第二十四話【僧の威を借る行者】(一)
杏がぐるりと周りを見回す。当たり前だが和真や美琴たちの気配は感じられない。それどころか、外の気配すらも感じられ無かった。
敵の結界に入り込んだことは今までも何回かあったが、今回は今までと違い、DSIのドローンと無線機が使えるようになっていた。
『神奈川支部と千葉支部も無事が確認出来た。皆怪我は無いそうだよ。ドローンも正常に機能してる。結界の中での動作は既にクリアされてるから、あとはステルス機能がどこまで通じるかといった所だ』
「そうですか……」
思わず明日香の口から安堵の言葉が漏れ、誠司が明日香の口の前に人差し指を立てる。明日香はその意図にすぐ気付き口に手を当てたが、和真や美琴達の無事が分かり胸を撫で下ろした。
ディオと対峙した時のドローンも最初は結界の中でも問題無く機能していた。すぐに気付かれたのは恐らくステルス機能の不備というより、彼の小さい音も聴き逃さない聴覚がドローンの微弱な機械音を捉えたからに違いない。
他のシェイドたちに彼と同じ聴覚を持つ者が居ないのを祈るばかりだ。
各場所で色んな会話が出て無線が混乱するからという理由で、明日香達は和真達が今どのような状態か直接知ることは無い。何かあったら章吾が直接伝え、全員に一気に通達する時は専用のチャンネルに切り替えてくれるそうだ。
とりあえず今は明日香を奪いに来るであろうシェイドを迎え撃つのを優先して欲しいとの事だ。
突然、ぶんと虫の羽音のような強い音が聴こえ、直後二つの足音が地面に降り立つ音が聴こえた。
「三人ですか。少々多いですが貴女がいるなら問題ありませんね」
男の低い声が明日香達の耳に入る。恐らくグラサイトと呼ばれてた男だ。
杏がスマホ出して画面を素早く操作し、明日香と誠司に見せる。
“眼鏡の男と白い少女 アリダいない 私は眼鏡 お前達白い少女”
素早く入力された文面を読み、二人は無言で頷く。
刹那、
『二時の方向から熱反応検知!』
職員の切羽詰まった声が無線機から聞こえた直後、爆発が起こり土煙が舞った。
ガラガラと激しい音を立てて隠れていた物陰が崩れて行く。
「やはりそこに隠れてたか。まあそこしか場所が無いからな」
グラサイトが眼鏡を指であげながら正面を一瞥し、リリカが杖を構えて眉を寄せた。
「ええ、ですが……まるでこちらの攻撃を予知してたかのような動き、気に入りませんね」
リリカが白いケープをはためかせながら前方に冷たい視線を向ける。
グラサイトの正面にはバズーカを構える杏が、リリカの正面には明日香を片手で抱えあげもう片方の手で銃口をリリカに向けて睨みつける誠司がいた。
するりと誠司の腕から明日香が降り、同じようにギアを出して弓を構える。グラサイトとリリカを庇うように子どもが、ロストファクターの二人が三人の前に立ち塞がった。
杏がロストファクターに向けてバズーカを放つ。躊躇なく放つ姿勢にグラサイトとリリカは驚きつつも避けるが子ども二人は間に合わず杏の攻撃を受ける。しかし土煙に囲まれたロストファクター達は無傷だった。
ロストファクターにセイバーの武器は効かない。三人は改めて理解した。恐怖で怯えても良いのだがやはり心が一部無いのとシェイドに操られているからだろう。子ども達は顔色一つ変えずに明日香達を見ていた。
「ああそういえば、マスターを盾にするのは貴様らには無意味だったな」
「その子ども達をこちらに渡せば、私達も子どもに武器を向けずに済むんだがな」
武器が効かないからと言っても、無防備な子どもに武器を向けるのは出来ることなら避けたい。
声色は冷静さを保っているが僅かながら眉間に皺を寄せている杏の言葉を聞いて、グラサイトが馬鹿にしたように笑う。
「冗談が過ぎますね。それではこちらの分が悪いでしょう。貴女がアリダ様の器になるのでしたら、考えてあげなくもないですが」
リリカが目をすうっと細めて明日香を睨みつけながら杖を突きつけ、明日香はギリッと唇を噛んだ。
* * *
そこは現実味の無い場所だった。
青い空に白い雲が浮かんでいるが、それは現実で見るものというより絵本の世界で見る景色だった。
足元の敷き詰められているのはレンガでは無くビスケットかクッキーに見えたし、生えている木も枝と幹はチョコレート、葉は抹茶で出来ている様に見える。全体的にお菓子で出来た空間だった。
「あー、あのときのおにいちゃんだー」
「こんどはおねえちゃんもいるー」
「またいっしょにあそびたいんだけどー、どうしよっかーリゼット」
「どうしようねールーク」
少年と少女、ルークとリゼットが笑いながら交互に会話をしている。色違いだがお揃いに見えるフードからそれぞれ青い髪と桃色の髪がチラリと見えた。喋り方から幼さが見て取れるが、背格好はこちらと変わらないぐらいである。
その背後にはまだ幼さの残る一人の少年がいた。
『こちらからは小学生くらいの少年と、その周りにエネルギー反応があることだけ確認出来た。あとはお前達以外映っていない。奏、何が見える?』
「青い髪と桃色の髪とはまあ、随分と奇抜な見た目をしてるな。校則緩いのか?」
「こうそくってなーにー? ルークしってるー?」
「しらないよリゼット。なにそれおいしいのー?」
『大体分かった。これからは必要な時以外こっちからは問いかけないから目の前の敵に集中しろ。分かったら刀を縦に振れ』
目の前のシェイドに声をかけるふりをしながらシェイドの情報を無線で伝える奏に、修一が指示を出す。奏が空気を切る様に刀を振ると、修一が確認出来たと返事をした。
「……奏、気付いてるかもしれないけど」
「なんだ?」
「あの子達と一緒にいるロストファクターの子、監視カメラに映ってた子じゃないかしら?」
美琴がじっと前を見つめたまま隣の奏に話しかける。ルークとリゼットの背後にいるロストファクターらしき少年が、章吾が説明した時に名前が出た桐原理人に似ていたのだ。
二人が見た監視カメラの映像は、一つは誠司の通う学校の中にいた映像。もう一つは明日香の母親とすれ違った時の映像だ。あの時は理人一人しかいなかったが、もしかしたらこの二人も近くに居たのかもしれない。
「ああ、ほぼ確で間違いないだろう。それとこの間ここに来た時、俺と綾瀬の妹はあいつらの攻撃を避けられなかった」
「え、そうだったの?」
奏が、と聞きかけて美琴はその言葉を飲み込む。
ルークとリゼットから目をそらさない奏の眉間にかなり深い皺が入っていたのが分かったからだ。
「未来視も万能じゃないからな。柄にもなく神を恨んだぜ」
「……そう」
美琴が複雑な表情で奏を見つめる中、奏が軽口を叩くように淡々と話す。恨んだ、とは言っているがそこまで本気で言ってるようには見えなかった。
美琴の家系から奏が受け継いだ龍神様の力は、意味のある夢を見る他に未来視がある。しかしまだ使いこなせないのか実際に使うにはムラがあるらしい。
「そんな顔するな。同じヘマは二度も踏まない」
美琴の気持ちを汲んでか知らずが、奏は気にするなと言い刀を構え直す。迷いはなく何かが吹っ切れた様な表情だった。
「神の力なんか無くても、お前がいればあんな奴らに負けることは無いからな」
「……そうね」
美琴も吹っ切れた様子で口角が少し上がる。
特別な力は無くても、二人で力を合わせれば何とかなる。見えない絆が二人の心を支えていた。
* * *
深い森の中は太陽の光が地面まで届かず薄暗かった。
如意棒を地面に突き刺しゆっくりと降り立った空美は周りを見渡し、やっぱりと呟く。
「……ここ、多分前に奏さんと来た場所や」
見覚えがあると眉を寄せながら空美が訝しむそこは、以前明日香達と閉鎖病院に潜入した時奏と共に入り込んだ場所だった。相変わらず重い空気に包まれていて、独りで迷い込んだら精神的におかしくなりそうな所だった。
「どうやら、あの女が作った空間のようだな」
和真が目をすうっと細め槍を構え、その方向に空美も目を向ける。少し離れた二人の前方に赤いフードを被った、スカーレットと呼ばれていた女が子どもと共に立っていた。
「あの女が奏さんをロストにしようとした後、うちを羽交い締めにしたんや。あの女は奏さんの仇や……!」
空美がギリッと奥歯を噛み締めスカーレットを睨みつける。赤いフードの中から覗く丸い分厚い眼鏡のレンズが光り、空美の顔を見たスカーレットがにやりと口角をあげた。
「あらあ、お久しぶりねおチビちゃん」
スカーレットのこの場に似つかわしくない甲高い声に空美がムッとして反論する。
「おチビやない! 平均や平均!」
「まあ大体合ってるんじゃねえか? 実際はその平均以下だけどな」
「うっさいわ和真! あんたがでかすぎるだけや!」
擁護してるのかしてないのかいまいち判断のつかない和真の返しに空美が律儀に反応するが、和真はそれを何処吹く風と受け流す。口角は上がってるが笑みを感じられない目でスカーレットを睨みつけた。
「まあそれは置いといて……うちのが随分と世話になったそうじゃねえか」
「そうねえ、そこのおチビちゃんは何も出来なくて震えてるだけで、小動物みたいだったわ。貴方もお荷物抱えて大変ねえ」
なにをと空美が感情に任せて前に出るが、和真が空美の前に槍を振り下ろして制した。
「色々言いたいことはあるがまあ、まずはやられた借りをきっちり返すのが筋ってもんだろ」
くるくると手の中で槍を回しながら構え直す和真に、スカーレットがふふっと妖艶な笑みを浮かべた。
「そうねえー。あんた達の相手ぐらいなら、あたしが一人でやっても良いんだけどー、やっぱりそこのあんたはあたしだけだと荷が重そうだわ」
スカーレットがふわりと宙に浮き足を組んで座る体勢になり、赤いスカートがはためく。膝に肘を立て顎に指を置きながら、自身の下にいる子どもを見てにやりと笑った。
ここで切るのはキリが悪いので、続きを21時にあげます。




