第三十四話【守り合いの連鎖】(二)
閉鎖病院の中は静かだった。
明日香達セイバーがロストとシェイドを何組か倒したという情報が入ってから、少しずつ病院内に入れるようになってきている。
しかし淀んだ空気を全て取り除くことは出来ないのか、結界の瘴気に当てられたDSIの現地探索班の職員が廊下で何人か倒れていた。
それを横目で見ながら静かに歩いてる少女がいた。
抜き足差し足忍び足と、静かに足を一歩ずつ前に出して歩くその姿はどこかおぼつかない。しかし少女が歩を止めることはなく、一歩一歩着実に前に進んで行った。
羽織ってる黒いジャケットはぶかぶかで、サイズが合ってるようには見えない。フードを目深に被り、時々それを上げて視界を軽く確認するという行為を繰り返していた。
倒れてる職員達は目や頭を抑えながら俯いている。少女が彼らの目と鼻の先にいて目の前を横切っているが、少女の存在には気付いてない様子だった。
空気が少しだけ澄んでいるのか、日の当たりはそれなりに良い。傾いた西日が強く照らす渡り廊下を進んでいく。
少女がそれを渡り切って突き当たりを曲がった時、どこからかガタンと大きな音が響く。ビクッと肩が跳ねてジャケットが両肩からずり落ちたのを、少女は慌てて着なおした。音に驚きつつも叫ばなかったのは不幸中の幸いだろうか。もし声が出てたら少女に気付く人は居ただろう。
「……沙夜はかくれんぼの名人、沙夜はかくれんぼのプロ、沙夜はかくれんぼが得意、よしっ」
小声で自身に言い聞かせるようにそう呟くと、少女、沙夜は拳で軽くガッツポーズを取り、先を急ぐように再び歩き出した。
* * *
倒れたまま動かない誠司達を見て、明日香は呼吸をすることも忘れるぐらい硬直していた。
自分が居ない間に何が起きたというのだ。
普段は進んで戦闘を仕切ってる杏と和真も倒れていて、起きる素振りは全くない。
特に杏が倒れている場所はまるで血で出来た水溜まりだった。
助かる助からないの次元では無い。生きてるか死んでるか、生死が分からないレベルだ。
和真から少し離れた所にグラサイトがいる。大きな黒いトカゲが細い舌を出し入れしながら威嚇しており、グラサイトが余裕の笑みを浮かべていた。
その少し離れた所には奏が倒れていて、美琴が覆い被さるように倒れていた。そして誠司も二人のすぐそばで倒れていて、動く気配はない。
よく見ると、美琴の足に赤い斑点が浮き上がってるのが見えた。三人から少し離れた所にリリカが杖をついて立っている。
恐らく至近距離からリリカの毒林檎の攻撃を受けたのだろう。あの毒を解毒するには、章吾達が作ってくれた解毒剤が必要だ。
しかしその解毒剤はもう手に入らない。誠司に解毒剤を渡した直後、それを作ったドローンはリリカによって破壊されたからだ。
もっとも、無線機もどこかに無くしてしまったので今の明日香には章吾達に連絡を取る手段が無い。
何も打つ手はなく、八方塞がりだ。
状況が追い付かない明日香をアリダが見逃すはずがない。明日香の身体に四方八方から伸びてきた茨のつるが巻き付き、彼女の動きを封じた。
「どお? 貴女の言ってた仲間が見るも無惨な姿になった感想は?」
「…………っ!」
眉間に皺を寄せながらも明日香は前を向きアリダを睨みつける。茨の棘が足に、胴体に食い込み明日香を引きずり下ろし、明日香の膝を地につける。明日香は痛みに歯を食いしばりながら耐え、コアに戻ってしまった水晶を握りしめた。
どうにかしてコアを弓に変えてつるを破って自力で逃げ出そうと考えたがそう簡単に行く訳もなく、水晶は明日香の要望に答えることなく沈黙を貫いていた。
「貴様がアリダ様の所に行ってすぐの事だ。私達に一泡吹かせる事もなく、呆気なく散っていったな」
「嘘だ! 私はともかく、杏さんや和真さんがそう簡単にやられるはずない!」
「信じないのは自由ですが、これが現実です。自分に都合がいい事だけを信じるおめでたい頭を持つと、辛いだけですよ」
「いい加減認めたらどう? 仲間なんて居ない、あなたは独りだってこと」
グラサイトとリリカが畳み掛け、アリダがとどめを刺す様に冷たく言い放つ。明日香はギリッと奥歯を噛み締めるだけで何も言えなかった。反撃も何も出来ない状況でただ叫ぶのは、負け犬の遠吠えのようなものだ。目の前の光景から背けるように、思わず目線が下に落ちる。
「あっははは! 怯えちゃって可愛いわね。これこそ乗っ取りがいがあるってもんだわ!」
アリダが高笑いしながら腕を上にあげ、勢いよく前に出す。
太い茨が明日香の身体の中心を貫こうとしたその時だった。
突然黒い影が、明日香の前に立ちはだかる。
その影が明日香に覆いかぶさり、力強く明日香の身体を包み込んだ。その正体が何なのか明日香には分からなかったが、心地よい安心感があった。
「でたらめいってんじゃねえよ……おまえはひとりじゃない……!」
明日香の右肩をこれでもかという強さで握りしめ、誠司が声を絞り出すように叫んだ。
直後、誠司の右肩がずるりと下がり、明日香は咄嗟にコアを握ったままの左手を彼の脇の下に入れて彼の身体を支えようとする。その時背中に回った拳が、生暖かい何かに触れた。
「せい、じ……?」
どうして誠司がここにとか数多の疑問が明日香の頭に溢れるが、そんな事は今の明日香にとっては些細なことだった。しかし、手に触れたそれからは思考を逸らすことは出来なかった。
明日香は恐る恐る左手に視線を移す。
握りしめられたコアである明日香の水晶が、左手と共に赤い色に染まっていた。
続きを21時にあげます。




