、大切な物のように触れていた。
「でも、今の私には必要な物。これは、私が私である為の、大切な物なんだ」
沙夜を守る為と最もらしい言い訳をしながら手放した、自分を大事にする心。それを捨てたのは間違いだったと、明日香はようやく気付いた。
「……それに気付かせてくれたのは、あなただよ」
明日香は淡々と諭すが、小さなヒトは首を縦に振らず、駄々をこねるように横に振る。
こんな細い腕を振り払うのは容易いことではあったが、明日香にはどうしても出来なかった。
どうしたら手を離してくれるだろうと明日香が思案しながら静かにそれを見つめていた時、ふと小さなヒトの腕が光から離れ、身体が宙に浮く。顔をあげると一人の男性が、小さなヒトの身体を抱えていた。
「父さん……」
遠い昔に居なくなってしまった父親の懐かしい面影が、そこにはあった。以前母がロストになった時に明日香の前に現れた、あの時の父と同じだった。
「強くなったね明日香。いや、父さん達が強くさせてしまったのか」
小さなヒトを抱えたまま、父親が苦笑いしながら明日香に話しかけた。
「相変わらず、我慢が強すぎる。昔みたいに、もう少しわがままを言っていいんだ」
「……そんな事、無いと思うけど」
先の戦いで誠司に自分都合で色々頼んだのを思い出す。
明日香の考えてることがお見通しだったのか、父親がそれはわがままの部類に入らないと首を横に振った。
「まあ、父さんにはもう出来ないが、明日香がわがままを言える人には、甘えていいんだぞ」
「……これ以上言ったら、迷惑かけると思う」
「そんな事ない。もう少し自分を大事にしなさい」
父親が少しだけ呆れながら明日香の頭に手を伸ばす。
愛おしい我が子を撫でるその仕草が、明日香には少しくすぐったかった。
「この子は、父さんが連れて行く。だから明日香は何も心配しなくていい」
「……いいの?」
「当たり前だろう。母さんの子なら、明日香の妹なら、父さんにとっても大事な子だ」
不安そうに父を見上げる明日香に父親が朗らかに笑うと、それだけで温かい懐かしい空気に包まれた気がした。それに安心したのか、小さなヒトは父親の胸に身を預けて落ち着いているようだった。
「だから明日香は安心して行きなさい。……その代わりというか、父さんが頼むのも筋違いだとは思うが……、父さんの代わりに、母さんと沙夜を守ってくれるかい?」
それは、かつて父親と別れる時に言われた事と同じだった。あの時の明日香には重荷になっていたが、不思議と今は重くなかった。
明日香は頷こうとして、少し考えて軽く首を振り、もう一度顔を上げて父親を真っ直ぐ見つめた。
「……うん。あすかはひとりじゃないから、大丈夫」
にこりとあどけない、自然な笑みで笑う明日香の頭を、父親がぽんぽんと軽く叩いた。
「例え見えなくても、感じなくても……父さんは、明日香達のそばにちゃんといるからな」
「うん、分かったよ父さん……」
明日香が自身の頭を撫でる父親の手にそっと触れると、父親は小さなヒトを抱えたままそっと明日香を抱き寄せる。頭を撫でていた手が背中にまわり、ぽんぽんと軽く叩いてからスッと離れた。
そして小さなヒトを抱え直すと、手を振りながら光の中に消えていった。
* * *
閉鎖病院の廊下に、複数の大人の足音がひしめき合う。
中を調査していた現地対策班の職員の一人から、結界があって入れなかった最後の部屋に入れるようになったと連絡を受け、章吾達は早く駆けつけたい一心で急いでいた。
章吾が勢いよくドアを開けると、そこには憔悴しきったセイバー達がいた。
和真と杏がそれぞれロストファクターだった子どもを抱き抱えて座り込んでいる。
壁の近くでは空美が髪から水を滴らせながら、小さな身体で沙夜を床に落とさないように抱えて座り込んでいた。
美琴は章吾達が入ってきても振り向かず座り込んだまま俯いており、奏が大事な物に触れるように美琴を抱きしめている。
その部屋の奥に誠司がいた。
章吾が静かに歩を進めながら誠司のそばに辿り着くと、誠司の腕の中に何かがある事に気付いた。
壊れ物を扱うように、優しく大事そうに抱えている彼の腕の中にいたのは明日香だった。
目立った外傷の無い誠司達とは違い、腕と肩には何かに刺されたような大きな傷があり、そこから止まりきってない血が細く流れている。気を失ってる彼女の目は硬く閉ざされていて、目を覚ます様子はない。
明日香の左手から、原型を留めてないぐらい粉々に砕かれた水晶の欠片が零れ落ちていた。
バトル終了。
頑張ったな自分。お疲れ様でした。




