第二十六話【互いの傷に触れ合って】(二)
地面に落ちた衝撃で少しだけ意識を飛ばした空美が、ゆっくりと目を開ける。徐々に視界がクリアになっていきよろよろと身体を起こすと、和真が少し離れた所で倒れていた。
遠くから良く見えなかったが、背中から赤い何かがにじみ出ているように見えた。その頭上にはステルス機能で姿を消していたドローンが姿を現し、二人を透明な壁で覆っている。
その壁を破ろうと狼が体当たりを繰り返していた。そこまで頑丈では無いのか薄く見えるそれは、今にもヒビが入って割れそうだった。
「か……和真……っ」
空美は和真に駆け寄ろうとして立ち上がり、しかし足が崩れて倒れた。足首に鈍痛が走る。折れてはいないようだが地面に落ちた時に変な方向に捻ったようだ。
すぐ近くに落ちている自身のコアを掴み、空美は重い身体を引きずるようにして腕だけで和真の方へ進む。額も僅かに切ったのか赤い水滴が少し多く流れるが気にしなかった。
「うちが……和真を守らな……」
痛みで歯を食いしばりながらも空美は前に進み、和真の元へと急ぐ。狼がドローン本体に気付くのも時間の問題だった。
「和真を守るんや……和真は、うちの恩人やから……」
* * *
「後藤さん、まさかこんな事になるとはなあ……」
「特殊詐欺のアジト突き止めたのに、ドア開けた瞬間爆発して、それに巻き込まれて……」
「しかも犯人の乗った車が検問してるとこに突っ込んで、そこで検問してた警官が後藤さんの奥さんでさらに巻き込まれるなんて、悔やんでも悔やみきれんわ……」
「いくら二人の仲が良いからって、何もこんなとこまで仲良くならんでよかったのに……」
「お子さん、まだ小さかったと思うんやけど」
「うん、あそこにおるよ。あの小さい女の子」
そこは焼香の匂いが立ち込める室内だった。
小声で会話をしている警察服に身を包んだ集団の一人が、黒いワンピースを身にまとって端にある椅子に座ってぼうっとしてる少女に目を向けた。
「空美ちゃん、これからどないするの?」
「親戚のとこ行くんやって。千葉やから転校言うてたで。うちの子、空美ちゃんと仲良かったから寂しがってたわ」
「え、後藤さんご家族とはずっと疎遠やって前に聞いたで?」
「お母さんの方の親戚やって。確かお姉さんって言うてたから……空美ちゃんの伯母さんにあたるんかな?」
「いきなり疎遠やった親戚に引き取られるなんて、空美ちゃん大丈夫なんか……?」
遺影に写る女性と同じくらいの年代の女性の集団が、不安そうな目で少女を見る。色々思うところはあっても、所詮は赤の他人だ。お節介の精神で何かをするには、多くの壁が立ちはだかる。
少女の、空美の親戚という者達以外の人全員が皆、空美の行く末を案じ不安そうな顔をしていた。
父の血縁の人は誰もいなかった。
空美の親戚を名乗った女性から聞いた話では、母の一族はその土地では名が知れているようである。
生前母は父に一目惚れをして慣れ親しんだ土地を離れ、父と一緒に大阪に来たと空美に話していた。しかし親戚から聞こえてきた小言から察すると、元々父と出会う前に母には親同士が決めた許嫁が居たらしい。
母から居ないと聞かされていたはずの祖母のような人が、空美を見るなり嫌そうな顔をしたのは記憶に新しい。
本当は親戚の家も行きたくないし、大好きな大阪から離れたくない。父と母を失った悲しみに加え、更に重く暗い今後の事が空美の小さい身体にのしかかっていた。
空美が幽霊になった両親を見たのは、親戚の家に来て少し経った頃だった。両親のいない心細さで着いて行った先に居たのは、ガラの悪い中年男性の集団だった。
後から知った事だが、どうやら父が追い詰めた犯人達は下請けという立ち位置で、その上にいる人物が空美がこの時出会った男達だったそうだ。父が自分達を殺したのはこいつらだと空美に言ったのはそういうことである。
その後の事は空美も曖昧で、気付いたら和真がいて、知らぬ間にコアが握られてて、和真から家族になろうと手を差し伸ばされた。
和真が初対面で縁もゆかりも無い自分にそのような突拍子もない提案をした理由はすぐに分かった。彼のそばで浮遊している少女がいたからだ。
だが親戚から離れたかった空美はそれを二つ返事で受け入れた。セイバーになったのも、今の環境を与えてくれた和真に恩返しがしたかったからだ。
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あと少しで和真の所に辿り着ける距離まで来た時、和真のコアであるヘマタイトに指先が触れる。槍から戻ってしまったそれが、僅かに光を発してることに気付いた。
触れたことにより光が少し強くなったのを見て、空美が僅かに微笑む。
「……あんたも、一緒に戦いたいんか……?」
空美がコアに話しかけると、それに答えるようにコアが更に強く光る。空美の口から、ははっと笑い声が漏れた。
「そっか……ほな、うちの身体、貸したるさかい……一緒に……戦お……」
空美が和真のコアを握ると、コアから強い光が放たれる。
刹那、とうとうドローンに気付いた狼によってドローンのバリアが破られた。
眩い光が和真の目元を明るく照らす。
それに気付いた和真が目を開きのろのろと顔をあげると、如意棒を高速回転させている空美がいた。狼が空美目掛けて突進してきたが、如意棒の回転によって生まれた風で吹き飛ばされる。
「くう……?」
和真が見上げて空美に声をかけると、空美は如意棒を両手で構え直しゆっくりと振り向き和真を見下ろす。
しかしその目は、空美だが空美ではなかった。
空美の笑顔はひまわりのようなハツラツとしているが、今の空美の表情は桜が舞うような儚さがある。
和真の戸惑いを他所に空美はふわりと微笑むと、走って狼の元に向かっていった。
主要の敵キャラと戦う展開は書き始めた後に考えたのですが、この展開は学生の頃に既に構想がありました。
(和真が戦闘不能になるのを空美がこの展開で打開するという流れ)
当時某霊媒師の王者を決めるバトル漫画にどハマりしてたんです。




