第三十一話【灰色の童話に刺す彩】(一)
混沌の淀んだ空気が渦巻くその場所で、誠司は冷たい床の上で倒れていた。
身体に力は入らず、呼吸をしようとする度に咳が止まらなくなる。それでも意識だけは手放さぬように気を張って前方を睨みつけていた。
その視線の先から目を逸らさずに、誠司は拳を握りしめて奥歯を噛み締めている。
(守るって、決めたのに……!)
自分で決めた事をこうも早く破ることになるとは思ってもいなかった。それは誠司だけでは無い。
だが今の誠司は、目の前の光景をただ指をくわえて見てることしか出来なかった。
* * *
視界の片隅で何かが飛んでくるのを察知して、明日香は後方に飛び跳ねる。息をつく間もなく反対方向からキラリと何かが光って勢いよくこちらへ飛んでくる。
それを誠司がガンブレードの刃で薙ぎ払うと、細かい粒子がキラキラと舞った。
「大丈夫か?」
「うん、ごめんありがとう」
明日香が手短にお礼を述べると、誠司は舌打ちをした。
「ったくなんなんだよあのロスト。いきなり七体に分裂するとか無茶苦茶過ぎるだろ」
誠司が恨めしそうに目を向けるその先には、小人の姿をしたロストがツルハシを抱えて二人の前に立ちはだかっていた。
リリカによってロストにされたそれは、大きさこそ誠司達より大きかったが二頭身の炭鉱夫のような格好をした小人の姿だった。それだけなら勝算はあると踏んで高を括ったのがそもそもの間違いだったのかもしれない。
明日香と誠司が攻撃体勢に入ってすぐ、ロストの身体は七つに分裂し、それぞれが意志を持って二人に襲いかかってきたのだ。武器はツルハシ、ハンマー、ノミ、シャベル等採掘で使用する様々な道具だったが、見た目は全て同じだった。
それだけでは無い。仮に一体を攻撃して消滅させてもすかさず別の個体が襲いかかってくる。しかもその個体を攻撃して消滅させてを七回繰り返しても更に七体の小人が目の前にいる。つまり消滅させた所でいつの間にか復活しているのだ。
スライムの弾丸で一体ずつ捕縛しようとしても駄目だった。弾丸が当たった瞬間に小人は消え、知らぬ間に復活をしている。
せめて色で分別出来ればまだ分かりやすかったのに、小人達の色はモノクロの世界から飛び出したかのように色が無かった。もっともそれは、リリカというシェイドも同様である。
「あの子、またあの杖構えようとしてる。多分そろそろ来るかも」
リリカが手に持つ木の杖が僅かに上に動いたのを確認した明日香が警戒しながら無線で小声で誠司に伝えた直後、小人が一体ツルハシを掲げて二人に向かって飛びかかってくる。
避けたその時、上空から赤い林檎が飛んできた。
『左斜め後ろ、四十五度!』
「よし、今度こそ!」
無線から聞こえた指示を聞いた誠司が、それを銃で撃つ。
《零距離転送弾》
二人の前から赤い林檎が消え、毒々しい紫色の煙が後ろの上空で充満していた。
『よくやった誠司! これで無事に採取出来た。案の定これには人体に悪影響を及ぼす成分が含まれている』
『簡易的ですが念の為解毒剤を作成します。それまでどうにか避けて耐えて下さい』
「やっぱりあれ、当たってたら危なかったんだ。さっき避けられて良かった……」
「やっと成功した。これで銃使うのムズいな……」
誠司が苦虫を噛み潰したような顔でガンブレードに目を落とす。ディオとの戦闘でようやく実戦で使えるまでにはなったものの、やはり使い慣れたいつもの銃とは勝手が違うようだ。
しかし章吾と研究開発班の職員の感嘆した声が無線機から聞こえ、二人は気付かれないようにほっと一息吐いてからすぐに戦闘態勢に戻る。
「ったく七体の小人といい林檎の形した毒といい、白雪姫かよ……」
誠司は心底嫌そうな顔で舌打ちをしながら悪態をついた。
リリカの姿も白いローブで隠されているとはいえ、よく見ると色の無い白雪姫の様な見た目をしている。だがやってることは物語の敵役である魔女と変わらない。
ちぐはぐな状況がかえって戦闘の集中を途切れさせ、誠司は苛立ちが募っていった。
誠司に同意するように首を縦に振った明日香の背後から何かが飛んでくる。
その殺気を感じ取りすんでのところで避け、反射で弓を引き矢を放つ。
「ちっ、器の分際で生意気な」
上空で留まっているグラサイトが明日香を睨みつけながら光の矢を避けた時、下から炎の柱が吹き上がった。それもひらりと浮遊して避けると今度は正面から炎が迫ってくる。
「貴様の相手は私だ」
太い柱を専用ブーツの吸盤で器用に登りながら、杏がバズーカを担いでグラサイトを睨みつける。
グラサイトの隣にはかぼちゃ型のロストがふわふわと浮いていた。
ロストが口をすぼめ、小さな細かい種のような弾丸を吐き出す。それをバズーカで消し飛ばした時、更に上空から黒い雨が降ってくる。留まっていては危険と判断した杏が柱を蹴って離れ落下しながらバズーカを真上に向けて発射した。
《|Freedom Burst》
巨大な火の玉が打ち上げられ、熱で黒い雨が蒸発して霧散する。その様子をシャンデリアの上に足をかけながら、グラサイトが眼鏡をかけ直しながら手の中にある懐中時計を軽く見て肩をすくめていた。
「おやおや、私の大事な相棒の攻撃がこうも簡単に消されるとは」
「大振りの技など私には届かん。出直してくるんだな」
蒸発した黒い雨が黒い霧となり、淀んだ空気がその場に留まる。
その中からグラサイトと、彼の肩に乗った大きなトカゲが金色の目を細めて杏を睨みつけていた。
杏がグラサイトと対峙してる所からそう遠くない場所で、シャベルを持った小人が明日香に向かって飛びかかる。それを弓矢を放って消滅させると、別の方向から小人が無数の赤く光る宝石をハンマーで打ち込んできた。
《光芒散華》
無数の光の矢が宝石に当たり、壊しながら四方八方に跳ね返って花火のようにその場で弾ける。
しかしその攻撃から逃れたひとつの宝石が強く光り、その眩しさで明日香と誠司は思わず顔を背け目をつぶった。
光が徐々に収まり恐る恐る片目を開けると、リリカが浮遊して銀色に光る林檎の球体を見つめながら話しかけている。
「鏡よ鏡、この世で一番アリダ様に愛されているのはだあれ?」
リリカの顔を映した林檎の球体が少しだけ光を放つ。
それを見つめたリリカがすうっと目を細めた。
「そう、それなら……」
リリカが銀の林檎から目を離し、地上にいる明日香を見下ろすと、
「あれがアリダ様の器になれば、私が一番になるわね」
低く冷たい声でリリカがそう呟いた時、ぞくりと明日香の背中に悪寒が走った。
リリカのギミックは比較的考えやすかったです。
分かりやすくてネタに使いやすいですよね。
次の文字数が少なめなので、続きを21時に上げます。




