第三十七話【一縷の薔薇が散り行く時】(二)
背中に刺さった何かに気付いた時には、胸から鋭利な刃が生えていた。
それはアリダの叫び声に気を取られよそ見をしたリリカの身体を貫いていた。
その刃の持ち主が、自分が今まで敵対していたセイバーの一人だと気付くのに時間はかからなかった。
胸から突き出した刃が、自身の源である薔薇の形をした黒い結晶を貫く。それが砕けて四方八方に飛び散る時、リリカを中心に風の渦が発生した。
奏がリリカに刺さった刀から手を離し、リリカのそばに居たロストファクターと共に飛ばされる。二人を美琴が鉄扇で風を調節しながら丁寧に下ろした。
地上に降りた直後美琴の盾になろうとした奏の肩を、美琴が抑える。
「一人で背負わないで……私もいるんだから……!」
美琴が奏を自身の前から退かそうとしたその時、二人に黒い結晶の欠片が降り注いだ。
* * *
少女の母親は、片付けの出来ない人だった。
テーブルの上には処方箋から零れた錠剤や食品の乾燥剤、ボタン電池が常に散らばっていた。
浴槽の蓋もよくあいていて湿気がこもることも多々あった。
『次のニュースです。今日午後、みなと市内のマンションで、6歳の男の子がベランダから転落しました。警察によりますと、今日午後3時頃、みなと市桜台のマンション5階の部屋から、男の子が転落したと近隣住民から通報がありました。男の子は病院に運ばれましたが、まもなく死亡が確認されました』
テレビから淡々と事実を報道するニュースキャスターの声が流れる。自分と同じくらいの子どもが亡くなったという内容で、少女は自然とそのニュースに釘付けになった。
『警察が現場を調べたところ、ベランダの手すり付近に段ボール箱が積み重ねられており、男の子がそれを足場にして手すりを乗り越えた可能性があるとみて、詳しい状況を調べています』
ふと少女はベランダの窓に目を向ける。
そこには先日届いた荷物が入りっぱなしのダンボールが積まれていた。階段状に積まれたそれは、ベランダの手すりにピッタリとくっついていた。
少女はベランダの窓を開け、ブカブカのサンダルを履いてダンボールのそばに行く。持ち上げるのに少々骨が折れるそれを一つずつ引きずってベランダから遠ざけ窓の方に移動させた。
「これならだいじょうぶかな」
少女はふうっと息を吐いて額に滲んだ汗を手で軽く拭いながら部屋の中に戻って行った。
月日が経つにつれ、少女は可愛らしくなっていった。
黒髪は絹のように綺麗で、唇は血潮のように赤く、肌は雪のように白かった。
「遺伝って凄いわねえ。あんたのその顔、ほんと羨ましいわ」
テーブルの上に鏡を置いて化粧をしている母親が、少女に恨めしそうな視線を向けながらそう言った。
少女と母親は血の繋がりが無い。
実の母親は少女が産まれてすぐ、父親は今の母親と再婚してすぐ、不慮の事故で帰らぬ人となった。
一度だけ二人の写真を見せてもらったことがあるが、美男美女の二人組の姿がそこにはあった。
言葉にすることは無いが今の母親よりも容姿は上だった。しかしそれは世間的に言えばという事で、少女にとって容姿はそれほど重要視する物では無かった。
それでも母親にとっては重要だったのだろう。それが理由なのかは定かでは無かったが、成長するにつれ自分は母親に好かれていないと、少女は何となく気付いていった。
それでも母親は少女の事をぞんざいには扱わなかった。
食事はきちんと出すし風呂にも入れる。服も必要なら買うし少しばかりのお金も渡す。
つまり最低限の少女の世話はしていたのだ。
だから少女は幼いながらに悟っていた。
生きられるなら、母からの愛情は無くて良いと。
生きられるならそれで良い。少女は必要以上の事を母親に求めなかった。
その日の夜、母親の帰りが遅かった。
普段なら既に帰宅して夕ご飯を食べてる時間だったのだが、その日に限って母親は帰ってこなかった。
もしかしたら仕事が終わらなくて時間がかかってるのかもしれない。そう思って少女はテレビを見ながら静かに母親の帰りを待っていた。
しかし今日は学校で体育の時間にマラソンをやってとても疲れていた。残っていた買い置きのお菓子も食べてしまったが、それでも少女は空腹だった。
何か食べる物は無いか。そう思った少女は台所の棚を開け閉めすると、ひとつの瓶を見つけた。
アーモンドやナッツが綺麗な金色に輝く液体に浸かっている、いわゆるミックスナッツのはちみつ漬けがあった。
「お母さんのだけど、一つだけなら食べてもいいよね」
怒られたらその時はその時だ。それよりも空腹をどうにかしたい。
少女の手は瓶の蓋を開け、中から一粒のナッツを取り出して口の中に入れた。
それは少女がナッツの香ばしさとはちみつの甘さを堪能しようとしてすぐのことだった。
身体の内側から焼けるような熱さがこみ上げる。
咳が止まらなくなり、はあはあと荒い呼吸が少女の口から零れ始めた。
焼けるような熱さが次第に身体の表面まで到達し、内側から刺すような痛みと痒みが少女を襲う。立つこともままならなくなりその場で倒れ込み、歪な赤いまだら模様が浮かび上がった腕を少女の目が捉えた。
その毒々しさに思わず少女は目を逸らす。しかし目を逸らした先にあったスカートから覗く足にもまた、腕と同じ赤いまだら模様が浮かび上がっていた。
あまりの気持ち悪さに少女は血の気が引き、徐々に呼吸が細くなりそのまま意識を失う。
コンビニ弁当が入った袋を下げた母親がドアを開けたのは、それから一時間後の事だった。
「ちょっとー、いるならいるって返事しなさいよ」
気怠そうな声でそう言いながら母親がリビングに入ると、そこには全身に赤いまだら模様の斑点が浮かび上がった少女が倒れていた。
近くの戸棚の下に、ミックスナッツのはちみつ漬けの入った瓶が落ちてヒビが入っていた。
『さて、本日のテーマは──食卓にも、公園にも、実はあなたのすぐ側に潜んでいる見えない毒、アナフィラキシーについてです!』
バラエティ番組の司会者の快活な声が、つきっぱなしのテレビから流れていた。
ふらふらと浮遊する少女の前に、ゴシック調のドレスに身を包んだ少女が姿を表す。
「貴女、私の妹に丁度良さそうね。これはお気に召してくれるかしら?」
そう言って少女の手から黒とも白とも取れないぼんやりとした光が生み出され、少女の胸の中に吸い込まれていく。
『お母さんは私より弟の方が大事なんだ』
『私もお母さんに愛されたい』
『でも貰えないものをねだるのも疲れちゃった』
『こんな気持ち、なくなっちゃえばいいのに』
知らない誰かの感情が少女の中に流れ込む。
そのぬくもりが、少女には心地良かった。
「貴女が必要なの。ねえ、私の妹になってくれない?」
ゴシック調のドレスを着た少女の甘い囁きにつられ、少女はその手を取った。
ニュースキャスターのニュース原稿と、バラエティ番組の司会者の台詞はAI(Claude)です。
こんな内容の事件のニュース原稿を作成してくれと、こんな内容のバラエティ番組の冒頭の台詞を考えてくれみたいな内容で作りました。
ここで区切るのもなあと思うので21時に続きをあげます。




