第二十三話【傷だらけのアイリスクォーツ】(二)
明日香は何も考えられなかった。
何処に連れ去られたのか和真達は知る術が無かったはずなのに、どうしてここに来れたのだろうとか色々疑問が浮かんではいるはずなのに何も考えられなくなっていた。
「和真さん、なんでこ……」
戸惑う明日香を他所に和真が斜め上の方向を見て顔色を変える。慌てて明日香を抱え直すと背後に向かって叫んだ。
「誠司急げ!」
直後に銃声が空間に響く。明日香と和真に何かが当たったかと思うと、それまで見えてた景色が微妙に変化した。
直後、明日香の背後で爆発音が響く。和真の肩越しに確認すると、先程まで明日香と和真が居たであろう場所から火柱が上がっていた。
息をつく間もなく同じ方向から何かが飛んでくる。それが明日香と和真に当たりそうになったその時、遮るかのように上から大量の水が降ってきて壁を作り、追いかけるように稲妻が走り地面に直撃した。
和真が明日香を抱き抱えて立ち上がると、少し離れた所からバタバタと走ってきた誠司達が黒いジャケットのフードから顔を出す。それまで気配が一切感じられず突然その場に現れたようで明日香は驚き目を見開いた。
「悪い、ちょっと足りなかった」
「いや、上出来だ。そっちも間に合ったみたいだしな」
和真が口角を上げて誠司の背後に目を向けると、空美がギアである如意棒を構え攻撃が飛んできた方向を睨みつけていた。
「明日香さんは返してもらうで!」
くるくると如意棒を回し構え直しながら空美が叫ぶ。奏も刀の切っ先を下に向けつつも同じ方角を睨みつけ、少し遅れて杏と、不安な顔をした美琴が追い付いた。
「誠司、皆……どうして……いつからここに……」
「明日香が本部に着く前に、杏姉が発信機付けてたんだ」
「場所がこの間の閉鎖病院だったから探知出来るか心配だったけど、無事に会えてほんと良かった」
美琴が胸を撫で下ろしながら安堵の笑みを浮かべ、しかし明日香の顔にある頬の腫れを見て僅かに眉をひそめる。助けに来てくれた嬉しさと心配をかけた申し訳なさが混ざり、明日香は複雑な心境になった。
「なーなー凄いやろ? これ研究開発のおっちゃんらの試作なんやって! フード被ってたら敵さんら、うちらのこと全然気付かへんねんもん」
「激しい行動起こしたらすぐにバレるって言ってたからもうただの上着だけどな」
「そこは仕方ない。奇襲が上手くいっただけ及第点だ」
空美が明日香に羽織ってる上着をぱたぱたとはためかしながらにこりと笑う。奏と杏もフードを脱ぎながら、ふーっと少しだけ長い息を吐いた。
和真が明日香をゆっくりと降ろし服についた埃を軽く払うと、杏に呆れた視線を送った。
「おい杏姉、やるならやるって先に言えよ危ねえだろ!」
「お前なら出来ると信用しての判断だ。悪く思うな」
「ったく、美琴のフォローが無けりゃ明日香も無事じゃすまなかったっての!」
杏の涼しそうな表情に和真が悪態をつきながら明日香の背後に回り、いつの間にか出した自身のギアである槍を明日香に向けて思い切り振り下ろす。胴体にキツく巻き付いてた太いつるがバラバラに切れ、明日香は圧迫感から解放された。
「あ、ありがとうござ……うわっ!」
明日香が振り返りお礼を言いかけた時、和真が明日香の背中を軽く押して誠司に押し付けるように受け渡す。バランスを崩した明日香は誠司に倒れ掛かるような体勢になった。
「えっと、誠司ごめっ」
「いや大丈夫……てか和真さんいきなりなに」
「そっちはお前が外してやれ。俺のだと相性が悪い」
そう言って和真が指したのは、明日香の腕を締め付けているつるだった。未だ棘が食い込むように拘束しているそれに向けて誠司が明日香から距離を取り銃を放つと、バラバラとつるが切れ腕の拘束が簡単に解けていった。
「貴様ら、よくもアリダ様を攻撃したな!?」
地上にシェイド達が降り立ちグラサイトの怒鳴り声が響く。咄嗟に誠司が明日香の手首を掴み自身の背後に引き庇う様な立ち位置になり、和真達も前に出てそれぞれのギアを構えた。
「このぐらい、そっちが明日香ちゃんにしたことに比べたら大したこと無いじゃない!」
「せやっ! よってたかって明日香さんを傷付けて、タダで済むと思ったら大間違いや!」
美琴と空美が怒りをぶつけるが、グラサイトは涼しい顔をして受け流す。
「何を言い出すかと思えば、自分の事をどうでもいいと思ってる奴に何をしても誰も困らないじゃないですか」
「そーそー。むしろこっちはそいつに価値を見い出して有効活用しようとしてるんだから感謝して欲しいぐらいだわ!」
「アリダ様を傷付ける者、誰だろうと許さない……!」
自分勝手な言い訳に美琴達が険しい顔をする。対する明日香は身体の震えが止まらなくなった。
助けてもらった安堵感と迷惑をかけた申し訳なさが混ざり合い胸が苦しくなる。自分の為に手を尽くしてくれたことに感謝をしているはずなのに、自分にその価値があるのか分からなくなっていた。
視線を下に落とすと、不意に明日香の手首を握っている誠司の手に力がこもる。震えを抑えるように強く握りしめるそれに、何故か安心感を覚えた。
「心配するな明日香、お前はひとりじゃない」
振り返らず真っ直ぐ前を向きながら、誠司が明日香に諭すように話しかける。
「俺達がついてる」
いつもより低い声ではっきりと言い切り、明日香は少しだけ顔をあげた。美琴、空美、和真が前を向いたまま首を縦に振り、奏が目線だけ明日香の方に一度向けてすぐに前を向く。杏がバズーカを肩に抱えたまま明日香の肩に手を置いた。
「ねーねーリゼット。これなんかへんなおとがするんだけどー」
「ケーキもだんだんおおきくなってるきがするー」
「こわいからなげちゃおっかー」
「ケーキなげるのたのしそうー!」
リゼットが言い終わらないうちにケーキの皿を掴み、明日香たちの方に投げる。刹那、どす黒い煙がケーキから噴き出し火がついたように爆発した。
咄嗟に一同は避けようとするが、同時に足元の床が崩れ下に落ちていく。瓦礫が崩れる音と共に美琴と空美が悲鳴をあげた。
「明日香!」
落下しながらも誠司が握っていた明日香の手を引いて抱き寄せ、明日香の肩を掴んでいた杏も一緒に密着する。
「すまない。しばらくこうさせてくれ」
「大丈夫です! それより和真さん達は……」
落下しながら誠司が周りを見回すと、奏が美琴を横抱きに、和真が空美の胴体を抱えて落下していた。
直後、それぞれの足元が赤黒く光る。思わず下を見るとそこには明日香が連れ去られた時と同じ模様の魔法陣が浮かび上がっていた。
「くそっ、分断されたか! お前達、私の声は聞こえてるか!?」
杏が落下しながら叫び、それに反応した和真と美琴も叫ぶ。
「問題ない! 多分大丈夫だ!」
「うちも和真が一緒やから大丈夫や!」
「こっちも自分達で何とかします! 杏姉さんは明日香ちゃんを!」
美琴の声を最後に、美琴と奏、和真と空美が姿を消す。少し開けた空間に出た直後、地面がどんどん近付いてるのが確認出来た。
「しっかり捕まってろよ!」
誠司が銃を取り出し銃口を自身に向ける。杏が明日香と誠司を抱えるように強く抱きしめた時、誠司が発砲した。
刹那、景色が変わり冷たい床の上に着地する。地上の近くに転送されたのか衝撃はそこまで大きくなかった。
物陰を見つけた三人はそこに身を寄せ、周りを確認した。暗くて良く見えないが、宮殿の中にあるような大広間の様である。もしかしたら奏と空美の言っていた、シェイドが作り出した異空間かもしれない。
「あー聞こえるか。……そうか分かった」
「うん、明日香も無事だ。俺も大丈夫。……了解」
誠司と杏が小声で何か話してるのを明日香は訝しみながら見ていると、視線に気付いた誠司が思い出したようにポケットに手を突っ込んだ。
「っと忘れてた。明日香、これ」
誠司が何かを取り出し明日香に手渡す。耳栓の様な形をした無線機の様だった。
すぐに明日香が自身の耳に装着すると、
『あーもしもし明日香、聞こえてるか?』
聞こえてきたのはDSIの本部長であり誠司の父である、飛渡章吾の声だった。
「え……ひわた」
『あ、敵に気付かれるから喋らずにこのまま聞いてくれ。君たちの事はステルスドローンの内蔵カメラから見ている。何かあったらこちらから指示を出す。そちらのマイクも内蔵されてるから何か気付いたことがあったら大きな独り言で教えてくれ』
明日香は咄嗟に空中に目を向けるが、そこには何も無い。章吾が今話したドローンのステルス機能は相当綿密な作りになっているようだ。
『……ここまで良く頑張ったね。明日香』
『私達もいるわよ明日香』
『明日香ちゃん、大丈夫だよ』
『お姉ちゃん沙夜だよ! お腹すいたらポケットの中だよ!』
無線から章吾の他にも夏歩、癒月、沙夜の声が聞こえてくる。ここには居ないのに近くにいるような安心感が明日香を包み込んだ。
沙夜の言葉が気になり明日香は自身のポケットに手を入れる。かさりと何かが擦れる音とビニールの感触がする何かを掴み取り出すと、そこには数枚のクッキーが入っていた。
DSIを出る前のあの時に入れたのだろうか。ディオとの激しい戦闘の衝撃で小さな破片になったそれらと共に一枚の小さな紙が入っている。
『お姉ちゃんおかえり 早く帰ってきてね』
ノートを破ったような紙に走り書きされた文字は確かに沙夜の字で、そこに書かれたメッセージを読んだ明日香は胸の内がいっぱいになった。
「先に言っとくぞ明日香。もう自己犠牲は無しだ」
明日香が顔をあげると、誠司が明日香を見ずに周りに目をこらしながら彼女の肩を叩く。
「その代わり、俺の背中を頼む」
明日香を信用しての言葉だが、己の心の内を見透かされたような言葉でもあり、明日香は少しだけ唇を噛む。
しかし明日香はすぐに頷き、メモをポケットに戻し入れ袋に入っていたクッキーを全て口に流し込んだ。ほろ苦さの中にある優しい甘みが、口の中に広がった。
ここのプロットを考えてる時はとても楽しかったです。




