第三十九話【つくつくと 蝉の声聞く 夏の暮れ】(一)
昨日の慌ただしさが嘘のように静かだった。
DSIの職員達がロストの救助で怪我をした際にお世話になる病院は、いつもより搬送された患者が多く昨日の夜はてんやわんやしていた。
しかし意識障害や気分障害を訴えた現地対策班の職員達も、一晩入院すれば朝には容態が安定したようで、一部を除き殆どの職員は退院手続きを終えていた。
誠司達は致命傷を負ったものの入院はしなかった。沙夜の回復の効果が大きかったのかかすり傷程度で済んだからだ。しかし明日香だけは意識が戻らなかったのと肩と腕の傷が目立ったのもあり病院に送られた。
明日香が心配だったので誠司達他のセイバーは全員DSI東京本部の仮眠室で一晩過ごし、次の日身支度を整えてから様子を見に行こうと明日香が入院している病院を訪れていた。
杏は閉鎖病院の調査と中央のお偉いさんの相手をするということで、ここに居なかった。大勢で押しかけては病院側に迷惑だろうと配慮したのもある。
「傷が治らないって……そんなに致命傷だったのか……?」
一般病棟の電子扉の前で、誠司は息を飲んだ。
明日香と面会をする為に受付で手続きをしようとした時、明日香は面会が出来ない状態だと守衛の男性に言われた。納得が出来なかった誠司達は明日香が入院している一般病棟の電子扉の前まで来たのだ。
普通だったらここで手続きした時に受け取るカードキーを使って入るのだが今回は入れない。だがこの中に章吾がいるという事を予め知っていたので、章吾に事情を聞く為にここまで来たのだ。
誠司達の目論み通りちょうど扉が開き、中から章吾が出てくる、その章吾を問い詰めて明日香の容態を聞いた誠司は、信じられないと言ったように章吾に聞き返した。
「傷って、明日香の肩と腕にあった刺し傷だろ? あれが未だに治ってないって事は何かあったんじゃ」
「いや、傷自体はそこまで深くないし、命に別状は無い」
「じゃあどうして……! 私達セイバーは、コアの治癒力で傷の治りは速いはずなのに……っ」
章吾の返答を聞き、美琴も誠司に加勢して食い気味に聞く。
セイバーが持つコアは所有者の治癒力を高める力がある。故にロストの戦闘で外傷を負ったとしても一晩経てばほぼ治ってるのがセイバーの間では常識だった。
それは明日香も例外では無く、今まで受けた傷はすぐに完治していた。
美琴の言い分に章吾は、苦虫を噛み潰したような表情をした。
「その明日香のコアなんだが、原型を留めないぐらい粉々に砕けてるんだ。おそらく明日香の今のコアにその力は無い。治癒能力の向上が期待出来ない以上、体力が回復するのに相当時間がかかるそうだ」
章吾がポケットに手を滑り込ませ、小さなビニール袋を取り出す。中にはキラキラと輝く透明な硝子のような欠片が入っていて、袋の中で欠片同士がぶつかり合いシャラシャラと細かい音を立てていた。
一目見ただけでは、これが明日香のコアだと言われなければ分からない。それぐらい原型を留めていなかった。
「何をしたかは分からないが、頑丈なコアがここまで砕けてるんだ。加えて二度目のロスト化。……考えたくないが、診察をした医師曰く、いつ目が覚めるかも分からないらしい」
「そんな……っ」
誠司は言葉を失う。
今までロストになった人間は皆、日常生活に戻っても尚DSIの監視の目が光っている為、二度目のロスト化はしたことが無い。二度もロストになったのは明日香が初めてだった。
ロスト化は心身共に強い影響を与える為、二度もなったとなれば何かしら後遺症が残っても不思議では無い。コアの治癒力が期待出来ない以上、明日香の回復は一般人と同じか、或いはそれ以下であると推測出来る。見た目以上に明日香の身体は相当なダメージを負っている可能性が高かった。
不意に電子扉が開き、白衣を着た男性が章吾に声をかける。
話があるからと章吾が誠司達に軽く手を振り、再び男性と共に電子扉の中に入って行った。
「行こうぜ」
電子扉が閉じた直後、奏がくるりと踵を返す。
それに美琴は面食らいつつも奏の肩を掴んだ。
「ちょ、ちょっと奏……」
「ここにいたって、俺達に出来ることは何もねえだろ」
それだけ言って自身の肩を掴む美琴の手を掴んで下ろすと、奏はそのまま振り向かずにエレベーターへ向かって行った。
美琴が戸惑っていると今度は和真が美琴の後ろから肩を叩く。
「和真君……」
「奏の言う通りだ。それに……今はそっとしておいた方がいい」
和真が察するように視線を向けた先には、電子扉を見たまま動かない誠司がいた。
今の誠司になんて声をかけて良いか分からない。
美琴は誠司のことが気になりつつも和真に促され、共に奏の後を追った。
静かな足音が遠ざかって行く中、誠司は電子扉に手を伸ばす。拳を握り力任せに叩くと、鉄の塊から響く重い音が誠司の鼓膜を刺激した。
「……待つことしか出来ねえのかよ……っ!」
誠司はそのまま電子扉に身を任せるように体重をかけ、拳に額を当てた。
この先に明日香がいる。
しかし今は会うことすら出来ない。
どうする事も出来ない積み重ねが、誠司に苛立ちを募らせていった。
* * *
エレベーターから出て病院の出入り口に向かう途中、空美が美琴達を見つけて駆け寄って来る。
DSIの仮眠室で未だ目覚めない沙夜が気がかりだと、美琴達に同行せず残った彼女だったが、今は一人でここにいた。
「あ……沙夜ちゃん、さっき目覚めて、……お姉ちゃんはって聞かれたから、うちが様子見てくる言うて、それで……」
「そっか……」
「それで……明日香さん、どうやった……?」
何かを察した空美が恐る恐る伺い、和真が今あったことを掻い摘んで説明する。説明を聞きながら空美は「そっか……」と小さく呟いた。
そしてギュッとコアを握りしめ、祈るように目を瞑る。少しして目を開いて、遠慮がちに口を開いた。
「……大丈夫や。明日香さんの魂は、まだここにある」
どこかうわ言のように呟かれたそれは、そうであってほしいという希望も含まれていたのかもしれない。
しかし空美は顔を上げ、和真、美琴、奏をじっと見つめながら続けた。
「明日香さんの魂は、明日香さんの身体から離れてない。だから……大丈夫や」
そう言いながら空美の目は少し泳いでいて、どこか迷いが見て取れた。美琴が何か言いたそうに口を開いて、しかしすぐに閉じる。それに気付いてたかは定かでは無いが、空美が「せやから……」ともう一度口を開いた。
「……ちゃんと目、覚ますよな? なあ和真、明日香さん、ちゃんと目え覚ますよな?」
その言葉に是を唱える答えは返って来なかった。
「なあ、なんとか言ったってや……っ」
口を閉ざす和真と美琴に空美が、潤みを含ませた声で絞り出すように言う。
病院の雑多なざわめきが聞こえる中、落ち着きのある低い声が静かに響いた。
「……言霊と、いうものがある」
その言葉に空美がハッとして奏を見る。
雫が零れ落ちそうな目を見開いてじっと奏を見ると、奏は目線を逸らさず空美の顔を見ながらもう一度口を開いた。
「願うなら、そう言葉にするといい」
それだけ言うと奏は歩き始め、振り返らず空美の横を通り過ぎて出入り口に向かう。
その背中を空美はじっと見つめながら、手の甲で目元を強く拭った。




