第三十二話【心の傷に向き合って】(三)
明日香を中心に、黒い渦が巻いていく。
それは彼女を瞬時に包み込み、あっという間に見えなくなった。
小人のロストが立ち向かうものの強い風がとぐろを巻くように吹いており中心部に近付けない。リリカとグラサイトも腕で顔を覆いながら距離を取っていた。
やがて風が止み、黒い渦も徐々にモヤのように薄くなっていく。
それらが晴れた時にその場所にいたのは、大きな薔薇の花だった。
一軒家ほどの大きさがあるそれは、以前明日香がロストになった時に誠司が見た花のロストと同じくらいの大きさだった。
緑色の太く茎からは、いくつもの触手めいたつるが伸び、獲物を捕まえようとうごめいている。その表面には一件目立たないようにつると同じ色の無数の棘が見え隠れしていて、狙った獲物を逃がさないような気迫があった。
一件すると以前誠司が見たロストに似ていたが、それとは決定的な違いがあった。
大きな薔薇の中心部分の幾重にも重なる花弁の奥、本来ならばおしべとめしべがあるはずの場所に、女性の上半身があった。
それは何も身につけておらず裸体だったが金色に輝き、光を纏うようにきらめいている。長い髪が生き物のようにうねり顔を隠していたので表情は見えなかったが、それはどこか、見覚えのある面影だった。
──アルラウネ。
以前、暇つぶしに触れていたソーシャルゲームに登場した、そんな名前のモンスターがいた。目の前にそびえ立つこのロストは、その姿によく似ていた。
しかし目の前のそれは全体的にアンバランスな形をしており、大きな薔薇の大きさに比べて上半身は小さく、普通の人間と同じくらいの大きさだった。
明日香が自身の胸に何かを刺した後その姿が黒い渦に飲まれ、その場所にこのロストが現れた。つまりこのロストの正体は、明日香だ。
(明日香……っ)
身体の奥底から熱い熱が止まることなく湧きあがり、内側から無数の棘で刺されてるような不快感が続く。そんな中誠司は顔を歪ませながらも首を持ち上げロストを見上げた。ぼこぼこに膨れ上がる皮膚から我慢し難い痒みが襲ってきていたが、誠司はそのロストから目を離さなかった。
「っ!? アリダ様の身体を、よくも!」
上空でリリカが杖を構え、その先端に力を集中させて何かを放つ。
無数の細長く鋭利な物がロストに降りかかる中、同時にグラサイトの肩に乗っていたとかげがロストの上に向かって唾を飛ばした。
それがロストの頭上で黒い雲となり、黒い雨がロストに降りかかる。しかしそれらの攻撃がロストを傷付けようとした時、ロストの身体が金色に輝き出した。
金色の光が鋭利な棘を、黒い雨を全て消し飛ばす。ロストの上部にいる女性が上を見上げた時に目が合ったのか、グラサイトが舌打ちをした。
「くそっ!? こうなったら怪物には怪物だ! いけ!」
グラサイトの掛け声に答えるように、かぼちゃのロストが口から無数の種を放つ。同時に小人のロスト達も飛びかかった。
ロストの女性の腕がスっと動き、腕が前に伸ばされる。それに合わせるように太くうごめいてるつるが一斉に動き、小人とかぼちゃのロストを捕まえるべく動き出した。
ロストを捕まえるべくあらゆる方向につるが伸び縮みする中、一本のつるが小さな何かに当たる。それにロスト達は愚か、リリカとグラサイトも気付くことなく上空に飛ばされた。
飛ばされた物体が落下したその場所は、誠司のすぐ側だった。
頑丈なプラスチックで保護されたそれは壊れておらず、咄嗟に誠司はそれに手を伸ばす。無我夢中でキャップを外し、鋭利な注射針を自身の足に勢いよく突き刺した。
刺してほんの数秒で、皮膚の表面の痒みと内側から湧き上がるマグマのような熱が引いていく。心臓の鼓動も徐々に落ち着いていき、肺も動かしやすくなっていった。
「げほ、ごほ……っ!」
ようやく取り入れられた酸素を勢いよく吸い込みむせたのか、誠司は身体をくの字にして咳き込む。顔の表面には毒の影響で出たまだら模様の赤い斑点が浮き上がったままだが、その表情には生気が戻っていた。
腕を立て誠司が身体を起こしたその時、ロストのつるの伸縮が止まる。見上げると小人のロストが七体全部、薔薇のつるに捕らえられていた。
ロストの女性の手のひらが力強く握られたその時、つるから鋭利な棘が飛び出す。ニードルに似たそれが小人達を突き刺したのか、全員同じタイミングで消えた。
「くそっ! まだだ、まだこいつが残ってる!」
グラサイトの声と同時にかぼちゃのロストが再び種を勢いよく吐き出す。それが薔薇のロストの上部、女性を攻撃する寸前につるが彼女を隠し阻止をする。ゆっくりつるが離れ、女性の腕がかぼちゃのロスト目掛けて伸ばされた。
刹那、つるの先端が鋭利な刃物のような形になってかぼちゃのロストに伸びていく。ロストが避ける間もなくそれが突き刺さり、ロストが真っ二つになった。
割れた先から黒く深いブラックホールのような物が現れ、そこから杏が勢いよく落下してきた。
「本宮さん!?」
硬い床に叩きつけられた杏が転がりながらどうにか体制を整え、目の前の薔薇のロストを見て舌打ちをする。同時に薔薇の上部にいる女性が悲鳴を上げ、つるを振り回し始めた。
つるは柱を、壁を、床を攻撃しいくつもの瓦礫が生み出される。柱から降ってきた瓦礫が誠司のすぐ側に落ち、誠司はびくりと肩を震わせた。
「明日香……もういい! ロストは倒した! もういいんだ!」
誠司は薔薇のロストに向かって叫ぶが、誠司の声は届いていないのかロストの動きは止まらない。その様子に誠司が呆然としてる中、杏が誠司に向かって叫んだ。
「誠司! ニードルだ! ニードルを壊せ!」
その言葉で誠司はハッと我に返る。同時にロストの上部、女性の上半身の胸部分に黒く小さな点を見つけガンブレードを構えた。
黒い点に銃口を定め、ロストに向かってガンブレードの銃を放つ。
弾丸が勢いよく飛んでいき、女性の上半身の胸部分を撃ち抜いた。
次の瞬間、薔薇のロストが黒いモヤに包まれて姿を消す。それが晴れた時、ロストがいたその場所には明日香が横たわっていた。
咄嗟に駆け寄ろうとしたかった誠司だが、毒がまだ抜けきってないからなのか足が思うように動かない。
強ばった膝を叱咤しながら立ち上がろうとしたその時、七つの黒い物体がどこからともなく出現し、一箇所に吸い込まれるように合わさった。
モヤに包まれながら形を成したそれは、最初に見た小人のロストだった。
七つに分裂してたロストが元に戻った。まだ倒されてなかったのだ。
ほぼ同時にかぼちゃのロストも二つに別れた物体が融合するように合わさって元に戻る。ロストを迎え撃とうと誠司がガンブレードを構え直そうとしたその時、バチッと光が弾けてガンブレードが黒い黒曜石に変わった。
「くそ、なんでだよこんな時に……っ!?」
誠司は思わず舌打ちをするが状況は何も変わらない。
明日香は倒れたまま動かないし、杏のギアもコアに戻ってしまったのか手元にバズーカは無く、奥歯を噛み締め二体のロストを睨みつけている。唯一動けた誠司もガンブレードがコアに戻ってしまった今、為す術がなかった。
丸腰になった誠司達を逃さんとばかりに小人のロストが武器を構え飛びかかる。動揺した誠司がその場に立ちすくんだその時だった。
突然鋭い光がどこからか飛んできて、誠司の肩をかする。刹那、誠司の身体が浮き後ろに引っ張られ、太い柱にに叩きつけられた。
衝撃で息が詰まる中、何が起こったか確認しようとして自身の肩を見ると、そこには水の刃が刺さっていた。
「ロストを人間に戻すにはニードルの破壊が不可欠。そんな常識も忘れたのかお前は」
心地良い鈴の音が響き渡り、淡々とした声が誠司の耳に入ってくる。
その声がした方に目を向けると、刀を構えた奏が肩越しに冷めた目で誠司を見上げていた。
同時に小人のロストが黒いモヤに包まれる。いつの間にニードルを破壊したのだろうか、完全にモヤに包まれる直前にロストの中心、心臓部分に鋭く光る水色の光が見えた。
少し離れた所から何かを切り裂いた鋭い音が響く。誠司がその方向に目を向けると、かぼちゃのロストに鋭利な槍が突き刺さって黒いモヤに包まれた所だった。
「美琴の目すげえな。ニードルを探す手間が省けたぜ」
和真が小さく口笛を吹きながら槍を抜いてロストから距離を取り、ロストが人間に戻ったのを確認してから未だその場から動かない杏の元へ駆け寄る。
「無事みたいで良かったぜ杏姉。今までの借り、これであらかた返せたな」
和真が杏に笑いかけながら手を伸ばすと、杏はその手を見つめてはっと短く笑い、和真の手を取りながら体重をかけて立ち上がった。
「調子に乗るな。まだまだ足りん」
「そうつれないこと言うなって。……とりあえず、明日香と誠司も大丈夫そうだな」
和真が安堵の笑みを浮かべながら全体を見回し槍を構え直した。
「間に合って良かった」
その直後に、安心した穏やかな声が聞こえる。誠司がその方向を見ると、美琴が明日香の身体を起こしながら微笑んでいた。
「美琴さ……」
「また無茶なことをして。あんなに取り乱した飛渡本部長の声、初めて聞いたよ」
よく分かってない明日香を他所に、美琴が苦笑いしながら明日香の腕を肩に回し、明日香に負担がかからないように身体を支えた。
いやー、王道だけどこの展開かっこいいですね。




