第十八話【シェイド】(一)
一度区切りますがこの後21時にもう一話更新します。
会議室には空調が流れる音だけが聞こえている。
明日香は杏に話した内容を今度は誠司や章吾、その他のセイバー達にも話した。中央機関の男達は章吾が盾になったおかげでここには居なかったので、室内の空気はその分軽い気がした。
何度話しても、信じ難い話だと明日香は思う。中央機関のあの人達は頭が硬いだろうから、話した所ですぐに反論してたに違いない。
ここにいなくて良かった。明日香は章吾の配慮に感謝したが、誠司を含む他のセイバーが素直に信じるかどうかは別問題だ。現に皆、神妙な顔で下を向いている。
「信じるよ」
最初に口を開いたのは奏だった。
明日香は目を見開いて奏の方に顔を向けると、明日香が話してる間ずっとパイプ椅子の背もたれに背中を預け腕組をして目を閉じていた彼が、目線だけ明日香に向けていた。
「お前が夢で見たという映像が、俺の頭に流れてきた。お前が今話したことは、紛れもない事実だ」
奏の言ってる意味が良く分からず、明日香は戸惑いの表情を浮かべる。自分が見た夢の映像が奏の頭にとはどういう事なのだろう。
美琴を含む他のセイバー達がそれを聞いて納得の表情を浮かべる。誰かが奏の言葉に何か意見をする様子はなかった。
「雨宮君……」
「事実なら信じる。それだけだ」
それだけ言い、再び目を閉じる。
要件だけを簡潔に述べる彼の言葉はいつも通り淡々としていたが、不思議と不快にはならなかった。
「奏が言うなら、間違いないわね」
「だな」
「せやな」
美琴が微笑み、それに続くように和真と空美も静かに笑う。皆奏の言ったことを理解したのか納得してるような仕草に明日香は一人困惑して隣に座る誠司を見るが、彼も皆と同じ笑みを浮かべていた。
「皆お前の話を信じるって言ってんだ。良かったな」
何かしら意見があるだろうと身構えていた明日香は、その言葉に少しの安堵と困惑を抱いた。こうもすんなり話が進んでいいのだろうか。反対に座る杏も誠司達と同じ表情だった。
「明日香が今話したように、手放した心がアリダという一人の人間を創り上げたという話が本当で、そのアリダの周りにいた者達がロストファクターのことをマスターと呼んでいたことを考えると……ロストファクター達も明日香と同じように、何かしらの心を手放した可能性が高いな」
「あるいは、アリダに唆かされてそうした可能性もあるかと。憶測ですが、その手放した心が同じようにそれぞれの人格を創り上げたとみて良いと思います。そしてその結果人間をロストにする力を得た事を考えると……」
「理論上、明日香も同じ力を持ってる可能性がある、ということか……」
章吾の仮説を聞いた明日香は唇をかみ、膝の上で手を握りしめる。
自分の事をロストファクターだと言ったのは明日香本人だが、自分で言うのと他人が指摘するのでは重みが違う。
自覚は無くても、もしかしたら今までロストになった人達の中に、自分がロストにしてしまった人が居るかもしれない。無意識に犯してしまったかもしれない罪悪感が、明日香の胸の中で渦巻いていた。
「ですが私は、明日香が現時点で人間をロストにした可能性は、ほぼ無いと見ています。誠司、今までのロスト救出の時、先に現場に着いていたのはどっちが多かったか覚えてるか?」
杏の質問に誠司が少し考えてから口を開いた。
「一緒にいた時以外だと……俺の方が本部にいた分情報が入るのが早かったから、俺の方がほぼ先に着いてました」
「もし明日香が本当に人間をロストにしていたとしたら、明日香の方が先に現場に着いてると思わないか?」
明日香はハッとして誠司と顔を見合わせる。
杏が言ったことは確かに一理ある。仮にアリダに操られていた可能性がゼロではないとしても、それならロストが現れた時すぐ近くに居なければ辻褄が合わなかった。
だがそれが分かったとしても、明日香の顔は浮かばなかった。
「でももしかしたら、この間の母さ……母みたいに時間差でなるロストを生み出してたら、その説は成り立たないと思います」
「私の経験上、ニードルを刺された人間はほぼすぐにロストになってると見ている。街中で刺せばそのまま騒ぎで身を隠せるからな。時間差でなるのはあくまで例外だ」
「確かに明日香の母親をロストにしたのは、一緒に映ってたあの子どもと見て間違い無さそうだったもんな。誠司と空美もだが、話を聞く限り二人ともニードルを刺されてすぐロストになっている」
杏の仮説に和真も同意する。明日香がロストを生み出す力が無いとは言われてないが、それでもこの状況証拠は明日香が考えてる無意識の罪は無いと言っているのとほぼ同じだった。
だからと言って明日香の気が晴れる訳では無かったが、誠司は明日香を安心させるように少しだけ笑みを浮かべた。




