第二十話【諸刃の剣を使いこなして】(一)
夕方と夜だと、やっぱり夕方の方が一応割合的に多いんですかねえ?
初めてそれを手にした時、震えて持つことが出来なかった。
ガシャンとガンブレードの形になったギアを取り落とし、誠司は青ざめながらそれを見つめる。
誠司の脳内には実の母親が変わり果てた姿になったあの時の出来事と、覚えてるはずのないロストになった時の記憶が交互に現れていた。
傷だらけの明日香に向かって振り下ろしたその刃が、目の前にあるガンブレードの刃に酷似していた。
震えながらその場に座り込んだ誠司を、和真が見下ろしてくる。
「コアの力を引き出すこと。それは……コアにどうやって魂が宿ったのかを知ることと同じなんだ」
静かに、諭すように言葉を紡ぐ。誠司は青ざめながらも和真の言葉に静かに耳を傾けた。
「お前がコアをギアに変え、ロストを助けられるのは……そこにお前の大切な人がいるからだ。大切な人が、そこに来たから、今お前はここにいるんだ」
「…………違う」
声を絞り出すように発せられた否定は、聞き取ることが困難なほど小さかった。
「違う……俺は……母親が死んでよかったなんて思ってない……明日香を傷付けて良かったなんて、俺は思ってない……っ!」
誠司は手のひらに爪が食い込む程拳を強く握りしめる。
認めたくない。認めたら、母親が死んだおかげで章吾や明日香、他のセイバーの仲間が出来たという、母親の死を肯定的に捉えるのとほぼ同意になってしまう。
違う、母親は死ぬべきでは無かった。生きてて欲しかった誠司の大切な人だ。
しかしそうすると今度は、章吾達の存在を否定する事になってしまう。母親が生きていたら、章吾や明日香には会えなかったし、誠司もセイバーになっていないからだ。
「無理に向き合う必要は無い。だが、過去を変えることは出来ない。それとどう接していくのかは、お前次第だ」
和真の言葉が淡々と誠司に重くのしかかる。
目の前に突然現れたガンブレードは誠司のトラウマやそれによってロストになった黒歴史その物だ。とても重く、今の誠司には扱いきれずただ見ていることしか出来なかった。
空美が無意識にコアの力を引き出して使いこなしていたのは、彼女が実の両親の魂を日頃から感じ取っていたからだ。
幽霊が見える空美は、コアの中に宿る魂の事もいち早く気付いていた。だから──。
「……なあ誠司。お前は、どうしてセイバーになろうと思ったんだ?」
ふと和真が、何かを思い出したかのように小さく笑い、誠司の隣に腰を下ろす。
突然の話題変換に頭がついていけず、誠司は項垂れた頭を恐る恐る上げて和真を見上げた。
「誇れる理由じゃ無くて言いたくないならそれで良い。俺も弱き人を助ける為とか、そんな綺麗な理由でセイバーになった訳じゃない」
自嘲気味に笑う和真から、無理に話を聞こうという姿勢は感じられなかった。誠司はセイバーになると決めた時の事を振り返る。
誠司がセイバーになると決めたのは、章吾を喜ばせたかったからだ。
母親を失い、孤独に生きてきた誠司を救ってくれたのが章吾だった。例えそれが、ロストを救出する為に必要不可欠だったコアと、それを使ってセイバーという戦う力があったという条件付きだとしても、暗い世界から誠司を引き上げてくれたのは紛れもない事実だった。
章吾の思いに応えたい。その一心で誠司はセイバーになった。世の為人の為という考えは頭の片隅にも無かった。
「大事なのは、今もそれがセイバーの活動をする理由なのかどうかだ」
「……んなこと、いきなり言われても分からねえよ」
力無い返答に、和真は苦笑いして少し思案してからもう一度質問した。
「ちょっとまどろっこしかったな。じゃあ聞き方を変える。お前は、どうして強くなりたいんだ?」
誠司はハッとして目を見開く。強くなりたいと思って、今回和真にコアの使い方の教えを乞うた。その理由は、誠司の中にしっかりと入っている。
「それが今のお前が、セイバーとしてロストと戦い続ける理由だ。その為に、使えるもんはどんどん使え。それが例え向き合うのが怖い過去でも、お前の力になる時が必ず来る」
和真の言葉を、頭の中でゆっくり復唱する。
不意に頭の上に伸びる和真の手に気付き、誠司は届く前に振り払った。
つれねえなあと笑う和真にそう何度も撫でられてたまるかと減らず口を叩くが、その顔は先程の青ざめた顔ではなく、笑みが浮かんでいた。
改めて、目の前にあるガンブレードを見つめる。
震える手を叱咤しながら、誠司は恐る恐るそれに手を伸ばした。
よく見たら、銃口もひとつじゃなくて複数あり、ロストになった時の武器がガドリンクだった事を思い出す。
硬く冷たい今日初めて手に取ったその武器は、誠司の手に驚くほど馴染んでいた。
* * *
誠司は、覚悟を決めた目でガンブレードを見つめ握り直す。
この力は、明日香を守る為に使うと決めた。
明日香を守る為に戦う。それが今の誠司が、セイバーとして武器を手に取る理由だった。
視界が戻り始め、明日香は視界の片隅で巨大なスライムのようなもので壁に貼り付けられてる紅葉の姿を捉えた。明日香にも見覚えがある、それは誠司がロストになった時、自身を壁に押し付けてきた腕の形状にとてもよく似ていた。
「おいおい、あんな小さい子どもを拘束するたあ、坊主も人の心ないんか?」
ディオが紅葉を一瞥してから誠司を挑発するが、誠司はそれには乗らず淡々としていた。
「その言葉、そっくりそのまま返すぜ。お前だって今似たようなことしてただろ」
「……お前、さっきより全然可愛くねえな」
「明日香をこんな目に合わせやがって……!」
ぎりっと歯を食いしばり、吐き捨てるように呟かれたその声はとても低かった。
あくまで冷静を保っているが、明日香を庇うように正面に立つ彼の背中からは、視認出来そうなくらい怒りが滲み出ていた。
「明日香」
その姿に圧倒されていた明日香に、誠司が静かに、しかし鋭い声で名を呼ぶ。
「あいつの言葉に耳を傾けるな。絶望にのまれたら、またロストになるかもしれねえだろ」
その言葉は力強く、安心感があった。
不安が全身を駆け巡り不安定になっていた明日香の鼓動が、徐々に静けさを取り戻していく。
完全に取り除くことは出来ないが、それでも幾ばくかはマシになった。
「それに……お前のその感情はアリダの物じゃねえ。お前の物だ。そうだろ!」
明日香はハッとした。
一度手放してアリダの物になったとはいえ、本来この苛立ちや恐怖を感じる心と感情は明日香の物だ。
それが形を変えて戻ってきた。ただそれだけの事だ。
その事に気付かないほど、明日香の精神は不安定になり彼女を追い詰めていた。
ゆっくりと深呼吸して呼吸を整えて、胸の辺りを握りしめる。
鼓動は変わらず速かったが、比較的静かだった。
明日香が誠司に声をかけようとしたその時、地面が揺れ、地響きが起きる。
「おーおー、青春してる所悪いが、そろそろこっちも本気を出させてもらうぜ」
いつの間にか消えたはずの白い煙のロバが地面を蹴り、周囲を揺らし、隣のディオがギターをかき鳴らす。
甲高い音が頭に響き眉を寄せると、その音に合わせてロバ、犬、猫、ニワトリが重なり、その周りに膨大な電力が流れ始めた。
動物の影の密度が上がり、煙から雲のような形状に変化していく。周りに電流が流れ、まるで雷が落ちる前兆の積乱雲のようだった。
電流が来るのか、或いは高い周波数の音波で耳を攻撃するのか。膨大な何かが二人に襲いかかろうとしていることだけは理解出来た。
逃げなければ。そうしたいのは山々だったが、明日香の身体は強ばってその場から動かない。
先端のニワトリが大きく羽ばたいた刹那、誠司が冷静にニワトリにガンブレードの銃口を向けて引き金を引いた。
弾丸がニワトリに当たりはじけ、白い無数の羽が再び辺り一面に舞い上がる。
「雄叫びを止めたって無駄だ! さっきより特大の電気が流れ」
ディオの言葉を遮るように、誠司がすかさずもう一度引き金を引いた。直後、銃口が回転し、複数の弾丸が飛び立つ。
刹那、弾丸が擦れ合い火花が散り、白い羽にかすり引火して爆発した。
「なっ……!?」
咄嗟に耳を塞ごうとした明日香の耳に何か異物が飛び込んでくる。それに気を取られた直後身体が宙に浮いた感覚がした。
「あああくそっ! なんだよこれ!?」
けたたましい爆撃音が響き渡り、ディオの鼓膜も煩いを通り越して痛みが走った。
爆発がおさまり視界が晴れた時には、ディオの前から明日香と誠司、二人の姿が消えていた。
「くそっ! どこ行った!? 俺の声もなんも聞こえねえぞ! 大人しく出てこい!」
ディオのありったけの怒号が周囲に響き渡っていた。
忘れたいくらい嫌な過去や黒歴史ってありますよね。
でもそれが無かったら今の自分は居ないのだと思うと、どうしても捨てられずに切り離せない自分がいます。




