第二十五話【魔女の猟犬】
深い森の中に溶け込むように、だが目だけはギラリと鋭く光を放っている。黒い毛に覆われた巨大な狼が和真と空美を睨みつけて威嚇していた。
先に動いたのは狼だった。こちらに向かって走ってくるのを空美がひらりと避ける。
和真が槍の柄で地面を叩くと、地面から複数の巨大な岩がぼこぼこと盛り上がった。それが狼の腹の下から突き上がり、狼が宙に舞う。すかさず空美が和真の生み出した岩を足場にしてひょいひょいと駆け上がり、狼より上まで飛び上がった。
「いっくでー!」
如意棒から雷撃がバチバチと放たれる。稲妻をまとった
それを手に持ち狼に向かって叩きつけに行く。
《金霄雷棍》
雷撃が狼の脳天に直撃する、はずだった。
衝撃から逃れようと狼が胴体を捻りそれを避ける。
空美の如意棒は地面を叩きつけ、その雷撃は地面に吸い込まれて行った。
「……ちっ! 思ったより素早いであの狼」
「空中でも避けるとは想像以上の身のこなしだな」
軽い身のこなしで着地した空美が舌打ちをし、和真も険しい顔をする。
二人の無線から雑音が聴こえてきた。
『ザザッ……和真、空美、ニードルは腹の部分だ』
「予想はしてたがやっぱりそうか。毛むくじゃらで一目見ただけでは分からないけどな」
「あの一瞬で見つけるとかドローンの分析やばない? よく見つけたな山下のおっちゃん」
「いやあの人が見つけたとは思えないな。多分隣に優秀な研究開発班の職員がいる」
『うるさいぞ和真! 俺だって頑張ってるんだよ!』
ステルスドローンのカメラから見た才蔵に軽口を叩きながらも、的確なサポートに感謝しながら和真と空美は思案する。
「思ったよりすばしっこいから狙うの難しいな」
「雷撃が当たらんと話にならんな。もうちょっと威力あげんと……」
空美が如意棒を構え直した時、狼の頭上を浮遊しているスカーレットと目が合った。白い紙を指で挟み余裕そうな笑みを浮かべていて、空美は違和感を覚える。
「……なあ、あの女、いつまでああしとるん? うちらのこと攻撃してくる素振りが全然見えへんで?」
「ああ、ちと妙だな。いくら今までのロストより強いからと言って、何もせず傍観を貫くとは考えにくい」
和真が眉を寄せたその時、スカーレットが紙を指で挟んだままもう片方の手で懐を探り、そこから小さな小瓶を取り出した。マニキュアに似たその小瓶を逆さにして中の液体を紙に垂らし、なにか模様を描いていく。
そして息を吹きかけながら紙を飛ばすと空中で二枚に分裂し、ひらひらと紙が舞いながら徐々に形をとり、二体の狼が現れた。
「くそっ! そういやあの時、何もない所から狼が出てあいつらがそれに乗って逃げてったんだ……!」
恐らく狼の召喚はスカーレットの能力の一つだ。すぐに思い出せなかった不甲斐なさに和真が舌打ちをする。空美が二体の新たに出現した狼目掛けて走り出し、もう一度如意棒を振り上げた。
「今度こそやったるで!」
バチバチと稲妻が弾け、雷撃が二体の狼を囲って電撃を浴びせる。しかし雷撃が収まり煙の中から現れた狼達は傷一つ負ってない無傷だった。
「なっ、嘘やろ!?」
動揺した空美に一体の狼が襲いかかる。追い付いた和真が空美の首根っこを掴み後ろに引き、そのまま槍を横薙ぎにして狼の胴体を一閃すると、煙が弾け二枚の紙がひらひらと地面に落ちていった。
「こいつ式神ってやつだ! 紙だから雷撃が効かないんだ!」
「せやったらうちの技殆ど効かへんやんか!?」
狼狽える和真と地面に転がって身体を起こした空美を見下ろしながらスカーレットが高笑いをあげる。まるでこの状況を楽しんでいるようだった。
「そうよ。うちの子達可愛いでしょ? あなた達ももーっと可愛がってあげる」
スカーレットが紙を宙に撒き、それらに小瓶を振りかける。ぼこぼこと増えていく狼が二人に襲いかかってきた。
「やべぇ、こんだけ増えたらどれがさっきのロストか分からねえぞ!?」
「あーもう考えるのやめや! 一匹残らず蹴散らしたる!!」
「……っておい、くう! 一人で突っ走るな!? 俺から離れたら……っ!」
空美が叫びながら狼の大群の中に飛び込んでいき、雷撃があちこちで起き始めた。和真も目の前の狼を出来るだけ減らそうと槍を突いては狼を消していく。
息が上がり始めた頃に狼の数もまばらになり周りを見渡すと、そこには空美がいなかった。
「くう! どこだ返事し……」
焦りの表情を浮かべた和真が辺りを見回して言葉を詰まらせる。狼の背に腰を下ろしたスカーレットがこちらを見てニヤリと笑っていた。冷静を保ちつつ、和真はスカーレットに話しかける。
「くうをどこにやった?」
「さあ? どっかであたしの子達と遊んでるんじゃない? あっちはいつでもやれるから、先にあんたから始末しようと思って」
そう言いながらスカーレットが再び小瓶を逆さにして、真っ赤な液体が地面に落ちる。それが無数に広がり地面を走り、複雑な模様を描いていく。
刹那、地面が赤く光り出す。狼の下に丸い円が描かれ、その光を浴びた狼達の目が赤く光り和真の方を向いた。
咄嗟に和真は槍で地面を突き、複数の岩の壁が狼の行く手を阻む。岩陰に身を潜め狼たちの死角を探し攻撃出来るタイミングを狙い、地面を蹴って槍を突こうとした。
しかし横から現れた別の狼によってそれを阻止される。槍を横薙ぎに払ってその狼を真っ二つにして再び身を隠そうとするが、今度は背後から殺気を感じて振り向くと、さっきまでそこにはいなかった別の狼がこちらに襲いかかってきた。
口を大きく開けて襲いかかる狼の牙を槍で防ぎながら、和真の額に一筋の汗が伝う。最初と違い、まるでこちらの動きを読んでいる様な動きをする狼に和真は若干動揺していた。
(こいつら、さっきより動きに無駄がない……!)
槍で狼を押し返そうとして、背後から新たな殺気を感じて咄嗟に後ろに狼ごと槍をぶん回す。遠心力で宙に飛ばされた狼が、一回り大きなそれに噛み付かれたかと思うとすぐに消えた。
『絶対に気付かれない死角を狙ったつもりだったのに、やっぱりあんた勘が鋭いわね』
目の前の狼からスカーレットの声が聞こえてくる。それが頭の中に直接響き、鼻につく妖艶な声に和真は顔を歪めて片耳を塞ぐ。しかしスカーレットの含み笑いの大きさは小さくなるどころかどんどん大きくなっていった。
『ふふっ、ざーんねん。そんな事しても何の意味も無いわ。あんたの脳内に直接語りかけてるんだから』
「……テレパシーってやつか」
『確かそう言うんだっけ? まあいいわ。気付いた所であたしの術中にハマったあんたには何も出来ないんだもの』
前方に立ち塞がる狼の目が一際赤く光り和真目掛けて突進してくる。槍をつく体制で和真が立ち向かおうとして、狼が槍に触れる直前に柄を地面に叩きつける。
《岩槍壁》
槍のように尖った岩がいくつも飛び出て跳躍した狼の行く手を阻む。土煙に紛れて和真は姿を消し、少し離れた木の影に隠れて息を整えた。
『どこに行っても逃げられやしないわ。だって……狼の目と耳が大きいのは、あんたをよく見て、あんたの音をよく聞く為なんだから』
くすくすと頭に響くスカーレットの笑い声に和真は顔を抑え、眉間に皺を寄せつつも口角を若干上げる。
「……くうじゃなくて俺だったのが不幸中の幸いだな」
恐らく空美がこの術にハマっていたら恐怖で動けなくなってたに違いない。声も出なくなってたら助けを呼ぶことも出来なかっただろう。
和真は空美が来ない事を祈りつつ、この状況を打開する術を考えていた。
次のエピソードの文字数が少なめなので続きを21時にあげます。




