第三十四話【守り合いの連鎖】(三)
生暖かい赤い色の液体が、明日香の手の中からこぼれ落ちる。それが誠司の身体から流れた血であると理解が追い付いた時、明日香の胸が外から握りつぶされたように息苦しくなった。
誠司の手の力が抜け右手にあった銃がかしゃんと音を立てて落ちた時、グラサイトがなるほどといった素振りで軽く首を縦に振る。
「ああ、あの瞬間転移する能力を使ったんですね。しかしあの至近距離でリリカの毒を食らって、よく動けましたね」
「抗体でも出来てたんでしょうか? こうする為に生かした訳では無いのですが」
「こちらにとっては嬉しい誤算だわ。おかげで明日香が更に絶望した顔が見れたもの」
好き勝手な事を言うアリダ達の言葉が、明日香の耳から耳へ抜けていく。誠司の背中に突き刺さった茨のつるが抜けると、そこから更に血が勢いよく溢れ出した。
「せい、じ……なんで……」
明日香は呼吸が上手く出来ず、声も固まって上手く出せない。
か細い声でそれだけ言うと、誠司の口から乾いた笑いが漏れた。
「っ、はは……っ、その言葉、そっくりそのまま返すぜ……」
どこかで聞いたような言葉を紡ぎながら、誠司が重い頭を上げて明日香の視線を合わす。額に脂汗が滲み出てるが、誠司の目は笑っていた。
「お前だって……あの時、似たようなこと、したじゃねえか……」
明日香には誠司の言ってることが理解出来なかった。
しかし誠司の脳内にはあの日、明日香と初めて会った時、明日香がロストから自分を庇い腕から血を流しながらもしっかり立ち、誠司の盾になると言ったあの姿が映し出されていた。
明日香の右肩を掴む誠司の左手が明日香の首に回り、もたれ掛かるような体勢になる。はあはあと荒い呼吸を繰り返しながらも、誠司は言葉を続けた。
「でも……これで……あのと、きの……借り、は……返せ、たな……」
そう言って笑った直後、誠司の頭が下に落ちていく。
明日香の目の前で倒れ気を失った誠司の背中からは、温かな命が止まること無く静かに流れ続けていた。
「せい、じ……や……まって……」
明日香は呆然と気を失った誠司を見つめる。
左手から零れた血が、ぽたりと誠司の頬に落ちた。
唐突に、明日香はあの時見た夢を思い出した。
暗闇の中、誠司がいくつもの棘に刺されて倒れるあの夢を。今まで忘れてたのにどうして今になってそれを思い出すのかと、明日香は微かに震えながら苛立ちを覚える。
しかし、
もう誠司は助からない。
そう思ってしまった。
そう思ってしまったから、明日香の思考は停止した。
「せっかく生き長らえた命を投げ捨てるなんて、馬鹿な人ですね」
「ええそうね。でも……これで邪魔者は消えたわ」
リリカの冷たい声にアリダが答えた後、再びアリダが腕を上げる。
再び明日香目掛けて茨のつるが伸びていく。
あと少しで明日香の身体を茨が貫く。誰もがそう思った時だった。
明日香の目の前で、バチバチと稲光が走る。
それが茨のつるを攻撃し、つるは焦げて粉々に砕けていった。
明日香はそれに見覚えがあった。
それは、DSIの職員達が時間を惜しんで作り上げた、対ロスト用の電気ネットだった。
初めてロストと対峙してセイバーの力を得たあの時の記憶が明日香の中で蘇る。
だがしかし、なんでこれが今発動したのだろう。
これはセイバーとしての力が無いDSIの現地対策班の職員達が、自分達をサポートする為に作った物だ。セイバーとしてコアをギアにして、ニードルを壊すことが出来る自分達には必要の無い物だ。
つまりこの場にいるセイバー達は誰も持ってないはずなのである。
電気ネットの電気が全て放出したのか、ばらばらと崩れ落ちていく。
状況が飲み込めない明日香に向かって、再び茨のつるが彼女に襲いかかる。
明日香目掛けて一直線に伸びるそれを、今度は無数のロープが縛り上げた。
誠司の通う学校でドラゴンのロストと対峙した時の物と似ているそれが、つるを縛り上げそのままロープで縛り上げてつるがちぎれていく。ばらばらと崩れるそれに目を向けた時、小さな人影が明日香の前に現れた。
「……あら、いつの間にこんなねずみが居たのかしら? 全然気付かなかったわ」
アリダの呆れた声が聞こえる。
その小さな人影を見た明日香は、心臓が止まりそうになった。
自身の前に立ちアリダ達の前で両手を開いて立ちはだかるその人物は、明日香が一番よく知っている人物だった。
しかし、それはここには絶対に居ないはずの人物だった。
その絶対が茨のつると共に崩れ落ち、明日香は頭が混乱した。
「沙夜……?」
明日香は目の前にいる、自身の最愛の妹の名を口にする。
沙夜はその言葉に振り向くことなく、じっと正面のアリダを睨み続けていた。
さっきの電気ネットやロープは沙夜がやったのだろうか。どうしてここに、どうやってここまで来たのだろうか。疑問が山ほど答えが出る前に湧き上がっては、明日香の思考の邪魔をする。
しかし沙夜は毅然として両腕を横に伸ばして、明日香の盾になるように立っていた。身体のサイズに合ってないぶかぶかの黒いジャケットの裾が、ふわりと風で舞った。
「沙夜……何してるの沙夜、逃げて!」
やっとの思いでそれだけ言えた明日香の叫びを、沙夜は拒んだ。
「嫌だ!」
「お願いだから沙夜、私の言うこと聞いて」
「嫌だったらやだ!!」
まるで幼子が駄々をこねる様に沙夜は嫌を繰り返す。
両手を横に伸ばした体勢のまま、沙夜の背中はふるふると震えていた。
「もう嫌なの……沙夜がいないところで、お姉ちゃんが傷付くのが嫌なの……!」
小刻みに震える沙夜の口から出た言葉は、水で濡れている声だった。
きっとアリダ達の事も怖いに違いない。しかし沙夜は逃げること無く、その場から動かなかった。
「沙夜だって……沙夜だって……お姉ちゃんを守るんだから!!」
沙夜が叫んだのとほぼ同時に、アリダが腕を前に伸ばした。茨のつるが、今度は沙夜目掛けて伸びていく。
それが沙夜の身体を貫こうとして、明日香が声にならない叫びをあげた時だった。
沙夜の前で何かが強い光を発する。
突然の眩い光に明日香は勿論、沙夜も、アリダ達も思わず目をつぶった。
徐々に目が光に慣れていきゆっくりと目を開き、目を細めながら明日香は沙夜を見つめる。
そしてよく目を凝らした時、沙夜の前に薄桃色の玉が浮かんでいるのが確認できた。
明日香達の持つコアによく似たそれが、沙夜の前で宙に浮きながら光を発し続けている。
それに沙夜が恐る恐る手を伸ばし、手に取った次の瞬間、更に眩い光が沙夜の手の中から溢れ出した。
明日香は目を開けることが出来ず思わず顔を下に背ける。光が少しずつ小さくなっていくのを感じ取り、明日香はゆっくりと顔を上げた。
沙夜の手には、大きな玉が先端に付いたステッキが握られていた。
大きな玉は先程明日香が見た、コアに似た小さな玉と同じ薄桃色で、柄の部分には小さな紫と白の花が合わさった花の装飾が緩く巻きついている。
まるで魔法少女が持つような可愛らしいステッキが、沙夜の手の中で握られていた。
沙夜は明日香のきっかけと行動理由だけのお荷物にはしたくなかったのでどこかで活躍させる予定でした。
ピーチ姫にはしたくなかったのでしごできな感じになってしまいましたが、明日香の妹なので、彼女に似てしっかり者なのです。




