第二十七話【斉天の少女は日陰を照らす】(一)
勢いよく助走をつけて飛び上がり、空美の身体がふわりと浮かぶ。そして足元が金色の雲に包まれたかと思うと、それに乗って浮遊し始めた。
如意棒も相まって、まるで中国の伝説に語られる存在のように。如意棒を自由自在に伸縮させる彼女に、狼が襲いかかってきた。
いつの間にか五体に増えた狼に囲まれた空美の腕が頭上で如意棒を回し、ピタリと止まる。
《不聞》
空美の口が何かを唱えた時空気がピリつき、五体の狼の耳に横に一筋の線が走る。赤い血が溢れのたうち回る狼達の中の一番大きな狼の正面に立ち、額に如意棒の先端をそっと当てる。
《不見》
刹那、稲妻のような火花が弾け狼が地上に落ちる。他の狼にも連鎖したのか顔を地面に擦り始め、一匹、また一匹と紙に戻っていく。
残ったのは大きな狼一体だけになった。おそらくロストであろうその狼が周りを確認するように首を左右に振りながら鼻を動かし、匂いで空美の居場所が分かったのか真っ直ぐに突進してきた。
それをひらりと躱し空中に逃げ、狼目掛けて急降下していく。
如意棒の先端が鼻先に当たったその時、
《不言》
金色の輪が現れ、狼の口元にはまる。
開かないようにしっかりと塞いだそれはギリギリと締め上げ、狼が逃げるように後退していく。それを空美の身体は追いかけていった。
『ずっと……見てきたから……』
和真の頭の中に声が流れてくる。
それはスカーレットとは違い、優しく、遠い記憶を呼び起こす声だった。
『おにいのこと……ずっと……近くで見てきたから……』
和真は確信した。
それは、かつて和真が守ると誓い、しかし病魔の手から逃れられず、和真から離れてしまった妹の声だった。
『だから……私も、戦えるよ……』
「穂乃花……?」
和真は震える声でかつての、たった一人の大切な妹の名を口にする。
身体を起こそうとして、鋭い爪で引き裂かれた激痛が背中を走り顔を歪ませながらも、和真は空美の姿を借りた少女から目が離せなかった。
頭では理解していた。コアに大切な人の魂が宿ってると空美から聞いた時から、和真のそれに宿ってるのは妹の穂乃花だということは。
だが最初から信じてた訳じゃない。だから理解したと思ってても、どこか話半分だったのかもしれない。
しかし今、和真の前でロストと戦ってるのは空美では無い。彼女は紛れもなく穂乃花だった。
コアに宿った魂が生身の人間に憑依するのは前例がないが、もしかしたら幽霊と交流が出来る空美だからこそ出来たのかもしれない。
すぐ近くに落ちていた自身のコアを手に取るが、今の和真のコアからは何も感じ取る事は出来なかった。
空美の身体が後退した狼に追い付き、如意棒で狼の足元を払い狼が体勢を崩す。ひっくり返った所であらわになったニードル目掛けて如意棒を突き刺した。
狼が黒いモヤに飲み込まれ、段々とそれが晴れたそこには一人の少年が横たわっていた。それを見届けた直後、少女の足元から金色の雲が消え、力を失ったかのようにその場で倒れた。
「くう!!」
激痛の走る身体に鞭を打って和真は空美に駆け寄る。空美を抱き起こし身体を揺するが、空美の目は開かなかった。
「おい!? しっかりしろ、くう……っ!」
和真が空美に呼びかけようとしたその時、和真の手の中が強く光る。その手を広げると、和真のコアであるヘマタイトが力を取り戻したように強い光を放っていた。
狼が耳に傷を負った時から、スカーレットは苦しみもがいていた。
ロストと視覚や聴覚をシンクロさせていたのが仇となって彼女自身の耳と目が使い物にならなくなっていたのだ。
「あああくそ! 腹が立つわ!? 切り離すのにこんな手間取るなんて……!」
ようやく視界が戻り、苛立ちを隠さないまま新しい紙を取り出そうとしたその時だった。
突然、彼女の目の前に和真が現れる。
スカーレットが反応する間もなく、彼の槍が彼女の胸を貫いた。
スカーレットの胸に咲いていた、黒い薔薇の結晶が粉々に砕かれる。
それらの破片がスローモーションのように止まったかと思った次の瞬間、和真目掛けて身体に突き刺さり、彼の目に飛び込んできた。
誰と戦うまでは決めてませんでしたが、このシーンは高校生の時には出来てました。
その頃から穂乃花ちゃんはずっとこの台詞だけ言ってました。
ようやく和真に会えて良かったねと感慨深い気持ちになってます。
文字数の割に情報量が多かったので、今日は1エピソードだけにします。
明日2エピソード更新予定です。




