第十九話【芸術の五重奏】(二)
明日は1エピソードのみの公開です。
白い煙の猫が腕を横へと薙ぎ払い、稲妻をまとった光の筋が二人へと襲いかかる。しかし今度は誠司が、それらが届くより早く銃で全て撃ち落とした。
間髪入れず、猫の斬撃がさらに飛んでくる。明日香も加勢し弓を引き矢を放つと、複数の光の矢が出現してそれらを次々に叩き落としていった。
攻防が続き、息が少しずつ乱れ始めた頃。二人の死角から何かが飛び出してきた。
驚いた二人の前に突如現れたのは、白い煙で出来た鳥を抱えた紅葉だった。
それが紅葉の腕を離れ、ニワトリに似た甲高い雄叫びを上げる。鋭い音が二人の鼓膜を突き破った直後、見えない衝撃が身体を強かに打ち据え息が詰まった。
「っ、くそっ!」
誠司が咄嗟に銃を撃つと、弾がニワトリの身体を貫いた。風船が弾けるような破裂音と共に、白い羽が辺り一面に舞い散る。
一枚一枚に電気をまとったそれらが二人を包み込み、視界が白く染まり、同時に異様な静寂が身体を包み込んだ。
「くそっ、何なんだこれ!? 何も見えねえ!」
「痛っ! 何これ、電気……?」
「おい明日香! どこだ!」
払い除けようと手を動かせば、静電気のような微弱な電流がまとわりついて動きを鈍らせる。くぐもった誠司の声が遠のいていき、一人取り残される不安が明日香を蝕んでいった。
「誠司! どこにいるの!?」
叫んだつもりだった。しかしその声は明日香自身も聞き取れなかった。耳の中にはまだあのニワトリの雄叫びと破裂音が残っていて感覚が離れない。
この世から全ての音が消えてしまった様な異様な静寂が明日香を支配し、徐々に不安が押し寄せた。
誠司の声も気配も完全に感じ取れなくなったその時、白く塗り潰された視界の中から、光の筋が飛んできた。
空気を割く感覚が風と共に明日香に叩きつけられる。
音が無くてもそれさえあれば今の明日香でも避ける事が出来た。
見えない方向からの攻撃は、埼玉支部でのレーザー攻撃で嫌というほど叩き込まれてきた。それに比べれば、これを躱すことなど造作もない。
明日香は迫りくるそれら全てを、光の矢で正確に撃ち落とした。
少しずつ耳に音が戻ってくる。
それと共に視界も少しずつ晴れていき顔を上げた時、少し離れた場所で、ディオが明日香を見て笑っているのが見えた。
それに気付いた時、明日香の頬に嘲笑うように赤い線が引かれる。そこから血が一雫伝う感触に、明日香は思わず顔をしかめた。
「全部避けたつもりだったのに……」
あのレーザー攻撃より容易かったはずなのに、全て防ぎ切れなかった。その事実が、じわりと苛立ちとなって明日香の胸の中に広がった。
「いやー中々良い動きだったぜ。正直全部避けられたと思ったしな」
小さく呟いた独り言に答えるような言葉に、明日香は頬を拭いながら眉間に皺を寄せる。それが表情に出たのかディオが明日香を見て挑発するような口ぶりで話し出した。
「なんで私の声が聞こえたんだって顔してるなあ。こー見えて俺は、他のやつよりちーとばかし耳が良い。嬢ちゃんの動きも音である程度予測出来るぜ?」
明日香は苛立ちを抑えきれず舌打ちをする。
ここに来てディオを初めて見た時の誠司の呟きが聞こえたのはそういう事だったのか。
だとすると、物音を立てずに攻撃しなければあいつにダメージを当てることすら出来ないかもしれない。
杏なら出来るかもしれないが、明日香にはそこまでの芸当が出来る自信は無かった。
「おおー、そんな顔するようになるとは。嬢ちゃんも成長したんだな」
ディオの嘲笑が、明日香の神経をさらに逆撫でする。
「どういう意味? 虫唾が走るんだけど」
眉間に皺を寄せ、吐き捨てるように言った明日香の言葉を聞いたディオが、一段と大きな笑い声を上げた。
「何がおかしいの?」
「あっははははっ! だって、嬢ちゃん今、虫唾が走るって言ったか!?」
訝しむ明日香に、ディオは笑いながら続ける。
「気付いてないのか。あんた今まで、“自分が何かされて”不快に感じたことがあったか? “自分が何かされて”嫌だと思ったことが、最近あったか?」
ディオの言っている意味が理解出来ず、困惑と不快感が同時に明日香を襲う。それに構うことなく、ディオはさらに言葉を重ねた。
「無かっただろ。その感情は今まで”アリダ様”が持ってたんだからな!」
明日香はハッとして目を見開き、出動前の本部での出来事が脳裏によみがえった。
これが理由で後半の明日香はだいぶ動かしやすくなりました。




