第二十八話【お菓子の森の双子と魔道士】(一)
晴れ渡った青い空の下、チョコレート菓子の様な木の幹に身を潜ませた奏が注意深く周囲を見渡す。バシッと小さな物が幹に当たる音を捉えた直後、奏は飛び出し音がした方へ刀を振る。
《追時雨》
刀から水の刃が放たれ、小さな粒とぶつかり砕ける。砕けた粒が更に細かい粒子になり煙のように集まったそれが奏に降りかかろうとしていた。
「美琴!」
奏が叫んだ時、横から突風が吹き付けそれを吹き飛ばす。飛ばされた粒子が木に当たり、葉の表面に薄く氷が張った。
『奏、大丈夫?』
「ああ、助かった」
『良かった』
少し離れた所でもう一人のシェイド、リゼットと戦ってる美琴に無線機で短くお礼を言うと、奏は空中に浮いているルークに目を向ける。
「おっかしいなー。このぶきをつかえばまえよりもっとはやくおにいちゃんをねんねさせることができるとおもったんだけどなー」
リボルバーをくるくる手で回しながらルークが首を傾げる。リボルバーの銃口から一つ、自身の髪と同じ青い色をした玉を取り出しあーんと口を開け放り込む。カリカリと音を立てて食べながらニヤリと笑うルークに奏は眉をひそめた。
「同じ手を二度も食らうつもりは無いが、あいつと同じ武器ってのが腹立つな……」
色や形は違えどルークの持ってるリボルバーから誠司を思い出した奏は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
奏が誠司に対して風当たりが強いのは彼個人の問題である。全ての人間に平等に接することは不可能だが、それでも同じセイバーとしての仲間だ。共に行動して人となりを知りお互い悪い印象だけでは無くなったとしても、一度気に食わないと思ってしまった以上影がチラつけば意識してしまう。
「……ま、丁度いいサンドバッグだと思えば良いだけか」
奏は刀を構えルークに目を向ける。そして自身から湧き上がる苛立ちを切っ先に乗せ、ルーク目掛けて全力で走り跳躍した。
ビスケットのような石畳を走りながら、美琴は一瞬だけ後ろを向く。大きなロリポップをハンマーのように掲げたリゼットが石畳にそれを叩きつけ、壊れた破片が美琴の方に飛んでいく。
「おねえちゃんにげてないでわたしとあそんでよー」
きゃははとリゼットが笑いながらロリポップをバットのように構える。宙に浮いた破片をそれで打ち美琴目掛けて飛ばした。
咄嗟に振り返った美琴が鉄扇を振ると、鳥のような形の何かが飛び出した。
《燕返し・風走》
実体の無い鳥が石畳の破片に啄むようにぶつかり粉にして消えていき、その粉が舞う後ろから炎の玉が美琴目掛けて飛んでくる。コンマ数秒遅れた美琴が身動き取れなかったその時、上空から水の刃が雨のように降り注ぎ炎の玉が消えていった。
「ありがとう」
「どうってことない、さっきの礼だ」
近くに降り立った奏にお礼を言うと、奏が素っ気ない返事をして再びルークの元に飛んでいく。それを横目に見届けながら美琴は険しい顔をした。
(私も奏みたいに未来視が出来れば……)
奏は彼女の危機に瞬時に反応出来るのに対して、美琴は奏の声掛けが無ければ気付くことすら出来ない。龍神様の力ゆえだと分かっていても、その差が悔しかった。
美琴が叶わぬ願いを胸に抱くのを他所に、リゼットが頬を膨らまして口を尖らせる。その隣には今まで後方に控えていたロストがいた。大きな三角帽子を目深に被り身丈と同じくらいの大きさのローブに身をまとい、目だけ鋭い黄色に光らせた魔道士のような姿で美琴を睨んでいた。
炎の玉を放ったのはあのロストだ。見た目からして他にどんな攻撃をしてくるかがまだ予想出来ない分、油断は出来ない。
「むうー。せっかくマスターもあそんでくれてるのに、おにいちゃんのあのぶきじゃまだなあ」
リゼットが恨めしそうに呟いた時、美琴とリゼットが対峙してる少し離れた所で奏の刀がルークの胴体に触れる。そのまま刀が躊躇なくルークを切るが、彼の身体はぐにゃりと水飴の様に形を変えて歪み元に戻ってしまった。
「そんなんじゃぼくはきずひとつつかないよ」
身体を捻らせて回避したルークが反射でリボルバーを撃ち、その弾道を読んだ奏が紙一重で避けルークから距離をとる。
もう一度追時雨を放ち水の刃がルーク目掛けて飛んでいくが、それは軽々と避けられてしまった。
「こんなこうげき、よけるのもかんた──」
避けるのも簡単、そう言おうとしたルークの背中から何かが貫く。彼が目線を下げたそこは水の刃が刺さっていた。
奏が地面に降り立ち顔をあげる。
「流石に核が壊れたらどうしようもな……っ!?」
奏は刀を下ろしかけて、しかし目の前の光景に驚愕する。追時雨の軌道を曲げて死角からシェイドの核があると言われている心臓の部分を狙ったはずだった。
だがルークの心臓部分はまたぐにゃりと水飴のように変形し、空いた風穴はあっという間に塞がってしまった。
「だからいったじゃん、そんなんじゃぼくはきずひとつつかないって」
ルークがにやにや笑いながら、見下した目で奏を見下ろしていた。
それとほぼ同時刻、美琴が鉄扇を振り風の燕をリゼット目掛けて放つ。燕がリゼットの心臓部分に直撃した時、ぬいぐるみのような綿が彼女の胴体からぽふんと出てきた。
「あれあれー? まあいっか。これとーってもあまくておいしいんだよねー!」
リゼットが自身の身体から溢れる綿に手を伸ばし、綿あめのように頬張りながらニコニコと笑みを見せる。ルークと同じく核を狙ったはずなのに、核が破壊されたようには見えない。その異様な光景に美琴も言葉が出なかった。
『お前達の目の前にある二つのエネルギー体だが、こっちから観測した限りだと全て同じ数値だ。つまり分裂してても元は同じ個体だろうと推測出来る』
「じゃあもしかして、あの二人の核を同時に破壊しないと倒せないってこと?」
「くそっ、厄介だな……」
修一の分析結果に美琴と奏は互いに目を合わせ眉間に皺を寄せる。ただでさえ動き回って照準を定める事が困難な上にロストもいる。厳しい戦況の中二人は何か良い策が無いか思考を巡らせていた。




