第二十六話【互いの傷に触れ合って】(一)
その日も和真は走っていた。
息を切らし汗だくになりながら全力疾走していた。
すれ違う人が心配と不審が混ざった視線を送る中、和真はそれらには目もくれずただ目的地に向かって走っていた。
ガラス張りの自動ドアを潜り受付で息も絶え絶えに目的地を伝え、認証カードを受け取るや否や、すぐ手前にあった階段を駆け上がる。
迷わず進み走り抜け、白い清潔なフロアに着いても足を止めない。走り続ける和真に白い服を着た女性が注意を促すが、和真は聞く耳を持たなかった。
とうとう目的地のドアの前に辿り着き荒い呼吸を繰り返しながらも勢いよく引き戸を開け、そのまままっすぐ進む。無機質なベッドに横たわり薄いニット帽を被り、酸素マスクを付けてはあはあと和真とは違う呼吸をしている小さな少女のそばに駆け寄った。
「穂乃花……おにいやったぞ! 見ろ! 金メダルだ!!」
肩で息をしながら和真は首から下げていた金メダルを取り、少女の前に差し出す。ユニフォームの下に入れ汗で身体に張り付いていたそれは、少し湿っていて所々水滴も付いていた。
少女の目がゆっくりと開き、霞んだ視界の中で金色に輝くそれを捉える。酸素マスクの中で口角が僅かに上がった。
少女の口が僅かに動いたのを確認し、和真は少女の口元に耳を傾ける。しかし何も聞こえないので目を向けると、少女の口の動きが見えた。
“おめでとう”
少女の唇がそう言ってるのが分かり、和真は少女の目を見る。クマが目立つ目元を緩ませて少女は微笑み、満足したように目を閉じた。
刹那、少女の身体に繋がっていたモニターから無機質なアラームが鳴り出す。耳障りなそれを発するモニターに目を向けると、一本の真っ直ぐな線の上にゼロという数字が浮かび上がっていた。
「穂乃花……おい、嘘だよな穂乃花……なあ、目を開けてくれよ穂乃花! おにいが呼んでるんだぞ! おい!」
和真の声が震え身体の力が抜け、金メダルが手から離れガシャンと音を立てて落ちる。床に膝を付き少女の手を握るが、その小さな手が和真のそれを握り返す事は無かった。
「和真……」
「何でだよ……っ約束したじゃねえか!! 今日の大会で俺は一番になるから穂乃花も頑張るって!! 俺と約束したのに……なんで……っ!」
顔から色んな水滴を流しながら和真は白い掛け布団を握りしめる。肩を震わせる和真の肩に、中年の男性が手を置いた。
「和真……穂乃花は頑張った。充分頑張ったんだ。だから最期にお前に会えたんだ……それだけで奇跡に近いんだ……っ」
「そんなの奇跡でもなんでもねえ! 奇跡ってのが本当にあるんだったらなんで穂乃花だったんだよ!? 穂乃花が何したって言うんだよ!!」
和真の拳が振り上げられ手すりに当たり、ガシャンと高い音を鳴らす。
男性の、和真の父親の手に力が入り、手の甲に水滴が落ちる。和真が悲しいのは痛いほど分かるが、少女は父親にとっても最愛の娘だった。
妻である和真の母親も泣き崩れて言葉が出ない。白衣を着た男性も歯痒い思いで和真達を見つめている。
和真の妹、穂乃花の人生はあまりにも短かった。
和真がセイバーになったのは、それから間もなくの事だった。妹を失った悲しみを引きずり意気消沈していた時にロストの騒動に巻き込まれ、その時コアが現れた。
妹を守れなかった代わりになるならという偽善でセイバーになる事を選び、戦い方を教わり、とあるロストを救出した時に一人の少女と出会った。
両親の仇を見つけた時に気持ちが爆発してロストになってしまったその少女は、天涯孤独の身だった。更に感情が爆発した時に突如現れたコアを握りしめ泣きじゃくる少女の姿が、かつての小さな自分の妹に見えた。少女に穂乃花を重ねてしまった和真は、気付けば少女に手を差し伸べていた。
いくら両親を失った可哀想な少女とはいえ、元々初対面の赤の他人だった人間に家族になろうと言うのは自分でもどうかしてたと思う。不純な動機が自分の中で僅かに芽生えてたのも和真は分かっていた。それでも和真は、この少女を放っておくことが出来なかった。
少女が和真の手を取った時に、和真は誓った。
少女を、空美を絶対に守り抜くと。
穂乃花の代わりでも何でもいい。何があっても空美を守るのが、手を差し伸べた自分の使命だと思っていたからだ。
─────
狼が空美に噛み付こうとする寸前に、和真は空美と狼の間に自身の身体を滑り込ませる。地面から岩が飛び出て空美の胴体にぶつかり、空美の身体が宙に浮く。
それを見て安堵の笑みを浮かべた和真の背後から、黒い大きな影が彼の身体に覆いかぶさった。
助けたくてもどうしても手を差し伸べられないこと、多いですよね。捨て犬拾ったとか、虐待疑惑の子どもを見つけたとか、そういうのを助ける方法って、難しいなと思います。
文字数的に物足りないので、続きを21時にあげます。




