第二十一話【極上の餌に食らいつく】(二)
持ち上がらない上半身をどうにか支えようと明日香が腕に力を入れる。しかしディオの攻撃をモロに受けた明日香の身体は電撃のダメージがかなり入っていて動かすことは困難だった。
それでも目だけはディオを睨みつけている。意識を保ってるのが奇跡に近いくらいだった。
「明日香!」
ディオの死角から誠司が飛び出してくる。
背後にいたはずの彼が少し離れた所から姿を現したのは疑問だったが、ディオにはそれを考える余地が残されていなかった。
転びそうになりながらも明日香のそばに駆け寄り、倒れた明日香の脇に腕を通して彼女の身体を起こした。
「もみ、じちゃん、は……」
「無事だ! 気にしなくていい!」
力無くもたれ掛かる明日香の口から紅葉を心配する声が聞こえ、誠司は咄嗟に叫んだ。
「せ、いじ、は……」
「今は自分の事だけ考えろ!」
自分よりも遥かに酷いダメージを負ってるにも関わらず、自分を気遣う明日香に少しだけ苛立ちを覚える。他人事のように少しだけ笑う明日香が、今は痛々しかった。
「……私は、大丈夫……殺されないって、分かってたから……っ」
* * *
少しでもディオに聞こえないようにと、明日香が誠司の耳元に口を近付けて話し出した。
「まず誠司が紅葉ちゃんを庇うようにあいつの注意を惹き付けて。それで私が離れた場所から援護する。誠司はその隙を付いてあいつに攻撃する」
「もしそれであいつが倒せなかったら?」
ディオの聴覚は鋭い。音である程度どこから攻撃が来るか読めてしまう。正面から戦って勝てる確率が低いことは、既に誠司も知っていた。
明日香は考えるように少し目線を落とし、再び顔をあげる。
「それで倒せなかったら……、あいつの攻撃を受けて、やられたフリをして倒れて。誠司が注意を惹き付けてる間に、私もあいつを攻撃する」
「いや、それは流石にバレるだろ。リスクがデカすぎる。それに腕が痛いんだろ? 今のお前にそんな事出来るわけが──」
誠司は反論しようとして、しかしその口を閉じる。
明日香の口角が、僅かに上がっていたのに気付いたからだ。
この状況に似つかわしくない明日香の表情に、誠司は戸惑いを覚える。
「私が、やられたフリをしてって、言った意味が分かった?」
ゆっくりと確認するように明日香が言い、その意味を理解した誠司は怒りに任せて明日香の顔の横にある瓦礫に拳をぶつける。鈍い音が明日香の耳元で強く響いたが、今度は顔色を変えなかった。
「お前……自分を餌にするってのか?」
「最初に誠司を餌にしてるんだからお互い様だよ。……それで私の居場所をわざと教えて、私はあいつの攻撃を正面から受ける。大丈夫、意識は飛ばさないようにする策はあるから」
誠司は首を縦に振らなかった。振りたくなかった。
自分がやる分には良い。守ると決めた相手が進んで危険なことをするのは避けたかったのだ。
納得のいってない目で明日香を睨みつける誠司を、明日香は無視して言葉を続ける。
「……あいつが餌に食い付いたら合図を出すから、誠司のタイミングであいつの背後から……心臓の辺りを狙って撃って」
「駄目だ。危険すぎるし万が一俺が本当にやられて動けなかったら」
「誠司なら!」
どうにかして明日香の案を通さないよう誠司はデメリットを並べようとして、しかし明日香がそれを遮った。
「例えどんなことがあっても……誠司は私を助けてくれるでしょ?」
それは、一点の曇りもない目だった。
にこりと笑う明日香に、誠司はたじろぐ。
「私は誠司を信じてる」
真っ直ぐな言葉だった。
言い切れる根拠は無いはずなのに、明日香のその言葉は彼なら絶対にそうすると、誠司のことを心から信用してると言っても過言では無いぐらい迷いがなかった。
まるで誠司に全てを委ねても良いという物言いと、この場にそぐわぬ笑顔を見せる明日香に誠司は言葉を失う。
誠司の顔色を伺いつつ、しかし意見は曲げないという意志で明日香が言葉を続けた。
「私も誠司も強くなった。今の私達なら、力を合わせればあいつに勝てると思う」
笑みを崩さず言い切った明日香だが、少し目線を下に落として「でも……」と続ける。
「……人質がいたら、今の私達でも勝てない。だから、あいつの裏の裏をかくぐらいの事をしないと駄目だと思う」
もしかしたら杏や和真、奏だったら同じ状況になっても問題なく勝てるかもしれない。だが、明日香は自分達が何かを守りながら戦うとしたら、お互いの背中が精一杯だと言うことも理解していた。
「だったら……俺がその役をやっても良いだろ。そんな危ないこと、お前にさせられない」
「それは駄目。誠司が餌になったらあいつは容赦しない」
誠司の提案に、明日香は首を横に振って否を唱えた。
その言葉に一理あると思ったのか、押し黙る誠司を見て明日香は更に続ける。
「誠司も言ってたでしょ? 紅葉ちゃんはあいつのマスターだから死なないって。それなら……アリダのマスターである私は、一番死ぬ確率が低いと思わない?」
ディオの目的は、明日香をアリダの元へ連れて行くことだ。そして明日香はアリダを創り出したロストファクターであり、理論上は紅葉たちと同じくアリダにマスターと呼ばれる立場である。
何故アリダが自身を欲してるのか理由は定かではないが、仮にDSIで立てた憶測が合ってるとしたら、命は取らずに何かをしようとしてることはある程度予測は出来る。
『とりあえずマスターをここから出すかー! 俺の攻撃がちょっとぐらい当たっても仕方ねーよなあ!』
ディオの怒鳴り声が聞こえた時、誠司の腕を掴んでいた明日香の手に力が入る。腕を引き誠司が体制を崩して明日香に覆い被さるように瓦礫に手を付いた時、明日香が誠司の耳元に更に近付き口を寄せた。
「大丈夫。あいつが音で攻撃してきても、誠司がくれたこれで防げるし、攻撃を受ける直前でギアをコアに戻せば、身体の治癒力を高めることが出来るから」
空いた手で耳栓を指差し明日香がもう一度笑うが、誠司は変わらず眉間に皺を寄せたままだった。掴まれた腕を通して、明日香の手が僅かに震えてることに気付いていたからだ。
「……危険でも無謀な作戦じゃない。相手を騙す覚悟でいかなきゃ、今の私たちにあいつを倒す事は出来ない。だから誠司、お願い」
地響きが次第に強くなっていく。ディオの聴覚が戻り始めているのだろうか。もうすぐこの場所も勘づかれるかもしれない。
笑みを消し、真剣な表情で頼みを乞う明日香に、誠司は明日香を見下ろしながら瓦礫に付いた手を握りしめる。しかし深く深呼吸をした後、明日香の耳元に口を寄せると、
「……合図は、何にするんだ?」
低い声で誠司がそう言って明日香の口角が上がり、彼女が口を開いた。
* * *
誠司は苦渋を飲んだような表情で明日香を見る。
満身創痍で苦しそうに呼吸をする明日香は、自分より酷いダメージを受けていた。
誠司がディオの攻撃を受けても明日香ほどダメージを受けなかったのは、明日香がディオの注意を惹き付けてたからだ。
ディオの電撃が誠司を襲う直前、ディオの心臓目掛けて光の矢が飛んできたのを誠司の目は捉えていたのだ。
もっともディオの鋭い聴覚ですぐに気付かれそれは避けられてしまったが、その後彼が誠司に目を向けることはなく、倒れた誠司が本当に気を失ったのか確かめもしなかった。
聴覚に頼って目視を怠った結果が幸を制して、結果誠司はディオにとどめを刺す事が出来たのだ。
(餌になるのはお互い様って……俺と全然違うじゃねえか……!)
誠司は苦虫を噛み潰したような顔で歯を食いしばる。
明日香がディオの注意を惹き付けていた時、誠司は明日香が攻撃されても何も出来なかった。明日香の言ってた合図が出てなかったのもあるが、作戦を成功させるにはディオに一度、明日香という餌を掴ませる必要があったからだ。
明日香が餌にならなければ、彼女が言ってた通りおそらくディオは倒せなかっただろう。だが、守ると決めた明日香を危険な目に合わせてしまった自分に誠司は無性に腹が立っていた。
「どうしてあいつの心臓が弱点って分かったんだ?」
色々言いたいことを我慢して出た誠司の疑問に、明日香が肩で息をしながら口を開く。
「……ただの勘だよ。アリダやシェイド達が、私達ロストファクターの心を使って創られたとしたら、心臓に核があるのかもって思っただけ」
「そうか。……それで、あいつは倒せた……のか?」
二人は改めて正面に見えるディオに視線を戻す。
誠司に心臓を貫かれた彼の心臓部分は服が裂かれ、胸の辺りにある黒い何かが露出していた。
ディオの核なのか、破壊されたその破片が宙に舞い上がって浮いたまま彼を取り囲む光景に、明日香も眉を寄せる。
「……分からない。ロストと同じニードルだったらそうだと思うけど……あれは、ニードルとは違う……?」
よろよろと明日香が立ち上がりディオの元へ行こうとしたその時、ディオの心臓部分からパキパキと音が鳴る。
刹那、その核が割れ残りの黒い破片が彼を中心にして飛び散り、それが明日香と誠司に襲いかかった。
「明日香!?」
明日香を守ろうと誠司は彼女に覆い被さろうとするが、少し間に合わず破片が二人の目に飛び込む。
真っ白な光が二人を包んでいった。
恋愛無しと謳ってるので本編中にくっ付く展開はありません。
ですがお前らこれで付き合ってないのかと外野が突っ込むレベルで距離感バグってる関係はとても好きです。




